我輩は暮田伝衛門(グレーターデーモン)である ~魔界から召喚された魔族の我輩が、いかに活躍し、いかに尊敬されたか(みなさん嘘ですからね。暮田さんは働かないで遊んでばっかりですよby地球人の花江陽子)~
第79話 そのときイデは発動した(色々な方角へ向かってごめんなさい)
第79話 そのときイデは発動した(色々な方角へ向かってごめんなさい)
町内会の依頼があって、我輩と花江殿で地元のプールを清掃することになった。もうすぐプール開きだから汚れを落としておかなければならないわけだ。濃密なコケがプールのあらゆるところへ、こびりついていた。
「暮田さん、今日は真面目にやってくれるみたいですねっ!」
花江殿は、なんとスクール水着に着替えてきた。アラサーのヒロインなのに。しかも控えめな胸のところには『3‐B 花江』と書いてあった。どうやら高校時代のやつを引っ張り出してきたようだ。
我輩は眉間に指先を当てて、花江殿の動機を必死に推理した。うーん、まったく思いつかない。まさか読者の人気を得るためにスクール水着なんて飛び道具を使ったんだろうか。やはり本人に聞いてみるのが一番だろう。
「花江殿…………プール掃除だから水着はいいと思うのだが、なぜそんなマニアックなやつをチョイスしたのだ……?」
「わたし、そこまでお洒落にこだわりがないし、海で遊ぶこともなかったので、高校時代の水着しか持ってないんですね」
アラサーになっても高校時代と体型が変わっていないのは驚異的だが、お世辞にもナイスバディとはいえないので、色々と厳しかった。
悪いのは彼女ではなく、こんな展開を考えた作者だろう。
我輩は作者を魔方陣で呼び出すと胸倉をつかんだ。
「おい作者。そんなに花江殿を侮辱して楽しいか?」
「俺の意思じゃない! キャラが勝手に動いてるんだ! 今日は花江さんを出す予定がなかったんだ!」
どういうことだ? 花江殿が作者の手綱を引きちぎって、なにかを成そうとしているとでもいうのか?
しかも花江殿の様子もおかしくて、デッキブラシで素振りをはじめた。
「なんだか嫌な予感がするんですよ。嫌な予感が」
すると更衣室から、別の女性が出てきた。
金髪碧眼グラマラスなエルフだった。胸なんてスイカみたいに膨らんでいて、尻なんて白桃ミタイニぷりっと丸い。腰だって引き締まっているし、太ももは陶磁器みたいに滑らかであった。
もはやエロティック中のエロティックみたいな女性といっても過言ではないだろう。
そんな彼女の名前はエミリア。かつてファミレスでアルバイトしていたアイドル志望のエルフである。(19話 魔界48のアイドルはエルフより)
「はぁーい二等書記官さん。おひさしぶり。あたしがプール掃除を手伝ってあげる」
エミリアは投げキッスをした。
「おい作者! あんなエロスの塊みたいなのを水着で出したら花江殿がかわいそうじゃないか! ――あいだっ!」
我輩は花江殿のためを思って作者に抗議したのだが、なぜかデッキブラシで後頭部をぶん殴られてしまった!
「暮田さんっ! どこを比較した結果、かわいそうだと思ったんですかっ!」
花江殿は小さな胸を両手で隠しながら激怒した。
「違うのだ。これもすべて花江殿のためを思って……」
「どうせわたしは貧乳ですよーだっ! ふーんだっ! 暮田さんのばーかばーかばかばかばーかっ!」
ちなみに作者は冷や汗をかきながら、こんなことをいった。
「今日はエミリアさんだけ出そうとしてたんだ。なのに花江さんが勝手に出てきたんだよ」
すると花江殿は、デッキブラシをエミリアの巨乳へ向けた。
「嫌な予感の原因はあなたですね」
「魔界でのアイドル活動が軌道に乗って、ついに地球にも正式に進出したのよ。今度から地球のテレビ番組にも出演するからよろしくね」
「知りませんっ! あなたみたいな下品な身体の女性はっ!」
「失礼な。あなたが貧相なだけでしょう?」
「なんですって!」
女の争いには関わりたくないので、我輩はそーっと逃げようとした。
だが強烈な力で尻尾を掴まれた。振り返れば二人の女性がつかんでいた。
「暮田さん。どっちの味方をするんですか」
「二等書記官さん。どちらの味方をするのかしら?」
花江殿とエミリアが凶暴な悪魔みたいな顔をしていた。いや我輩も悪魔なんだけど、本職の悪魔が恐ろしくなるぐらい鬼気迫るものがあった。
とにかく花江殿とエミリアをうまく落ち着かせないといけない。
「二人とも、とにかく落ち着いて」
だが二本のデッキブラシが我輩の喉笛に迫っていた。
「どっちの味方ですか?」
「二つに一つよ」
選択を迫る二人の女性に詰め寄られて、逃げ場がなくなってしまった。
もしかしなくても我輩ピンチなのでは? 女性に迫られた経験がないため、あうあうと動揺しながら、ひたすらお茶を濁そうとした。
しかし花江殿とエミリアが喧嘩をはじめてしまう。まずは花江殿から先制攻撃。
「あなた、以前も暮田さんにちょっかいを出した悪い人でしょう。でもわたしは寛大なので、今日のところは見逃してあげます。さっさとお帰りください」
「ちょっかい? 結婚適齢期の女が、貴族の高級官僚に粉をかけてなにが悪いのかしら」
「なんですか、その不純な動機は」
「不純なんてことはないでしょ。あたしぐらい可愛い女だったら、男を高望みするのが普通よ。アイドルだし」
「暮田さんは、暮田さんは…………肩書きや収入なんかで判断しなくても、素敵な男性ですっ!」
あ、あれ……? 二人して我輩に告白していないか?
