(なんちゃって)ミステリー

消えた少女の謎――東小探偵団事件簿 1

 同級生の正木の依頼を受けて、おれ達少年探偵団は彼の家に捜査に向かうことになった。

 あの有名なテレビアニメみたいに、おれは実は高校生、ってことはないけど、おれをリーダーに結成した「東小探偵団」が学校の中で起こった事件を解決しているってことは有名だ。

 今回は、正木のお姉ちゃんがいなくなったから、どこに行ったのか捜してほしいっていう依頼だ。お姉ちゃんは中学二年生で、おれ達より四歳年上だってさ。いなくなったのに気づいたのは昨日の夕方ぐらいで、まだ朝の時点では警察には話してないみたいだ。正木のお父さんが大事にする前に、捜せるところは自分達で捜してみようって言ってたんだって。

 失踪事件か。初めて学校の外での捜査になるけれど、大丈夫、ちゃんと見つけ出してみせる。

 放課後に正木から話を聞いて、さぁ家へ行こうとおれ達三人が張り切ってると、馬鹿にしたような声が聞こえてきた。

「あんた達、学校の外で探偵ごっこなんてやってたら大人に怒られるわよ」

 出た。ツン子だ。本当の名前は純子だけど、いっつもツンツンしてるからあだ名がツン子。

「うるさいなぁ。探偵ごっこじゃなくて、おれ達は『東小探偵団』で、ちゃんとした探偵なの」

「探偵っていっても、せいぜいランドセルとか上靴がなくなったから捜してほしいってくらいじゃない。まぁ勝手にしなさいよ。一度世間の壁ってのを体験してみるのもいいかもしれないわ」

 なーにが「世間の壁」だ。見てろよ。正木のお姉ちゃんを見つけたら、馬鹿にしてごめんなさいって謝らせてやる。

 ふんっと鼻で息をして、おれ達は正木の家に向かった。

 正木の家はふつーの一軒家で二階建てだ。

「おじゃましまーす」

 おばさんに挨拶して、早速お姉ちゃんの部屋に連れて行ってもらう。二階に上がってすぐのドア奥がそうみたいだ。

「うわ、なにこれ」

 部屋に入って、まず気づいたのは、香水のにおい。もう気持ち悪いくらいのにおいだ。

「お姉ちゃんがいつも使ってる香水のにおいだけど・・・・・・」

 窓を開けながら正木が言う。お姉ちゃんがいなくなったって気づいた時からこんな感じで部屋中に香水のにおいがいっぱいだったんだって。

 部屋をざっと見てみる。フローリングの上にカーペットが敷いてあって、入り口から見て左にベッド、右に机とタンス、化粧台がある。

「その香水って、これ?」

 探偵団の女の子、二村が言う。彼女が指差しているのは、化粧台の鏡の前にある香水の入った小さいビンだ。中身は三分の一ぐらい入ってる。

「うん、そう」

 正木がうなずいた。おれは机の前に近づいてみる。

 化粧台と周りを見て、ピンと気づく。いなくなって一日たってるのにこれだけにおいが残っているのは、こぼれたからじゃないか。

 鏡台の上に、液体をふき取って残った跡がある。床を見るとちょっと変色した染みがある。顔を近づけてみると、やっぱり、同じ香水のにおいだ。

「これ、かきおきですね。家出するって書いてますけど」

 探偵団の三田が、机の上を指差している。

 どれどれ、と近づいて紙を見る。

『もうこんな家いや。出て行くから探さないで』

 手紙って呼ぶには短すぎる文が乱暴に書かれてる。なんとなく男の人の字っぽい。

 それにしてもずいぶんしわしわの紙だ。

 ん? もしかして。

 おれは自分の推理の裏づけをする為にタンスの引き出しを開けた。

 服がきれいに並べられてる。どの段も、服がたくさん入っていて取り出したように見えない。

 これはますます推理どおりだ。

「なぁ、家出するって紙には書いてあるけど、お姉ちゃんの旅行かばんみたいなのは?」

 正木に聞いてみる。

「えーっと、たしか下の押入れの奥に入れてたっけ。ちょっと見てくる」

 言いながら正木が部屋を出て行った。少しして、大きめのボストンバッグを持って戻ってくる。

「あったよ。旅行とか行く時は、いつもこれを持ってってる」

 よし、決まりだ。

「やっぱりか。これは家出じゃない。事件だ!」

 おれがきっぱりと言うと、みんなが驚いておれを見る。

「一ノ瀬くん、どうしてそう言い切れるの?」

 二村が尋ねてきた。さぁおれの推理を聞かせる時だ。

「お姉さんの服がなくなってないこと、いつも使っている旅行かばんがあること。これが家出でない証拠だ。家出をすると書き置きしてるのに服を持っていかないなんて変だろう?」

