その報酬で大丈夫か
その小さな村の人々は困っていた。
この二週間ばかりで、村の外に野草を取りに行った者が猛獣に襲われるという事件が立て続けに三件も起こっているのだ。被害者のうちの二人は命を落としてしまい、残りの一人も、目も当てられぬほどの酷い傷を負って帰ってきた。生きて戻れただけでも奇跡と言えるほどだ。
彼の証言では、猛獣は巨大な獅子だと言う。
これは対策を立てねばならない。だが村に猟師はおらず、まして戦えるものなどいるわけがない。
「冒険者を雇おう」
村民会議の結果、出された結論が、冒険者を雇い退治してもらう、というものだった。
しかし雇う相手を間違えれば村の財産を根こそぎ持って行かれてしまう。それで獣がいなくなればまだいいが、退治してきたと嘘をついて報酬を持って行ってしまうたちの悪い連中も、ごくまれにいると聞いている。
害獣も恐ろしいが、悪意ある人間はもっと恐ろしいものだ。人の足元を見て、平気で騙して金品を奪っていく。
そこで、近くの少し大きな街の冒険者協会に依頼をお願いすることになった。協会が紹介してくれる冒険者は、たとえ高額の依頼料を支払うことになっても、少なくとも仕事はきちんとこなしてくれる。
藁にもすがる思いで隣町の教会に事情を説明し、冒険者を斡旋してもらうように頼んだ結果、なんと、すぐに適役だという男を紹介された。
しかしその男は、飾りかなにか知らないが大きな白い翼を背負い、腰まで届きそうな長いライトブロンドを一つに束ねた、いかにも優男といった感じの人相風体の頼りなさだ。これなら村の若い者の方がまだ強いのではないかと思われるほどの華奢な男に、村長はあんぐりと口を開けた。
「この人、お一人ですか? 他の方は?」
「討伐してほしいのは獅子一頭ですよね。彼で十分でしょう」
彼は空を飛び、相手の死角から狙撃ができるという。背の翼は飾りではないようだ。
「
冒険者の男が笑みを浮かべて話しかけてきたので、村長は驚いて、曖昧な返事を返すだけだった。
「そのような反応にももう慣れております。……さぁ、日が高いうちに村に参りましょう。うまく行けば今日のうちに仕事が片付けられるかもしれません」
男は村長と村の外まで来ると、唐突に背の翼を広げた。
「本当なら女性を連れて飛ぶのが好みなのですが」
冗談なのか、くすっと笑うと、男は村長を抱き抱えてふわりと空に浮かび上がった。
半日近くかけて歩いてきた道のりをほんのひと時で戻り、村長は茫然とする。
「では、行ってまいります」
男は村に入ることなく、また上空に舞い上がり草原を目指した。
だだっ広い草原を見渡すと、眼下に猛獣の足あとらしきものが見える。それをたどると一つの影法師が。
肩にかけたライフルをそっと準備して、翼をはためかせ、ぐんと影に迫る。
影の正体が見えた。話に聞いていた立派なたてがみを持つ獅子だ。普通のそれよりもかなり体が大きい。こんなものに地上で襲われれば、男も銃を抜くより拳に汗を握らせて慌てて逃げるだろう。
風下に回り、ライフルを構える。狙うは猛獣の頭だ。
空中にとどまりながら照準を合わせるのは普通ならば至難の業だが、男にとっては慣れ親しんだ戦闘行動だった。
男の指がトリガーを引く。轟音をとどろかせ射出された弾は、狙い過たず獅子の頭を貫いた。
おそらく自分がどこから何をされたのかも判らないままに息絶えた獅子のそばに降り立ち、男は首をかしげた。
「こういう場合は首を持ち帰るものですが……」
あいにく彼が持ち合わせている刃物は小さすぎて、獅子の首を落とすことはできない。
ならば、と彼は獅子をそのまま村に持って行くことにした。
まさかこのような巨大な獣退治を一人で、しかもその日のうちに成し遂げるとは。
村長はじめ村の人々は男の凱旋を心より歓迎した。
「これだけの働きをしてくださったのだから、報酬を上乗せしなければ」
村人の賛辞を男が制した。
「報酬は最初の額だけで結構です。ただ、今夜一晩、村に泊めていただけませんか」
冒険者というものは何かと言うと自分達の働きを誇張して報酬を多くもらうことに躍起になるものだと聞いていた村民は、男の奥ゆかしさに感嘆した。
その日の夜は、男を囲んで村をあげての祝宴となったのである。
翌日、男が行ってしまってから、上機嫌の村長は村民から伝え聞いた男の所業に愕然とした。
なんと、男はひと晩のうちに、独身の娘達すべてに甘い愛の言葉をささやき、うち二人とより親密な仲になっていたという。男に誘惑され操をささげてしまった娘達は、男を追って村を出るとまで言い涙している。
「鳥は鳥でも風見鶏か。やはり冒険者は油断ならない……」
村の人々は、しばらく冒険者と天翼族の男を警戒することとなったのであった。
(了)
お題バトル作品
お題:足あと ライオン 影法師 お金 こぶし 風見鶏
使用お題:すべて使いました。
執筆時間:1時間
(お題バトル時に、TRPG「アリアンロッド」の世界観で書いていたため、その部分を改稿しました。あんまり変わってませんが(笑))
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