これは現実なのか?
こんな見目麗しい女性たちに迫られるなんて。
我輩は、どうしたらいいんだ。こんな経験ないから、頭が混乱してきた。
我輩は、我輩は――
うわぁあああああああああああああああ!
――そのとき、イデは発動したby作者(BGMは『コスモスに君と』)
世界に光が満ちて次元がねじれて物理法則が組み替えられていく。母なる海が生命を洗い流して原初の姿へ戻していく。人々の意思が共鳴して鳴動して反復する。視界が消えて音が消えて匂いが消えて食感が消えて味覚まで消えると――なにかが始まった。
● ● ●
――――――我輩はパンを口にくわえて走っていた。ちょっとわかりにくいかもしれないが、千才ぐらい若返っていて毛皮が艶々であった。しかもなぜか学生服を着ている。いや本当になぜだ? わかっていることは一つだけあって、学生服を着て学校へ登校しなければならない使命感に突き動かされていることだった。
「いかんいかん遅刻遅刻~!」
どしんどしんと尻尾を揺らしながら高校への通学路を走る。
そして曲がり角を曲がろうとしたら、ずっしーんっとなにかと衝突した。
「あいたたた、なにするんですかっ! ちゃんと前を見てくださいっ!」
十代に若返った花江殿が尻餅をついて倒れていた。やっぱりセーラー服を着ていた。妙に生々しいというか瑞々しいというか。触れたら崩壊してしまいそうなほど繊細な肌になっていた。
「花江殿……その格好はいったい?」
「それがわからないんですよ。この格好で、高校にいかなきゃいけない気がして」
「実は我輩も同じなのだ……ところで、なにか大切なことを忘れていないか?」
「はい。わたしも、とっても恥ずかしいことを口にした気がするんですよ……っていうか遅刻ですよっ! 急がなきゃっ!」
「そうであった!」
我輩と花江殿は通学路を突っ走って、正門を通り抜け、教室へ飛びこむ。だが遅刻であった。先生が雷を落とした。
「廊下に立ってなさい!」
我輩と花江殿は廊下に立ったところで――ふと正気に戻った。
「……いったい、なにが起きているんだろうか」
「わかりません。でも、十代の身体は悪くないですね。セーラー服を着ても無理がありませんから」
花江殿がくるんっと回転したら、セーラー服のスカートがひらりんっとパラソルみたいに広がった。
おお、可憐だな――と思った瞬間に、なにかを思い出しそうになった。なんだろうか。とっても大事なことだったはずなんだが。まったく思い出せない。
――いきなり学校の廊下の色が変質して音が消えた。結界魔法を使って現実世界と異界を隔絶したときに雰囲気が近い。
ふと気づく。人形が天井を歩いていた。間接を縫い合わせた部分の糸がほつれていて、目玉がぎょろりぎょろりと回っている。やつは敵意を持った魔力で満ちていて、今にも襲いかかってきそうであった。
といっても我輩の敵ではないのでさらりと倒そうとしたら、いきなり廊下の窓から金髪エルフのエミリアが入ってきた。彼女も若返っていて、セーラー服がやけに似合っていて、しかも刀を装備していた。
「あなたを守りにきたわ、二等書記官さん」
エミリアは刀から炎を発すると、人形を一刀両断した。しかもなぜかメロンパンを食べ始める。
そのノリで我輩は気づいた。
「…………ゼロ年代を代表する作品のひとつ『灼眼のシ○ナ』のパロディか」
だがなぜ具体的なパロディなんだろうか? それとも我輩と花江殿もなにかのパロディで高校生の格好をさせられたんだろうか?
