いつか出会う僕の光
彼女にフラれた。
僕の世界から光が消えた。
どうにか仕事に行って、どうにか当たり障りなく過ごそうと、それこそ血を吐く思いで生活してるんだけど、考えるのは彼女のことばかりだ。
「もうあなたのことが信じられない」
彼女が別れようと言ってた理由は、僕が浮気した、ってことだったんだけど、そんなことは断じてしていない。
そりゃ、他の女の子とちょっと話したりもしたけれど、それが浮気になるんなら、世の中浮気者だらけだと思わないか?
僕としてはもう死にたいぐらいにショックなことだ。彼女とは二年も付き合って、この結果だから。
でも死ぬ勇気なんてものもなくて、その日その日を過ごすのが精いっぱいだ。
落ち込む僕に会社の同僚らは何事かと尋ねてくる。
会社の昼休み、いつもの定食屋で、安いけどボリュームがある飯を食いながら、彼らから切りだされた。
「おまえ、最近元気ないし、痩せたんじゃないか?」
「何かあったのか? 相談に乗るぞ?」
なんて優しいんだ。こいつらなら僕のこの苦しみを理解してくれるだろう。
「実はさ、彼女と別れたんだ」
「……え? おまえ彼女いたのか?」
同僚らは、すごく驚いてる。失敬だな。
「二年付き合ってたのに、僕が浮気した、って言われて一方的に別れられた」
泣きそうになるのを必死にこらえて、声を絞り出す。飯がしょっぱい。
「浮気、したのか?」
「そんなわけないだろう!」
ますます失礼なことを尋ねてくる同僚に、僕は思わず怒鳴ってしまった。
昼時で、適度に混んでる店内が、一瞬、しんとなった。
「ま、まぁまぁ落ち着け」
一通り周りにへこへこと頭を下げてから、同僚らが声をひそめてまた尋ねてくる。
「つまり、浮気なんてしてない彼女一筋のおまえを、誤解で振っちまった、ってことか」
「ひっどいなぁ。おまえの弁明も聞かずか」
やっぱり話せば判ってくれるんだ。なのに彼女は一方的に僕をせめて、連絡手段を全部シャットアウトしてしまった。
僕のこと、そんなに信用ならなかったのか。一体僕の何が彼女の偏見をあおったんだろう。
あ、ずーんと落ち込んできた。
「そうしょげるなよ。何なら、俺から彼女に誤解だって言ってやってもいいぞ。こういうのって第三者の冷静な意見なら相手も聞くってことも考えられるし」
「ほ、ほんとかっ?」
持つべきものは優しい同僚だ。いや、これはもう友達と言ってもいいよな。
わぁ、こっちの世界で友達って呼べる人ができたぞ。この世界も捨てたもんじゃないな。
「で、どこのなんて人だ? 会社の
「違う違う。現実せ……、いや、ネットで知り合った娘で」
危ない。ネットのことを現実世界って言ったら引かれるんだったっけ。
「ネットぉ?」
「あぁ、オフ会で会って付き合い始めたとかか?」
「違うよ。まだ会ったことない。そろそろこっちでも会おうかって話してて、準備進めてたとこだったんだ」
一瞬、ぽかーんとする友人達。
「それって……、付き合ってないよな?」
ぼそりと、つぶやかれた。
「なんでだよ。ちゃんと付き合ってたよ。お互い顔も声も知ってるし、いろんなこと話してお互いよく知ってるし」
「でも会ったことないんだよな? それはネット上の付き合いで、彼氏彼女ってわけじゃないだろ」
「そんなことない! やることだってやった!」
また、しぃんとなる店内に、しまった、と口を押さえた。
「……やること、ね」
「ネット電話で、えろとーく、ってか」
なんか、友人らから変なものを見る目で見られてる。
あぁ、やっぱりこっちの世界の人間は、ネットに偏見を持ってるんだな。こいつらは他の奴らとは違うって一瞬でも思った僕が馬鹿だった。
「もういい」
一瞬だけ友人だった同僚らに、自分の飯の代金を払って、僕は席を立った。
終わった恋を忘れさせてくれるのは次の恋、なんて、どこかで読んだことあったけど、やっぱ昔から言われてることって信憑性あるんだよな。
あれからすぐに彼女ができた。趣味のSNSで出会った
彼女こそ、僕の光なんだ。あったかくて心地いい。
かりそめの世界であくせく働いて家に帰った後にダイブする現実世界は素晴らしい。疲れを忘れさせてくれて、本当の僕になれる。
