真剣勝負

「おまえは手を出すな。わたしのものだ」

「何を言う! わたしのものに決まってるだろう!」

 唐突に、二人の女の叫び声がした。

 酒場の中の緊張が一気に膨らむ。ワインのサイダー割りを作っていた店主は、二人を見ながら肩をすくめ、顎をしゃくった。喧嘩なら表でやれというのだ。

 マスターの意図をくみ取り、一人が勢いよく立ち上がる。その拍子に椅子が派手な音を立ててひっくり返った。

「人のものに手を出そうなどあくどい女め、表へ出ろ」

「いいだろう、その勝負、うけようではないか」

 二人は傍らに置いてあった愛用の剣を手に建物の外へでる。そこは人の往来もそこそこにある、町の目抜き通りだが、二人はかまわず剣を鞘から引き抜いた。

 二人の女が、剣を構えて真剣な表情で向かい合う。

 一人は小柄で、その小さな手には少々余るようなロングソードを構えている。

 もう一人はそこそこの上背で、得物はレイピアだ。

 途端に野次馬が人だかりを作る。突然始まった女同士の争いに、眉をひそめる者もいるが、大半ははやし立て、喧嘩をあおっている。

 辺境の地では魔物もでるというこの土地だが町の中は平和そのものだ。少々刺激に飢えた人々はこのような「イベント」を楽しむふしがある。

「大体おまえはいつもいつも、わたしのものを欲しがってすぐに手を出す。今日こそはその性根を叩き直してくれる」

 ロングソードの女がすごみをきかせる。

「ふん、おまえが飽きて捨てたものをもったいないから利用してやっているのだ。感謝しろ」

 レイピアの女は鼻で笑ってうけながした。

 野次馬達が彼女らの会話から男の取り合いかなどと勝手な憶測を始める。彼らの言葉はまったく耳に入って来ない女二人は得物を握る手に力を込めた。

 二人はほぼ同時に攻撃を仕掛ける。小柄な女のロングソードが相手の腹を狙うが、レイピアを持った女はこれを難なくかわす。

 逆に、レイピアの切っ先が肩口を狙って繰り出される。小柄な女はこれを剣の腹ではじいた。

 二人の剣の腕は拮抗している。上に下に飛び交う斬撃はどれも相手を傷つけることはない。

「おのれこざかしい」

「おまえこそ」

「おまえなぞ、西の魔女に呪われるがいい」

「なにを? ならばおまえは最果ての魔王に取り込まれてしまえ」

 女達のまなざしまで相手を貫こうとしている。刃を振るいながら吐かれのは呪詛の言葉だ。

 観客達は、二人の素晴らしい勝負に興奮状態だ。

 そこへ、水を差す者が。

「こら! お前達、往来で何をしている! ……なんだまたおまえらか。いい加減にしろ」

 野次馬をかき分けやってきたのは、自警団だ。団長が女達を見て眉をハの字に曲げた。

「しかし団長! こいつがわたしのデザートに手を出そうとするから!」

「違う! わたしが先に目をつけて頼もうとしたのを横取りしたのだ!」

「あのなぁ、デザート一つで剣を抜くなとあれほど言っているだろう。まったく、おまえらは普段は仲のいい姉妹で、魔物退治の遠征でも大活躍してくれているというのに甘いものがからむとどうしようもないな」

 団長の説教が始まった。さっきまでの勢いはどこへやら、二人はしゅんとこうべを垂れた。

「みなさま、お騒がせいたしました。二人にはよく言い聞かせておきますので。さ、お前達、来い!」

 女達は団長に引きずられて行く。

 後に残された者達は、あっけに取られてその姿を見送った。

 そんなくだらないことで、往来で剣を抜く二人が、のちに魔物の軍勢を退ける伝説の姉妹になろうとは、この時は誰も想像もつかなかったと、伝記に記されることとなったのである。


(了)



 お題バトル参加作品

 提出お題:呪文 魔女 故障 ロケット サイダー 椅子 酒 きょうだい喧嘩

 使用お題:魔女 サイダー 椅子 酒 きょうだい喧嘩

 執筆時間:60分

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