かんざしに倒れた女性――東小探偵団事件簿 2
お正月だー。
おれと二村、三田の三人は近所の小さな神社に初もうでに来た。
今年も、おれ達「東小探偵団」が大活躍できるようにお参りに来たんだ。何せ東小四年のおれらは学校中の難事件を解決してるんだから、特に下級生達にはすっごく頼られてるし、おれらがいないと小学校の平和が乱されてしまう。
「一ノ瀬くん。今年もいろいろがんばろうね」
二村が笑う。探偵団の唯一の女の子だ。こういってん、っていうんだっけ? かわいい笑顔だ。
「うん、がんばろう」
おれがうなずくと、三田もこぶしをぐっとにぎった。
「去年以上に、たくさん事件を解決しましょう」
ていねいな言葉だけど、けっこうアツいやつだよな、三田は。
そんな感じで参道を歩いてると、男の人が本殿の方からあわてて走ってきた。すごいあせってる感じだ。
「き、きみ、きみたち……。携帯、持ってないか?」
二十歳かそれ以上か、ってぐらいの男の人が息を切らしてぜぃぜぃ言ってる。
これは、事件のにおいだ。
「電話は持っていませんが、神社の事務所に行けばあるんじゃないでしょうか」
「それを言うなら社務所だよ」
三田が男の人に言うのに、おれが訂正した。三田は「あ、そうですね」って照れ笑いしてる。
男の人は社務所の存在を忘れていたみたいで、「そうか!」と短く言うとくるりと後ろに振り向いた。
「何があったんですか?」
二村が聞く。
「一緒にお参りに来てる彼女が急に倒れたんだ。救急車呼ばないと」
倒れた? 病気かな。事件かもって思ったけど違うみたいだ。
いや、病気でも大変なことに変わりはないんだ。
「救急車? だったら手伝います」
おれは二村と三田を見た。二人は、うん、とうなずく。
「三田はその人と一緒に社務所に行って、毛布とか柔らかいもの借りてきて。おれと二村は倒れた人の様子を見よう」
「りょうかい!」
これぞ探偵団の団結力ってやつだ。
「君達、……すごい、冷静だな」
「感心していないで行きましょう」
おれと二村は本殿へと走る。三田と男の人は途中で別れて社務所に向かった。
本殿が見えてきた。さい銭箱の近くに人が倒れているのが見える。
「あの人ね」
二村が言うのにうなずいて、おれらは女の人のところまで全力しっそうだ。
女の人は、さい銭箱に頭を向けて倒れている。晴れ着で着かざって、化粧もばっちりだ。きれいな人だなぁ。
おっと、見とれてる場合じゃないや。
横向けに倒れてるから、二村と協力して、そっと仰向けに寝かせた。女の人が持ってた破魔矢もそっとそばに置いておいた。折れなくてよかったね。
ん? なんだ、このかんざし、と、傷。
女の人の手の甲に、何かが刺さったみたいな傷があって、今もちょっとだけ血が出ている。そしてその近くに、この人のじゃないと思う、言ったらシツレイだけど、もっとおばさんがつけるような地味なかんざしが落ちてる。
念のために倒れている女の人の頭を見てみるけれど、カラフルなかんざしはひとつも抜けてない、と思う。倒れたからだろう、髪は少し乱れてるけどかんざしが抜けた様子はない。それにこのくすんだ年代物っぽいかんざしがこの色とりどりのかんざしといっしょにさしてあったとするなら、おれ、美人のお姉さんの美的感覚が信じられなくなっちゃうよ。
病気の発作で倒れたのかと思ったけど、これはやっぱり、事件じゃないか?
おれはそっとしゃがんで、ハンカチでていねいにかんざしをつまんだ。かんざしの先と手の傷を比べてみる。
間違いないな。このかんざしが刺さってできた傷だ。
「どうしたの? 一ノ瀬くん、考えこんじゃって」
「この人……、どうして倒れたのかな、って」
「病気じゃないの?」
「おれもさっきまでそう思ってたけど」
もしかして、このかんざしになにか変なクスリがぬってあって、って殺人未遂事件じゃないか?
