雷雨のいたずら

 暑いけど、体がふるえてる。

 ぼくは今、たきのように急な段差になった川の上にいる。流れの先には、いつもよりちょっと小さく見える友達が五人。

 これから、飛びこまなきゃいけない。その恐怖がぼくをふるえさせてるんだ。

「おーい、ミト。飛び込めよー」

 ぼくが恐怖と必死に戦ってるっていうのに、下からのんきな友達の声がした。


 最初はただの川遊びだった。夏休みになってぼくらは涼しいのを求めて毎日のように近くの川で遊んでいた。川の周りはちょっとした林みたいになってて、木の陰での水遊びは暑さをしのぐのにぴったりのスポットだ。せみしぐれの合唱を聞きながら、それに負けないぐらいの声で水をはねあげた。

 そのうち、一人が「この先におもしろいとこを見つけたぞ!」と得意げになって戻ってきた。

 いつもは行かない、ちょっと川上の方で友達が見つけてきたのは、高さが二メートルぐらいある段差だ。たきみたいに、ざぁざぁと水が流れ落ちてる。

 こっから飛び込もう! って流れになるのに、なーんにも不自然なことはなかった。

 友達は次々に飛び込んでく。みんながあげる水しぶきはとってもきらきらしていて、楽しそうだし気持ちよさそう。

 でも、ぼくは、高いところ苦手なんだっ!

 ぼくは、みんなに「ぽよぽよしてるなー」なんて言われながらおなかをつつかれるぐらい、ぽっちゃりしてるけど、泳ぐのは嫌いじゃないし、自分で言うのも何だけどうまいほうだと思う。だから毎日みんなと川遊びしていたって平気なんだ。

 さすがライフセーバーのとーちゃんの息子だなってみんなほめてくれる。もうちょっと体重落とせばカンペキなのに、って余計なひと言もついてくるけど。

 でも、でもでもでもっ、高いところは、チョー苦手! マジかんべん!

 さすがに家の二階から下を見下ろすぐらいは平気だけど、こんな窓も塀も手すりもない、広い場所で二メートルも下に飛び込むなんて、夜のお墓のきも試しより怖い!

 ひやぁっとした風が急にふいてきて、ぶるっと体がふるえる。冷たいと感じたはずなのに、おでこにはいやな感じの汗がふき出してきた。ぼくは、ぐいっとうででおでこをぬぐった。

「ミト、飛び込めよー」

 下で友達が呼んでる。

「もしかして、こわいのか?」

「まさかなぁ。ライフセーバーのお父さんの子だし、名前も水の人でミトだもんな」

 みんなが笑ってる。ちょっとバカにした感じで。

 そうだよ。ぼくの名前は水人でミトって読むよ。とーちゃんみたいなたくましくなってほしいってつけられたらしいよ。でも今はそんなの関係ねぇ! ってか水の人と高いのがこわいのは別問題だよ。

「とーべっ、とーべっ」

 ぼくがためらってると、下で手びょうしと、とべとべコールがはじまった。

 ……こわいけど、飛び込むしかないのかな。飛ばないで仲間はずれなんてイヤだし。

 ぼくは、そっと足を前に進めた。

 その時、びゅぅっと、また冷たい風が吹いて、ぼくはおもわず目をとじた。


 ふわっとする感覚。

 えっ? と思ったら、息が苦しい。

 なにこれ! 息できてない!

 目を開けると、ゆらゆらとゆがむ景色と、ごぼごぼ、と泡の音。

 ぼく、いつの間に水の中に?

 って、ヤバい、くるしい。早く顔出さなきゃ。

 早くはやく!

 でも体が思うように動かなくて、頭が痛くて。

 ゆらゆら、ゆらゆら、ゆれる景色が、きらきらしていて、きれいで、こわい。

 そんな中で、ふとうかんだのは、ネットニュースのもじ。

 “小学生、川遊びで水死”“死亡したのは藤原水人(みと)くん(11)”

 わらえねぇ、ってか、わらわれる!


「ミトー!」

「どうしたー?」

 よばれて、はっとわれに返った。

 ぼくはまだ川の上にいた。

 さっきまで、バカにしたようにはしゃいでた友達が、心配そうにこっちを見上げてる。

 ぼくはずっとむねに手を当てたしせいで、立ってたみたいだ。

 あれから何もかわってなかったことに、ほっとした。

 ううん。かわったこともある。ちょっとうすぐらくなった気がする。

 あのまぼろしみたいな景色が、あんまりにもきらきらしていたせいなのかな。

 アレは何だったんだろう? ぼくがこれから飛び込んだら、ああなるってこと?

「そ、そんなの」

 ぼくはつぶやいた。

「え? なにー?」「聞こえないぞー!」

 大声で聞き返してくるみんなの、心配そうでもあるけど、ちょっとイラついたような顔を見て、ぼくも目をぎゅっとつぶって力強くどなり返した。

「イヤだ! とびこみたくない!」

 頭の中に自分のどなり声と、何か大きな音がひびいた。

 友達の、うわぁっとか、ひえぇっとかいう声も聞こえた。

 次のしゅんかん、何か生温かいものが、かたとかうでとかに、ものすごい勢いでかかってきた。

 目を開けた。雨だ。すごい雨。これがゲリラごうう、ってやつか。

 そうか、うすぐらくなったのは雨の雲が空にかかったからだったんだ。

 もともと体はぬれてたから平気だけれど、髪の毛から雨がだらだらと顔に流れてきて、目に入って痛い。

 ぼくは、顔をごしごしこすりながら、あわてて川からあがった。

 みんなも、わぁわぁ言いながら集まってきた。木のかげであまやどりする。

 とつぜんのことで、みんなちょっとこうふん気味だ。

「すっげぇな。さっきまでちょっとくもってるぐらいだったのに」

「雨の音もすごいけど、川ももうヤバくね?」

「荷物取りに行って、かえろっか」

 そんな話になったから、木のかげをゆっくり移動して、荷物を置いてきたところまでもどることになった。

「ミトは、命拾いしたな」

 だれかがからかって言いだした。

 飛びこみの話からそれたと思ってたのに、よけいなことを言う。

「とびこみたくなーい! って泣いてたもんな」

 そんな泣きそうな声にはなってないし、泣いてないし。でもここで言い返したらよけいにからかわれるだろうから、だまっとく。


 あの、ぼくの見たのは、なんだったんだろう?

 けっきょく、それはわからなかったけれど、無事でいられたから、まぁいいや。

 ぼくの事故の記事が新聞とかのって、「水の人が水死だってよ、だっせー」「そんな名前だからpgr」とか、死んでまでバカにされることがなくなってよかった。

 あのまぼろしも、ぼくがさけんだ時にぐうぜんにゲリラごううになったことも、ちょっとした不思議体験ってことで、だれにも言わないでおこう。


 ……と、ここで終わってたらよかったんだけど、無事じゃなかったこともある。

 ぼくのあだ名が、ミトからライトに変わったことだ。しかも、飛びこむのがこわいヘタレライトとか言われることもあるし。

 ぼくが叫んで雷が鳴ったから、雷の人でライトなんだって。

 はぁぁ、どっちみち名前でからかわれることになるなんて。

 ゲリラごううがすぐにやむみたいに、そのうちあきて言わなくなるだろうから、それまで目立たないようにあまやどりってことで、スルー決定!

 ……でもちょっと、ううん、結構くやしいから、せめてもうちょっとダイエットして、とーちゃんみたいなかっこいい体になってやろうかな。


(了)



 「競作企画 第九回夏祭り」参加作品

 企画ページ

 http://www.geocities.jp/sagitta_t/maturi9/index.html

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