制裁

 たとえば、本棚に並べられているいろんな本の、一冊の中にへそくりが隠されているのを見つけるのって、すごい偶然だと思う。子供の頃、ちょっと大人びてみたくて、難しそうな本をぱらぱらとめくってみたら一万円札がはさんであって、「ママこれー、忘れ物ー」って持って行ったらお母さんはすっごく複雑そうな顔で「ありがとう」って笑ってたっけ。

 彼の浮気も、そんな感じで、思いがけず他の女の子と二人でいるのを見ちゃったんだよね。

 女の子と腕組んで、楽しそうに、今見てきた映画の話なんかしちゃって、幸せそうで憎たらしいったらないわ。なーにが冒険ものは興奮する、よ。おれもあんな飛行機作って空飛んでみたい、よ。簡単な設計図すら理解できなくてほうったらかしのプラモデルが部屋に転がってんの知ってるんだからね!

 何にも予定のない休みの日に、次のデートのためにって、いつもよりちょっとかわいい系の服買って、次はいつだろうって、独りで勝手に楽しみにしてたさっきまでのわたしの気持ちを返してよ。

 あんな子の、どこがいいのよ。

 ちょっと背かちっこくて、人懐っこそうで、笑うと結構可愛い顔してるから?

 わたしのこと、気が強くて怒りっぽくて、最近優しくないとか言ってたけど、だからって浮気する?

 どうすればいいのかな。どうすればあんたを取り戻せるかな。

 欲しがってた時計をプレゼントしてみる? 美味しいカレーライスでもてなしてみる? 大好きだもんね、カレー。

 柄にもなく甘えてみようか。それとも、あんな女のこと別れてって泣いてみようか。

 でもやっぱり、そんなの柄じゃないな。もっとストレートにずばっと行っちゃおうか。


 彼に言うより、あの子に諦めてもらった方がいいよね。

 だから、こっそり彼の携帯からあの女の子のアドレスをメモって、ちょっと警告めいたことしてみた。

 そうしたら、あの子からのメールがぴたっとなくなった。

 うん、やっぱり行動に移してよかった。

 これで彼とラブラブな生活が取り戻せる。

 でも、どうしてだろう。彼が最近元気がない。

「ねぇ、なんかあったの?」

 彼に聞いてみた。

「うん……。妹が、ストーカーにしつこくされてるみたいでさ」

「妹いたんだ」

「うん。遠くの大学だから家にはいないんだけど。この前、久しぶりにこっちに帰ってきたんだよ。言ってなかったけど前の休みに一緒に映画見に行ったんだ」

 え? ……まさか?

「ほら、これ妹」

 彼が携帯の写真で見せてくれたのは、あの、腕組んで歩いてた子。

 そんな。

「それから、なんか知らないヤツからひっきりなしにメールとか電話とか届くようになって、こっちに迷惑かからないようにって、僕には連絡して来なくなったんだけど、親に相談してるって」

 それじゃ、わたしがした事って。

「なんか、誰か女の子らしき人に“人の彼氏に手を出す女には制裁だ”みたいなこともメールで言われたっぽくてさ」

 うん、知ってる。それわたしだもん。

 それで、出会い系サイトにあの子のアドレスを……。

「多分、出会い系サイトかどこかにアドレス書かれたんじゃないかなぁ」

「ふぅん。大変だね。けどアドレス変えるとかしたら、そんなのすぐに終わるよ」

 冷や汗が噴き出してきた。

「妹にはそう言っといた」

「それなら、よかったね」

 だったら、もう大丈夫だよね。

 って思ってたら。

 携帯が鳴った。知らない番号から。

「ちょっとごめんね。――もしもし?」

『君、彼氏だけじゃ満足できないんだって? これから俺と会わない?』

 ……なっ?

 すぐに電話を切った。

「どうした?」

「あ、間違い電話みたい」

 その言葉の終わりには、もう次の電話。今度は通話ボタンも押さずに切った。

 そしたら、メールの着信音。

 怖々、開いてみたら。


『お兄ちゃんと別れて』


(了)



 お題バトル参加作品

 お題:時計 設計図 嘘 好物 本棚

 使用お題:すべて使用しました

 執筆時間:1時間

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る