 おれがそこで言葉を切ると、みんなが納得したようにうなずく。

「書き置きは、きっと犯人が家出に見せかけるための偽装工作だ」

「そう言われてみれば、お姉ちゃんの字っぽく見えるけど、いつもとちょっと違う感じがする」

 正木がうなずいた。

「書き置きが握られたみたいにくしゃってなってるのも、香水がこぼれてたのも、犯人ともみ合ってそうなったんだと思う。犯人は鏡台の上は拭いたけど、床までは拭く余裕がなかったんだね」

 またみんながなるほどとうなずいた。

「文字の感じからして、犯人は男だと思うんだけど、おねえちゃんと仲のいい男の人で、最近トラブルになったって話はある?」

 正木に尋ねてみると、そういえば、と手を打った。

「最近彼氏とうまくいってないみたいなことを電話で友達に話してるのを聞いたことがあるよ」

「ってことは、別れ話か何かがこじれて、彼氏にさらわれたとか、そんな感じかも」

「そんな。それじゃお姉さん、早く助けないと危ないんじゃないですか?」

 三田が顔を青ざめさせている。

 その通りだ。早く助けないと。

「よし、まずはその彼氏の家に行ってみよう。彼氏の手がかりってないかな」

「去年同級生だったみたいだから、連絡網が残ってたら電話番号がわかるよ」

 正木が部屋を出て行く。おれらも後に続いた。

 さぁ、いよいよ事件の核心へ近付いてきたぞ。ここからは慎重に動かないと――。

「え? 娘が? はい、そうです。ありがとうございます!」

 階段を下りて、電話が置いてあるっていう台所へ向かったおれらが聞いたのは、正木のお母さんの歓喜の声だった。

「お姉ちゃん、見つかった……?」

 きょとんとした顔の正木がつぶやくと、お母さんが彼を見て、小さく何度もうなずいた。

 犯人がお姉さんを解放したんだろうか。

 何にしてもあっけない幕切れだ。

「まぁとにかく、見つかってよかったんじゃないかな」

 二村が言うのに、ただただうなずくしかなかった。


 次の日の朝、授業が始まる前に、おれ達少年探偵団と、今回の依頼人である正木が屋上に集まった。

「事件だと思ったんだけどなぁ」

「一ノ瀬くんの推理で完璧だってあの時は思ったけどね」

 おれがつぶやくと、二村と三田もうなずいた。

 正木は恥ずかしそうに頭を下げる。

「ごめんね、騒がせて」

「ううん。お姉さん、帰ってきてよかったね」

「無事だったんだからそれでいいですよ」

 二村と三田は笑ってるけど、おれは釈然としないというか。

 結局、正木のお姉さんはただの家出だった。彼氏と付き合ってるのをお父さんに反対されて、反抗して出てったんだって。

 書き置きが、くしゃってなってたのは、それを見たお父さんが怒りにまかせて紙を握ったからで、いつも使ってる旅行かばんがあったのは、違うかばんに服を詰めて行ったんだって。服が減ってないように見えてたけど、実はいつもはもっと、たんすにぎゅうぎゅうに服を詰め込んでただけで、結構持って出てたらしい。香水がこぼれてたのは、本人が家を出る前にうっかりこぼしちゃって、机の上だけ拭いて床は気づいてなかったみたいだ。

 なんていうか、脱力感しか残らない。

「ほらね。探偵ごっこなんてしていたら、ろくなことにならないわよ」

 気がつけば、屋上の入り口にツン子がすまして立っている。そら見たことかと鬼の首とったみたいな、にくったらしい顔。

「うるさいなぁ。次の依頼こそ完璧に解決してやるよ」

「無理ね。なんとかと煙は高いところが好きなんだから、何かあれば屋上に上がってるあんた達は、せいぜいなくし物を捜すくらいのことしかできないわよ。それより、早く教室に戻らないと、もうすぐチャイム鳴るわよ」

 ツン子が、ふふんと笑って校舎に戻っていった。

 ちょっと待て、なんとかと煙って!

「おいこら! なんとかって、バカってことかっ!」

「ひどーい。わたし達、一生懸命やってるのに!」

「撤回してください!」

 ツン子の消えた階段の方に怒鳴ったけど、返ってきたのは、あいつの足音だけだった。

「くそぉ! 次は難事件を解決して、馬鹿にしてごめんなさいって言わせてやるからなっ!」

 綺麗に晴れた青空に、おれ達「東小探偵団」の決意の雄たけびが吸い込まれていった。


(了)



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 お題:手紙 残り香 煙

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