ここでは僕は飾らなくていい。まさにありのままの僕だ。
彼女もそうだって言ってた。彼女も、自分を輝かしく照らしてくれる光を探し求めてたって。それが僕なんだって。
趣味だけじゃない、そういった価値観も一緒なんだから、間違いない。
親は「ネットばっかりやってないでそろそろ結婚相手探しなさい」って言い始めてるけど、そうだな、そろそろ仮想世界でも繋がっていられる娘がいればいいかも。その相手が今の彼女なら、うん、悪くない。
もちろん、いきなり結婚なんて話を切りだしたら、いくらなんでも引かれるのは承知してる。
ここはやっぱり、オフでも顔をあわせておく必要があるな。
そうと決まれば、早速彼女にオフで会わないかと打診してみる。
すぐに返事が返ってきた。もちろんOKだって。会うの楽しみ、だって。かわいいな。
今の彼女、カリナちゃんって言うんだけど、彼女はとにかくかわいい。顔も声もしぐさも、話す内容も好みも、とにかくかわいらしい。もちろん可愛いだけじゃなくて僕への気遣いなんかもさりげに、でもきっちりしてくれて、会話していてとにかく楽しい。カリナちゃんと結婚したら、きっと毎日がすごく輝いてるに違いない。
彼女と会う日が決まった。次の日曜日だ。場所は、彼女の家の近くらしい店だ。僕のうちから2時間ぐらいかかるけど、彼女に会うためなら全然遠くない。
何着て行こうか。あんまりラフすぎるのも変だけど、堅苦しすぎるのはもっと変だな。
いつもの格好でいいか。
彼女とは、お昼に食事に行こうってことになってる。店は彼女が探しておいてくれるって。やっぱりよく気がつくコだよな。
これってやっぱりデートってことでいいんだろうか。……デートかぁ。前にしたのいつだっけ。大学の時はカノジョいなかったし、高校? いやあれはつきあってるってほどじゃなかったな。……じゃあ、まともなデートは、もしかして初めて?
うわぁ、めっちゃ緊張してきた。失敗しないように気をつけないと。
そんなこんなで、日曜日だ。
僕が早起きして風呂に入って身だしなみを整えて、ってやってたら母親が興味津津の顔で「何かあんの?」って聞いてきた。
「デートだよ」
ことさら何でもないように答えたら、目の中に星をちりばめたって言うのがぴったりなほどに目を見開いて輝かせて、僕のこと見てきたからちょっとキモかった。
どこで会ったどんな子か、ってしつこいけど、ネットで知り合ったって言ったら「そんな方法で出会った女なんて」っていいだしかねないから適当にはぐらかした。
世の中、もうインターネットが浸透してまさにネット社会だって言われて随分経つのに、まだまだネットで出会って付き合うなんてって偏見がある。特に母親世代なんてコンピュータってだけで拒否反応示すしな。
そんなことより遅刻しちゃまずいから、さっさと家を出て電車に乗る。
どんどん彼女に、カリナちゃんに近づいて行くんだな。心臓がばくばくうるさくなってきた。
最寄駅について、カリナちゃんを待つ。
少しして、彼女がやってきた。まだ約束の十分前だってのに、僕を見つけて慌てて走ってくる。なんて可愛いんだ。顔や服装も、もちろん可愛いけれど、僕のために走って来てくれるところが断然いい。
「はじめまして、っていうのもヘンかな。カリナです」
息を弾ませてカリナちゃんはぺこりと頭を下げた。
「あ、ども、アキラです。今日は会ってくれてありがとう」
ちょっとしどろもどろになってしまった。でもそんな僕を見てカリナちゃんが楽しそうに笑ったから、それでいいや。
早速お店へ、ってことになって二人で手をつないで向かう。
すごくおしゃれなイタリアンレストランだ。
おいしい飯を食って、可愛い理想の彼女と楽しく趣味の話をして、なんて幸せなんだろう。前の彼女に裏切られてから特に、ネットの外の世界なんてって思ってたけど、こうやって直接話して、触れ合うことができるのは、やっぱりこの世界の強みだよな。
食事がすんで、さすがに店に長居はできない。店を出てなんとなく歩きながらカリナちゃんを見た。
さて、これからどうしよう。
「他のお店行く?」
カラオケとかでもいいかな、って言いかけた僕に、カリナちゃんはいきなり抱きついてきた。
えっ? いきなりどうしたの?