悩んでいたら、いきなり場面が転換されて、放課後の繁華街になっていた。のっぺらぼうの人々が天下の往来を行きかっていて、自動車や鳥は存在していなかった。なのにエンジンの音とスズメが鳴く声は聞こえてくる。不気味だ。やはりこの世界はおかしい。
とつぜん花江殿が我輩の右ひじ、エミリアが我輩の左ひじをつかんだ。
「学校帰りはデートですよ、暮田さん」
「学校帰りはデートみたいね、二等書記官さん」
両手に花と喜んでいる場合ではないだろう。彼女たちのセリフと行動は不可解な力によって強制されているのだから。
必死に頭をめぐらしていたら、繁華街に怪人が現れた。パイナップルみたいな頭をしていて、身体はクリスタルで覆われていた。
「お前らみたいな幸せそうなやつを邪魔して、怒りのエネルギーを回収してやるゾナ!」
なんだこのちょっと古めなノリの敵は。
と思ったら――花江殿が変身シーンのバンクに入った!
「ムーンプ○ズムパワーメイ○アップ!」
あぁ! 花江殿はセーラーム○ンのパロディだったのか! だから登校シーンでパンを口にくわえて走っていたのか!
そしてセーラー服美少女戦士となった花江殿は、徒手空拳によって怪人を追い詰めたあと、必殺技によってトドメをさした。
90年代における定番の流れだな。
だが倒したはずの怪人がむくりと起き上がると、いきなり巨大化した。おお、デカいな。雑居ビルと同じぐらいあるぞ。これぐらい質量があると、いくら我輩でもてこずりそうだな。
しかし我輩の身体が光って『エヴォリーション』と表示された。
「我輩、超進化! スーパーグレーターデーモン!」
というセリフを不可解な力によって言わされて気づいた。そうかは我輩は『デジ○ンアドベンチャー』における相棒のデジモン扱いか。まぁたしかにグレーターデーモンだと、このポジションが自然になるか。
とにかくスーパーグレーターデーモンとなった我輩は、巨大化した怪人をぶん殴って倒すと、元に戻った。
ふーむ、パロディだらけで作品の削除が怖くなってきた。不可解な力はなにをさせたいんだろうなぁ。というか作者は大丈夫なのか? 作品の削除どころかアカウントごと削除されそうな勢いでパロディを乱発することになっているが。
すると今度は――作者が次元の狭間から転がり出てきた。
「どうした作者、顔色が悪いぞ」
「何者かに物語のコントロールを奪われた。このままだとパロディのやりすぎてアカウントごと運営に削除されてしまう。早くコントロールを取り戻さないと」
「パロディはすべて想定外なのか?」
「ああ。今日は花江さんが勝手に出演したあたりから、あらゆる面でおかしくなってた。まさにイデの意思みたいなもんだな」
「……もしかしてお前もなにかのパロディをやらされているのか?」
「とあ○魔術の――」
さきほど倒したはずの怪人が、最後の苦し紛れに炎を吐いた。それを作者が右手で受け止めると、なんと炎という現象をキャンセルしてしまった。
「――禁書目録だな。通称『そげぶ』。自分で使ってみると中々便利だが……やりすぎて削除が本当に怖くなってきたな」
「しかし妙だな。我々のパロディには、2010年代の作品が一つもないぞ」
「もしかしたら意味があるのかもしれない。90年代とゼロ年代のパロディに限定されていることに」
――またもや場面が転換した。
某ネルフの本部だった。そう、新世紀エヴ○ンゲリオンだ。またもや九十年代である。
なおエヴァのキャラたちは誰もいなかった。がらんどうな本部だけがあって、そこに我輩と花江殿とエミリアと作者がいた。
いきなりアラートが鳴る。誰も操作していないのに本部の設備が動き出して正面モニターが点灯。
使徒が襲来する様子が映っていた。
● ● ●
いきなりクラシックのBGMがかかった。使徒の攻撃で本部が揺れる。だが原作のようにエヴァシリーズが迎撃に向かう様子はなく、我輩たちは追い詰められていた。
まず花江殿「ATフィ○ルドって、セ○ラームーンの技で破壊できるんでしょうか?」
次にエミリア「学園異能の刀で切り裂けるかしら?」
そして我輩「デ○モンのパワーで破壊できるんだろうか」
しかしああいう特殊能力っぽいものを“キャンセル”できるやつがひとりいた。我輩たちは作者を見つめた。
しかし作者は必死になって否定した。
「いやいやいやいやいや『そげぶ』でATフィー○ドを壊す展開をやっちゃったら、パロディどころか二次創作のクロスオーバー扱いを受けて、作品削除でしょ!? ――いや待てよ。それが狙いか。俺の物語を乗っ取ったやつは、作品を削除させたいのか。しかも2010年代の作品をパロディに入れてない。おまけに最後はウジウジした性格の主人公が存在する場所。つまり……」
