爆弾姫と侍小僧
しかし心愛は家がお金持ちだからと言って鼻にかけたり、いばったり、我がままを言ったりする娘ではなかった。そのあたりは、親がきっちりと教育しているようである。また、父親が社長で偉い人と言っても、娘にまで堅苦しくさせることもないという両親の考えがあり、心愛はいわゆるお嬢様学校の初等科に通うことなく、近所の子供と同じく、市立の小学校に通っている。それも格差というものを感じない要因のひとつであろう。
しかし、この小学校低学年の小さき娘には、愛情たっぷりの教育ではいかんともしがたい難点があった。
まわりが心愛につけたあだ名は、爆弾姫。
といっても癇癪をおこすわけではない。
たとえば、子供同士で近所の公園で遊んでいる時のことである。
「ねぇ、あの人はどうしてあんなにふとっちゃってるのかなぁ」
公園のそばを通りかかった御婦人を指して、屈託なく笑いながら首をかしげて言うのである。
無邪気が子供達の身上と言えど、歳が二桁に近づくにつれ、その時に言っていいことと、言わない方がいいことの区別がついてくるものである。しかし心愛は悪気なく、思ったことを口走るのであった。
この「悪気なく」というのがくせものである。心愛は悪口を言っている気もなければ、周りの子が反応に困るのを見て楽しむような根性悪でもない。
そう、一言で言えば、天然なのだ。
この天然娘がぽんぽんと繰り出す言葉の爆弾に、周りの大人も子供も、いつそれが炸裂するのかとひやひやし、今日は大丈夫だと油断したところに超巨大な一発が投下されるのである。
そんな時に彼女を諌めるのが、クラスメイトの
先の例だと、亮はこう返す。
「それは今のぼく達には関係のないことだから、考えなくていいことだよ。それに、人には言われちゃいやなことがあるだろ」
怒っているわけではなく冷静で、ずばりと反論を許さない口調で切り捨てる。
亮についたあだ名は、侍小僧。
爆弾姫に侍小僧。なかなかいい取り合わせである。
さて、今日も教室では子供達が様々な話題で盛り上がっている。
「ねぇねぇ、知ってる? 隣のクラスのあきらくん、ちよみちゃんが好きなんだって」
女の子達の中でふとわき上がった話題は、あっという間に膨れ上がった。この一言をきっかけに、誰が誰を好きで、バレンタインにはチョコレートを渡して、という話で教室に黄色い声が飛び交う。小さいといえども女の子だ。
そこに便乗する悪ガキどもが、普段からするどいツッコミを入れる侍小僧に切りかかった。
「亮は誰が好きなんだ?」
「そんなの言わなくてもわかってるよな、心愛ちゃんだろ」
「おまえいっつも心愛ちゃんのこと気にかけてるもんな」
ひゅーひゅー、とわざとらしい口笛ではやし立てる男子どもに、亮は迷惑そうな顔をした。
「あのさ。ぼくは別にそういうの言われてもいいけど、相手のことも考えて言えよ。迷惑かかるだろ」
亮の返答は、しかし、この場合は逆効果であった。
「うわー、かばってるー」
「やっぱ亮は心愛ねらいー」
「告白しろー」
「こーくはく、こーくはく!」
ねたみの声、からかって楽しんでる声、中には純粋に応援している声もあるかもしれない。だがこの状況では、どれも同じだ。
当然、この騒ぎは女子にも聞こえていて、どうなるのかと心配する子や、わくわくして見つめる子、やめなよ、と一応言ってみる子、さまざまだ。
当の心愛は、きょとんとしている。
亮は、どう返せばいいのか、明らかに困っているようである。
そんな二人を取り囲み、クラスの子供達がはやし立てる。
頬を上気させた亮の口がぶるっと震えて、小さく開いて息を吸い込んだ。
だが亮が口を開くより早く、心愛が問いかけた。
「亮くん、心愛のこと、好きなの?」
出た! 爆弾出た! クラスは大爆笑だ。
「ぼくは……」
亮は眉根を寄せて悔しそうな顔をしている。
「ねぇみんな、どうして誰かの失敗を笑うみたいに笑ってるの? 人を好きになるってすばらしいことだってお父さんもお母さんも言ってたよ。……心愛は亮くん好きだよ。亮くんが心愛のこと好きでいてくれるならうれしいよ」
心愛の言葉に、今度はクラスがしんと静まり返った。
人が人を好きになることは、すばらしいこと。
そういえば、そうだった。うちのお父さんお母さんもそんなふうに言ってる。
クラスがざわめいた。そして、この心愛の勇気ある告白をほめたたえる拍手が沸き起こった。
「拍手されることじゃないよぉ。だって心愛、あっくんも大輝くんも、ゆめちゃんもなっちゃんも、みんな好きだもん。みんなだって、好きな人たくさんいるでしょ?」
その「好き」か!
心愛姫、超最大クラスの肩透かし爆弾に、クラスみんなが、亮までもひっそりと、こけたのは言うまでもない。
(了)
お題バトル参加作品
提出お題:侍 爆弾
使用お題:すべて使いました
執筆時間:55分
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