「……しよ?」
えっ? えっ? な、何を?
いや違う。判ってる。それぐらいの空気は読める。
ただあまりにも唐突で驚いて嬉しくて思考が一瞬飛んだだけだ。
「う、うん」
夢みたいだ。思わずぎゅーって彼女を抱きしめた。
「じゃあ、ホテルさがすよ」
カリナちゃんがスマフォ操作してる。積極的なんだな。
「それじゃ、行こ」
ふわふわの笑顔で言われて、僕の心もふわふわだ。
ここから歩いて十分ぐらいのところにホテルがあるらしい。
どうしよう、僕、うまくできるかな。
緊張をごまかすために、他愛のない話をしてたけど、ホテルが近づいてくると緊張で話せなくなる。それはカリナちゃんも同じらしくて、二人で黙って手をつないて、ホテルに向かった。
繁華街の端っこに隠れるようにあるそのホテルは、よくテレビなんかで見てるままの、ちょっと恥ずかしい感じの外装だ。場所は目立たないのに建物が目立ってて、ひっそりって感じじゃない。急に別世界に来たみたいな感覚に思わず中途半端な笑いが漏れる。
「アキラさん?」
カリナちゃんがしがみついてきて、上目遣いで僕を見る。くそ、かわいすぎる。
ホテルに入る前だってのに、もう我慢できなくて彼女を抱きよせた。
と。
「おい、おまえら、なにやってんだ」
いかにも怖そうな男の声がした。最初、僕らが言われたんだって判らなかったから無視してたら「シカトしてんじゃねぇぞ」って肩掴まれた。
びっくりして男の方を向いた。うわぁ、いかにもチンピラ。
これが因縁ってヤツか。昼間っからいちゃいちゃしてんじゃねぇぞゴルァってことですねわかります。
でもこんなところでこんなことで、カリナちゃんとのえちーを邪魔されたくないから適当にはぐらかして――。
「おまえ、人の女に手ぇだしてんじゃねぇぞウルァ」
……へっ?
「人の、女?」
「おまえも何また浮気こいてんだシメっぞ」
チンピラがカリナちゃんの襟を掴んで引っ張った。「きゃっ」と言いながら彼女はあっという間に僕から引き離されてしまった。
「あ、あの……」
「るせぇぞ、この間男が」
怒鳴られたかと思ったら、腹に強い衝撃が加わって息が詰まる。殴られたんだ、って気付いた瞬間、すっげぇ痛みで脚から力が抜けた。
「ごめんなさいごめんなさいごめんなさい」
腹を押さえて顔をあげると、カリナちゃんが男に謝り倒してる。
「おまえの様子がおかしいから見張ってたらこれだ。どうせまたネットだろ。ったくちょっと目を離すとすぐこれだ。――おいおまえ。食事だけで済ませときゃまだ許せたが、ホテルに行くってなると話は別だ。落とし前つけてもらうからな」
え。なんで後半こっち見て言うかな?
