クリスマスケーキはラウンドで

 クリスマスにはトナカイに乗ってサンタさんがやってきて、煙突から入って来てプレゼントを枕元に置いてくれると信じていた小さなわたしは、それなら煙突のない家にはサンタさんは来ないのかと真剣に悩んだものだった。

 あれから二十年経って、小さなわたしにかけられた子供のためのクリスマスの魔法は消えてしまったけれど、大人になったらなったで、また別の楽しみ方があるというものだ。

 わたし達三姉妹が成人しても、毎年、我が家ではクリスマスパーティを開いてる。そりゃ、豪華なディナーで盛大にお祝い、なんてことはないけれど、そこそこ美味しいチキンとケーキが食卓に並べられて、ちょっとしたプレゼントを用意してみんなで交換する。

 パーティに参加するのは、わたしと二人の妹たち、そして母だ。父は、って? あのおやっさんは「女の馬鹿騒ぎにゃ付き合ってられん」って毎年クリスマスイブには逃げるようにどこかに飲みに行っちゃうからいない。まぁ、いてもいなくても空気だし、関係ないんだけど。

 さて、今年はわたしがケーキの調達係だ。

 事前にケーキの予約は済ませてある。仕事が終わったらケーキ屋さんに寄って受け取って帰ればオッケーだ。

 イブの会社の夕方は、なんだかみんな浮足立ってる感じがする。いつもよりちょっとだけ浮ついた雰囲気で、退社時刻がくるのを息をひそめて待っている感じ。

 スイーツ好きのわたしももちろんその一人だ。

 ケーキ調達係が好きなケーキを選ぶ権利を与えられているから、今年は大好きなチョコレートケーキだ。もちろんイチゴもたくさん乗ってるの。マカロンも可愛く飾り付けられてて、サンタさんの砂糖菓子がちょこんと添えられている。

 あぁ、予約した時のあのケーキの写真を考えただけで頬が緩むわぁ。早く食べたいなぁ。

 こんな日に残業なんていいつける上司がいたとしたら、末代まで呪ってやるからね。

 壁に掛けられた時計が午後六時を指す。周りのみんなは、他の人も帰り支度を始めないかとキョロキョロしはじめる。

 デートなんかある子は、人目も気にせずにさっさと片付け始めちゃったりしてる。それをみた予定あり組も動き出す。

 それじゃ、わたしも参りますか、いざ、ケーキ屋さんへ。

 今日はますます綺麗に見えるクリスマスのイルミネーションに見送られながら家の近くまで帰る三十分の道のりが、なんて遠くに感じられることか。

 駅を出て、いよいよケーキ屋さんが近づいてくる。足取りも軽く到着すると、数人の人が並んでいた。

 みんな、手に手にケーキの箱を持って嬉しそうに帰って行く。

 ケーキを確認させてもらって、また丁寧に箱に入れ直してもらって、やっとケーキをゲットした時の喜びはもう最高!

 なのに、なのに!

 ケーキ屋を一歩出たわたしに男の人の慌てた声と、自転車のブレーキ音が突進してきた!

 ……あ、やばっ!

 そう思った時にはもう、わたしはひっくり返ってて、ケーキは自転車の車輪の下敷きに……。

「なんっ……、ってことすんのよぉっ!」

 自転車にぶつかられた腕が痛い。けどそれよりも、あれほど心待ちにしていたケーキが無残にひしゃげてしまったのを見て心が張り裂けんばかりに痛い!

「ごごご、ごめんなさい! 弁償します!」

「あったりまえだろうが! 今すぐそこで買いなさい!」

 何事かと野次馬が集まってきたがお構いなしに、自転車の男――二十代前半ぐらいの気の弱そうな兄ちゃんに怒鳴りつけた。

 ケーキをおじゃんにした極悪犯人は雷に打たれたかのようにケーキ屋さんに入って行った。

 ……うん、けど、判ってた。

 今日はイブよ。もう夜よ。ラウンドケーキなんて、残ってるはずないって。

「と、とりあえず、残ってたショートケーキを二個買いましたが……。もしかして、足りません、よね?」

 最後の方がしりすぼみになって、縮こまって上目遣いでこっち見てくる兄ちゃんは、ちょっとかわいそうな気もするけど、もっとかわいそうなのはわたしだよっ。

「足りるわけないでしょう。親子四人でパーティするからあのデコレーションケーキを買ったんじゃない! どうしてくれるのよっ!」

 わたしがきつく言うと、ますますちぢこまっちゃって、亀みたいに首引っ込めてる。

「すみません。本当にすみません。後日弁償させていただきますから」

「あのねぇ。後日って、クリスマスでも何でもない日にラウンドケーキって、何を主題にパーティしろってのよ」

 怒りが最大に達して飽和状態になって、もうどう怒っていいのか判らなくなった。

 なんか、気勢がそがれたって感じ。思わず笑っちゃった。

「……もういいわ。そのショートケーキだけもらっとく」

 わたしは、気弱そうなくせに自転車暴走させた極悪にーちゃんから、ショートケーキをふんだくって家に帰った。

「ただいまぁ」

 さて、この状況、どうしよう。

 まぁ、どうしようもないんだけど。

 なので、ありのままを説明すると妹たちと母は呆れかえった。

「なんでそのバカ男に、他のケーキ屋に走らせなかったのよぉ」

「ってか、元のケーキ代ももらうのが当然じゃない?」

「自転車ぶつけられたなんて危ないじゃない。後から痛むことだってあるんだから、ちゃんと治療費もいただいておかないと」

 ごもっとも。

 なんか、今一つ盛り上がりに欠けちゃったパーディを進めて、さてケーキの出番となったんだけど。

 赤と緑の、いかにもクリスマス仕様な箱に入れられたショートケーキをテーブルの上に並べてみても、なんだか気分が乗らない。

「わたし、いいわ。三人で分けて食べて」

「それだと中途半端じゃない」

「三人で二つのケーキでしょ? じゃんけんする?」

「いや、トランプか?」

「いっそバトルロイヤルで」

「デスマッチ?」

「何バカなこといってんのあんた達は。四人で二つなんだから、半分ずつすればいいじゃないの」

 なんて親子であーでもない、こーでもないって話してると。

「おぅ、ただいま。帰りに会社の近くのケーキ屋が売れ残りが出ても困るってんで、安く売ってくれたぞー」

 お父さんが帰ってきた。ほんのり顔が赤いってことは飲んできたんだろう。ほろ酔い気分で、安売りしてるケーキを気前よく買ってきてくれたらしい。

「わぁお、お父さんナイス!」

 色めき立ってケーキに群がる妹たち。

 更に。

 ぴんぽーん、とインターフォンが鳴った。

 出てみると、暴走自転車男だ。

「さっきはすみませんでした。別のケーキ屋さんで残ってたケーキを買ってきました!」

 はぁはぁ息を切らせて、でもなんか嬉しそうにケーキの箱を渡してくれた。

 えぇっと、これはありがとうと言うべきなんだろうね。

 でも今うちにどれだけケーキあるのっ?

「よぉっし! 今日も明日もパーティだっ!」

「食べきれるかなぁ」

「太っちゃいそう」

 一時はどうなることかと思ったけど、ケーキ三昧なクリスマスになりそうだ。

 ダイエットは明後日から、ってことで。


(了)



 お題バトル参加作品

 お題 テーマ:クリスマス

 パーティ 煙突 トナカイ ディナー 赤色 ケーキ

 使用お題:すべて使いました。

 執筆時間:50分

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