作者は我輩を指差した。
「暮田伝衛門。物語を乗っ取ったのはお前だ」
「我輩……だと」
「お前は大事な記憶を忘れた。いや封印した。作者から物語を奪いとるほどの衝撃を受けたことがあったろう。ほんの数時間前に。だからほんの数時間前が存在していた2010年代を意地でもパロディしなかった」
「たしかに我輩は……なにかを意図的に忘れている。とても大切なことのはずなのだが」
「しかも花江さんとエミリアさんを若返らせたのは、封印した記憶と向き合うためだろうな。学園ラブコメのフォーマットを使うことで」
「我輩は……我輩は……」
「だがすべてがスムーズにいかなかった。事故が起きたんだ。元々物語を奪おうとしていたのは花江さんだったから」
今度は花江殿に視線が集まった。
「わたし、ですか?」
「そうだ。エミリアさんを単品で出演させることで、暮田さんとの仲が進展することを極度に嫌がったから」
「わたしは…………わたしは…………」
「そしてエミリアさんはすべてに抗った。出演回数が少ないから、真正面から勝負したら負けることをわかっていたから」
最後にエミリアにも視線が集まった。
「あたしは、なんとなくわかるかもしれない。きっと二等書記官さんと花江さんほど同じ時間を過ごせなかったからね」
そして作者は結論を出した。
「暮田伝衛門は、花江さんとエミリアさんから送られてくる大量の感情に耐え切れなくなった。わかりやすくいうと、ドラクエ5でビアンカとフローラを選ぶ場面でリセットボタンを押したんだ」
――――我輩はすべてを思い出した。
ほんの数時間前に、花江殿とエミリアに告白された。いや告白と断言していいのかは本人たちの問題だが、少なくとも好意があることは伝わった。
だが我輩は情けないことに、ほんの少しだけ『エミリアも可愛いじゃないか?』と思ってしまったのだ。あれだけ花江殿に想いを寄せていたはずなのにだ。浮気モノとまではいかないだろうが、ほんの少しでも迷ったことは、高貴なるグレーターデーモンとして惨めだった。
まさにドラクエ5でビアンカを選べばいいのに、フローラーにも惹かれたことを後悔したのだ。
――いきなり花江殿とエミリアの年齢が元に戻って、衣服もセーラー服からいつもの服に戻った。
我輩は城で勤務していたころのオーダーメイドスーツになっていた。なぜか手には花束。どうやらどちらかを選ばないといけないようだ。ドラクエ5の結婚イベントみたいに。
だが我輩はシチュエーションに抗った。
「ロールプレイングゲームの都合上、フローラには短い時間しかスポットライトを当てることができなかった。だから必要なのは時間だ。我輩だけではなく三人に時間が必要だ。いますぐの答えではなく、お互いの相性を知るのが恋愛だろう?」
――――気づけば、我輩たちは都営プールに戻っていた。
時間の流れも物理法則もすべてが元に戻っていた。
悩殺ビキニのエミリアが、スクール水着の花江殿に提案した。
「あたし、長屋に入居するわ」
てっきり花江殿は驚くかと思っていたが、小さくうなずいた。
「負けませんよ、わたしは」
「でも冷静になって考えてみると、もしかしたら二等書記官さん……いいえ暮田伝衛門さんが、あたしにも花江さんも冷めてしまうかもしれない。それどころか、あたしたちのどちらかが伝衛門さんに愛想をつかしてしまうかもしれない」
「そんなことは……ないとはいいきれませんね。もう大人ですから、わたしも」
「でしょ? だからあたしは長屋に入るわ」
こうしてエミリアが長屋入りした。魔界と地球で活動するエルフのアイドルは毎日が大忙し。たまーに長屋へ帰ってくると、我輩の部屋へ顔を出す。
「やっほー。元気してる、伝衛門さん?」
「アイドルは本当に忙しいのだな」
「まぁね。週刊誌も敵かな。こうやって二人きりでいるところを激写されたらお仕事干されちゃう」
ちょうど花江殿が我輩の部屋へやってきた。
「ええ、ですから三人でいましょうね。わたしも一緒なら週刊誌だって激写しようがないですから」
ふたたび女の争いが起きそうだったので、我輩はそろーりと逃げようとした。
だが、以前と同じく、ガシっと尻尾を掴まれた。
「決着がつくまで見届けてくださいね」
「逃がさないわよ、最後の最後まで」
…………我輩、生き残れるかな、精神的に。
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