おれは、かんざしをそっとハンカチに包んで、ぐるりと辺りを見た。
この本殿前が見えて、かんざしをなんかの方法で投げたり撃ったりできる場所は……。
「二村、ちょっとそこに立ってて」
きょとんとしている二村をさい銭箱の前に立たせて、おれは見当をつけた場所に向かった。五メートル近く離れた木の陰だ。
「……やっぱり」
その場所について、二村の姿がばっちり見えることを確認して、おれは確信した。あのお姉さんはここから狙われたんだ。
「おーい、毛布借りてきたよー」
三田が重そうに毛布を抱えてよたよた走ってきた。おれは一旦その場を離れてお姉さんのところに戻った。
お姉さんの頭の下に折りたたんだ毛布を敷いて、もう一枚を体の上にかける。お姉さんの様子に変化がないことを確認して、あとはお兄さんが戻ってきたら、おれの推理を披露することにしよう。
「君達、ありがとう。救急車呼べたから、あとは僕が見ているよ。せっかくのお参りなのに邪魔しちゃってごめんね」
お兄さんが走ってきて、おれらに頭を下げた。
「いいんですよー。困った時はお互い様です」
二村と三田がにこにことお礼に応えてる。お兄さんもほがらかに笑った。
「……ねぇ、お兄さん。このお姉さんから持病があるって聞いてた?」
おれが質問すると、お兄さん、えって言って首をかしげた。
「いや、そんな話は聞いたことないよ」
「やっぱり。お姉さんは誰かに狙われたんだ!」
「狙われた?」「どうして?」「いきなり何を言うんだ」
三人が口々に言う。
「お姉さんの左手に、何かが刺さったような傷があるんだ。そしてお姉さんのそばにかんざしが落ちてた。お姉さんのじゃないかんざしだ」
おれはゆっくりと歩きだして、さっき見にった場所についた。手招きでみんなを呼んで、ハンカチにくるんだかんざしを見せる。
「ここから、このかんざしをお姉さんに当てたんだ。ほら、見てこの足あと」
おれらの足元近くに、本殿の方に向いている足あとがあって、そこから慌てて逃げ出したような土の盛り上がりと、林の中へと続くおなじ足あとがはっきりと見て取れる。
「でもこの距離じゃ、かんざしを投げて彼女の手に当てるなんて無理だよ」
お兄さんがもっともらしいことを言った。
「うん、だからなにかしゃしゅちゅ……、ううん、しゃしゅつ武器を使ったんだと思う」
お兄さんや二村達が「今、噛んだな」とニヤニヤしたけれど、そこは知らないふり。
「しゃしゅつ、というと、ロケットランチャーとか?」
「ここ北九州じゃないし! そんなものがごろごろあってたまるか。そもそも、そんなの使ったら音でばれる、ってか、かんざしを打ち出すロケットランチャーなんてないって」
三田のボケに思わずつっこみ三昧だ。
「じゃあ、弓とかボウガンとか?」
「それに近いものかもしれないな。改造ボウガンとか」
二村の推理にうなずいた。
「それにしても、誰がどうして? そんなものを使ってまで?」
お兄さんが信じられないって顔をしている。
「お姉さんに恨みを持っている誰かとかじゃないかな。なんにしても、このかんざしを調べてもらったら判るよ。なにか変な薬品とか塗ってるのが出てくるかもしれないし」
おれが得意げに言うと、お兄さんが、うーん、とうなっている。
「そういえば、軍事オタクな会社の同僚がいて、難癖つけられたことがあるみたいな話は、ちらっと聞いたことあるけど」
ほら、やっぱりだ。きっとそのどうりょうが犯人だ。
その時、遠くから救急車のサイレンが近づいてきているのが聞こえてきた。
「あ、救急車、きたみたいだね」
おれらはとりあえずお姉さんの所に戻った。このかんざしが手の怪我に関係あるのは間違いないから、おれの推理は間違ってないはずだ。そうなると、名推理をしたってことでおれらが表彰されるかもしれないぞ。
すっごい期待した。
けれど。
かけつけた救急隊の人達におれが推理を話すと、思い切りばかにされた。
それでもおれが食い下がったら、木の根元の足あとを見て、また笑った。
足あとは、大人にしてはちょっと小さめらしい。かくれんぼとか鬼ごっことかした子供のじゃないか、だって。
その後、病院で手当てを受けてお姉さんは回復したんだけど、本当に病気の発作だった。初めて症状が出たみたいで本人もおどろいてたみたいだ。
落ちてたかんざしは、前の参拝客の落とし物で、お姉さんが倒れた時に、手に刺さったみたいだった。
なんだよ。かんぺきだと思ったのに。
「あんた達、また勘違い推理したんだってね?」
新学期になってそうそう、ツン子がイヤミを言ってきた。
こいつは純子って名前の同級生で、いつもおれらの探偵活動を鼻で笑っているイヤミ女。だからツン子って呼んでる。
「この前は家出のお姉さんが誘拐されたって言って騒いだけど、今度は病気で倒れた女の人が、ボウガンで撃たれたなんて言ったみたいね。ばっかじゃない? 探偵かぶれのへたれ推理に付き合わされた大人はいい迷惑だったわね」
「うるさい! 可能性の一つとして大いに考えられたことなんだよっ」
おれは鼻息荒くしてツン子に言い返してやった。
「ま、応急そちでかつやくできたんだから、よかったじゃない。探偵団なんてやめちゃって、救急団になったら?」
ツン子が、文字通り鼻をツンとあげて笑ってる。
「純子ちゃん、あんまりそんなふうに言わないでよ。一ノ瀬くんの推理はすごく説得力があったんだから。もし本当に事件だったとしたら、すごいお手柄だったと思うよ」
「事件かそうじゃないかを見極める目がないとダメって言ってるのよ。二村さんも、感心ばっかりしてないで、ちょっとは一ノ瀬くんの暴走を止める方に回ったらいいわ」
言い返されて、何も言えなくなっちゃった二村に、それじゃあね、とツン子が笑って自分の席に戻っていく。
本当にイヤミだけ言いに来たんだな。
くそー。今に見てろよー! 大きな事件を解決して、見直させてやるからなー!
(了)
SNS、twitterお題企画
お題:晴れ着 かんざし 破魔矢 賽銭箱 ロケットランチャー
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