お茶の間のヒーロー
俺は正義の味方。今日もこの町の平和を守るのだ。
助けを呼ぶ声あらば、即、参上!
これが正義の味方の基本だ。
「あら、困ったわ」
ほら来た! 愁いを帯びたご婦人の声に導かれ、俺はその婦人のお宅に入って行った。
「あなたの悩み、俺が解決しよう!」
居間の机に向かって正座している四十がらみの女性に申し出ると、ちょっとびっくりしたで見られた。
「あらまぁ……」
ご婦人はそれだけ言うと困った顔のまま固まっている。きっと恥ずかしがっているのであろう。
うむ、すぐにあれしてくれこれしてくれと泣きついてくる輩は、時としてずうずうしいこともあるが、この奥ゆかしい方の悩みであれば、喜んで解決しよう。
もちろん、ずうずうしい輩の悩みも解決してこそのヒーローであると理解しているし、実践もしているのだがな。
「俺は正義のヒーロー。困っている人を見捨てることなどできない。さぁ、悩みを打ち明けるのだ」
俺がうながすと、よろしいんですか? ともう一度念押ししてから、悩める貴婦人が話し出す。
「実は、今日、大事なお客様がいらっしゃるのですが、お茶を切らしていることに今気づいて……」
婦人の視線が、手にしている茶筒に注がれる。
なんだ、茶か。
「俺に任せろ! 茶を用意しよう」
ふんっと胸を張って言うと、婦人の顔がぱぁっと明るくなった。
「いいんですか? ではこれと同じものをお願いします」
頭を下げて恭しく掲げてきた茶筒を受け取って、俺はすぐにショッピングセンターの茶屋に走った。常人なら十分はかかるだろうが、正義の味方たる俺にとっては、それこそ運動場のトラック一周ほどの距離に等しい。
若干息を切らせつつ、茶葉を店頭に並べた店舗に到着し、これと同じものを、と店員に告げると、すがすがしい笑顔の妙齢の女性店員がすぐに用意してくれた。
「こちらでございますね。五千円になります」
……ご、五千円だとっ!
俺は耳を疑った。たかが茶葉に五千円とは……。俺が普段飲む茶の、何倍するのだろうか。
しかし、請け負ったからには、何が何でも依頼を達成せねばヒーローの名折れだ。
俺は泣く泣く財布から生活費十日分の五千円を取りだし、店員に渡した。
茶を受け取り、婦人の元に戻る。
「まあぁ、ありがとう! さすがはヒーローさんね」
極上の笑みをたたえて婦人は握手を求めてきた。五千円は痛かったが、この笑顔のために俺がいるようなものだ。
「あらあら、わたしとしたことが、お茶のお代を渡さないと」
む? 金を返してくれると?
いやいや、ここで受け取っては正義のヒーローではなく、ただのパシリになってしまう。
「金は無用」
「それなら、せめてお名前を」
「正義のヒーローに名乗る名はない」
「まあ、それではヒーローさんにお礼ができないではないですか」
「あなたの笑顔が何よりの報酬だ」
「なんてすばらしいんでしょう。お茶の間のヒーローさん」
茶の間で助けたからそのネーミングか? 正直あまりぱっとしないが、せっかくつけてくれたのだから異論は呑みこんでおこう。
「それでは、さらばだ」
俺はさっそうと家を出た。うむ。かっこよく決まったぞ。
……だがまずいぞ。俺の財布がピンチだ。札は使い果たした。硬貨もほぼない。
助けて、金持ちのヒーロー!
(了)
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お題:訪れ お茶
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