「いや、彼氏いるって、しってたら……」
手をだそうなんてしません。
その言葉を遮って、チンピラは元々すごんでる顔をさらに汚くゆがめた。
「彼氏ぃ? ふざけんなてめぇ。こいつは俺の嫁だ。おまえのやってることは法的に立派な不貞行為だかんなっ」
よ、嫁? ってことは既婚者? そんなっ。
「し、知りませんでした。すみません!」
地面にひざまずいたままだったから、そのまま頭を下げた。いわゆる土下座だ。
これで許してくれたら、と思ってたけど甘かった。頭さげてる僕の、後頭部を軽く踏んづけてきた。
「知りませんでしたで済むかボケ。不貞の証拠は記録とってあるからな。おまえの会社にも知らせてやっから」
そんなことされたらクビだ!
「そっ、それだけは勘弁してください!」
地面についてる額をさらにすりつける。チンピラは、ふん、って鼻で笑って、一度グイッと足に力を込めてから、おろしてくれた。
「じゃあ、財布だせや」
金取るってことか。でも今は従うしかない。じゃないと会社クビだ。へたすりゃネットにさらされてヲチられて凸とか食らって引っ越しだ。
僕は財布を鞄からだして男に差し出した。デートのためにちょっと多めにお金を入れておいたんだけど、チンピラはそれを乱暴に抜き取って財布を僕に投げ返した。
「ネットがすべてと思うなよこのヴァカが」
ろくな仕事してなさそうなチンピラにバカとさげすまれて悔しかったけど、ここで反論したらせっかく鎮火しかけた所に油を注ぐようなものだから、もう一度すみませんと頭を下げておいた。
チンピラに連れられてカリナちゃんが去っていく。最後に、ちらっとこっちを見た彼女の目が悲しそうにうるんでた。
……きっと、ネットで話してた彼女が本当の彼女なんだろうに。僕と同じでこのかりそめの世界で自分を偽るのに嫌気がさして、本当の自分をさらしてただけなんだろう。あの男にきっとDVされてて逃げたかったに違いない。
待っててカリナちゃん。今は無理だけど僕がそのうち助けてあげるから。
と思ってたけど、あれからすぐにカリナちゃんと連絡が取れなくなった。あのDV夫が無理矢理スマフォを替えてSNSを退会させたんだろう。
前の彼女ん時に馬鹿にされたから同僚に相談するのは悔しかったけど、何とかいい知恵をもらえないものかと、事のあらましを話したら、また馬鹿にされた。
「おまえ、それ、カモられたんだろ」
「間違いなく女もグルだな」
「ネットだけがすべてと思うな、って、まさにまんまだな」
そんなことはない、彼女が危ないんだって訴えたけど相手にさえしてくれない。
「彼女の危機を救えるのは僕だけなのに、なんでなんだ。そのうち彼女が暴力の挙句に殺されたなんてニュースに流れてきたら、おまえら責任取れるんだろうな?」
「いやー、ないない。だってもしもおまえの言うように本当にDVでヤバかったら、女もまずオフで男と会う前に警察とか行くだろ。監視されてて逃げられなかったってんならなおさら、やっと外に出られたならホテル行ってる場合じゃないよな」
……うっ? そ、そう言われてみれば……。
彼女は、僕の光じゃなかったって、言うのか……。
だまった僕を見て、同僚らが笑った。
「ま、ひとつ勉強になったってことかな。高い授業料だったよな」
同僚は呆れ笑いで離れてった。
これだから、この世界はイヤなんだ。汚い、醜い。
僕を騙したチンピラも、僕を笑うだけの同僚も。現実世界で会うヤツはどこか歪んでる。カリナちゃんだって、ネットの中からこっちに来た途端、汚れてしまった。
やっぱりネットの方がいい。
決めた。次はきちんと裏が取れるまで会わないぞ。
同じ失敗はもうしないからな。
さ、帰ったら早速現実世界に戻ろう。
いつかきっと出会えるはずだ。僕を照らす輝かしい光に。
(了)
SNS・twitterお題企画
お題:オフ会行ったら急に鳩尾を殴られて「インターネットが全てだと思うなよ」って言って財布盗まれた、みたいな話
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