青春・友情

緑ちゃん

 カタカタカタカタカタカタ……。

 部屋のあちこちでパソコンのキーボードを叩く音。なんであの音ってあんなに耳につくんだろうね。

 その他にも、電話の鳴る音、それに応える声、上司と部下、同僚達のやり取り。

 オフィスは活気に満ちている。

 けれど働く人達は必ずしも元気と言うわけじゃない。

 かく言うわたしも、目はしょぼしょぼ、肩はぱんぱん、頭は軽くずきずきしたりして。

 眼精疲労って、肩こりとか頭痛とかするんだってね。

 あ、頭痛の種は仕事そのものだけじゃないよ。

 上司は無茶振りしてくるし、できたことはねぎらわないくせにちょっとしたミスはねちねち言う。出来の悪い後輩に厳しく指導したら「これだからお局は」とかイヤミな陰口言われるんだよ。あんたらだって五年後にはお局だっての。五年も居残れる実力があったら、だけどね。

 そんなこんなで目とか体とか気持ちとかが疲れた時は、オフィスの窓際に置かれた鉢植えの観葉植物に目をやる。

 わたしが心の中で勝手に名づけた緑ちゃん。雑然とした部屋の中に置かれているわりにはとっても元気そうに、青々とした葉を控えめに広げている。

 ネーミングが安直とか言わないの。

 そう言えばもう深緑の季節だよね。ついこの間まで桜が咲いていたと思ったのに。

 森林浴なんてしたら気持ちいいのかなぁ。


「って感じで、会社でわたしの仲間は緑ちゃんだけなのよね。男との出会いなんて、ないない」

 軽くそう言って、目の前のいちごショートをぱくついた。

「なーにが緑ちゃんよ。結局あんたは、はなっから男作る気ないんじゃない」

 向かい側の席に座る「お嬢」は呆れ顔だ。

「いいじゃない。別に彼氏いなくても困らないしさー」

「まぁ無理に作るもんでもないけどね」

 そういうと我が友は微苦笑を浮かべた。

 彼女は中学校からの友達で、なんだか気があってずっと付き合いが続いている。もうすぐ十五年になるのかな。お嬢、なんて呼んでるけど別にお金持ちのお嬢様じゃない。ま、なんとなくってやつ。

 わたしも気の強いとこあるってよく言われるけど、お嬢も負けてない。二人ともツッコミ系だし、似たもの同士ってところだろうか。

 お嬢といると楽なんだよね。だから社会人になっても時々ご飯を食べに行ったりする間柄。

「で、この後どうしようか。カラオケにでも行く?」

 わたしが言うと、お嬢は、あー、と言ってから、笑みを浮かべた。

「もしよかったら、運転の練習に付き合ってよ」

 そういや、お嬢は二ヶ月ほど前に免許取ったって言ってたっけ。ちょっと怖いけど、まぁいいか。

 ということで、ランチを終えて、お嬢の車に向かった。彼女の愛車はピンク色の中古の軽。

 怖いから後ろに乗ろうかなーとか冗談を言いつつ、助手席に乗ってしっかりとシートベルトをしめた。

 お嬢の運転は、思っていたほど下手でもなく、心地よい揺れに、ついつい眠気を誘われる。

「あー、寝てていいよ」

 お嬢のそんな言葉に甘えて、ついついうたた寝してしまった。


 ――ほら、着いたよ

 そんな声が聞こえて、目を覚ました。

 ……緑だ。

 目を開けて最初に浮かんだのは、その一言だった。

 フロントガラスの向こう側には、新緑の群れ。ちょっとオレンジがかってきた日の光に映えてとてもまぶしくて、でも目に優しい。

「あんたの大好きな緑ちゃんがいっぱいだよ」

 お嬢が茶化して笑う。つられて笑ってから、わたし達は車の外に出た。木々や草花の、あの独特のちょっと湿った香りが辺りに漂っている。

 どこかの公園みたいだ。ベンチもあるけど、なんとなく芝生の上に座った。ほかに誰もいないしね。

 暑くもなく寒くもなく。そよそよと吹いてくる風が心地いい。

「癒しだ……」

 なんとなくつぶやいて、ごろんと寝そべった。草の先っぽがちょっとちくちくするけど、すぐに慣れるだろう。

「リラックスしすぎ」

 お嬢はあきれているが別に咎めているわけでないのが微笑を見れば判る。

 カラオケでストレス発散もいいけれど、新緑の癒し空間でのんびりもいいよね。

「ありがとね、お嬢」

「ん? なんか言った?」

「お嬢も寝転んだら? って」

「いやだよ」

「そんな、超即答」

 あはは、と二人で笑った。

 優しい親友と、たくさんの緑ちゃんに囲まれて幸せを満喫した昼下がりだった。


(了)


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 お題:新緑

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