第72話 暮田伝衛門の憂鬱(角川さん許して)

 我輩が地球へやってきて一周年経ったわけだが唐突にサンタクロースを発見しようと思ったのは気の迷いではなく運命であった。グレーターデーモンな我輩なんだから宇宙人も超能力者も未来人も信じていて当然であり存在していてくれたほうがありがたいのである。


 サンタクロースに興味を持ったきっかけは、在庫処分セールで、去年の冬に販売していたであろうスパークリングワインに赤い服のおじいさんが印刷してあったからだ。


 どうやら冬限定の人物らしいから、春に探すとなれば季節外れとなる。シーズンオフなら市街地での遭遇率が低くなってしまうだろう。ヒントが必要だ。


「花江殿。サンタクロースはどこにいけばあえるのだ?」


 我輩は長屋の管理人である花江殿に質問した。


「いい子にしていたらクリスマスの夜にやってきますよ……って暮田さん大人じゃないですか」


 花江殿は細身の身体を大きく動かしてソリを走らせる真似をしたのだが、最後は呆れ顔になった。


「いや、プレゼントはいらないのだ。単純にサンタクロースに会ってみたい」

「夢のないことをいえば、サンタクロースはご両親ですよ」


 花江殿が我輩にサンタクロースの逸話を教えた。


 クリスマス限定のファンタジーな存在として語り継がれているが、その正体はご両親が子供にクリスマスプレゼントを与えるための口実だという。いい子にしていたらプレゼントが貰えるというルールからして情操教育にいいのかもしれない。


 しかし我輩は気になった。


「ひとりぐらい本物がいるのではないか? 伝説が発生するからには、誰かが目撃したものを言い伝えたはずだから」

「欧州から伝わってきた大昔の逸話ですよ。もし実在の人物だったとしても、とっくに寿命を迎えて亡くなっています」


 地球人の大昔は、我輩の年齢より若かったりするので、摩訶不思議な力を持ったサンタクロースは存命でも不思議じゃなかった。


 我輩は長屋を出ると、翼を広げて欧州へ飛んだ。一時間もかからずに日付変更線を越えると、深夜の欧州へ到着した。


 サンタクロースっぽい魔力をアテにして山奥へ進めば、結界に包まれた小屋を発見した。伝統的な木組みのロッジで、山中なのに砂埃すらついていない。普通の人間では認識すらできない神聖な建物だ。


 どうやら当たりを引いたようだ。運がいい。さっそく我輩は神聖な小屋をノックした。


「失礼する。サンタクロース殿だな」


 内部にはヤクザみたいな顔をした老人が酒を飲んでいた。


「まさか訪問者がくるとはな。お前はなにものだ?」

「グレーターデーモンだ。魔界からやってきた」

「転送魔法か。なるほど、魔界は地球を侵略するつもりか?」

「そんな物騒な話ではなく、我輩個人がサンタクロース殿に興味があったのだ」

「なら教えてやる。ワシは未来からやってきた宇宙人で超能力も使える」


 いくらなんでも属性を盛りすぎているだろう。もしかしてボケてしまったのだろうか。それとも危険な薬物を使用しているんだろうか。


「老人。失礼だが、本当にサンタクロースなのか?」

「サンタクロースは呪いだ。この結界に足を踏み入れた人間が次のサンタクロースになる。他の誰かがふたたび足を踏み入れるまでな。それを知らなかったワシは、のこのこ小屋へ入りこんで、二百年ばっかりこのザマだ」

「本格的に呪いだな」

「嘆かないのか? お前はワシの代わりにクリスマスプレゼントを配らなければならないのだぞ」

「悪魔が呪いに負けるはずないだろう。なにかを呪うには必ず因果が存在する。慌てず騒がず逆操作して解呪すればいい」

「なんと。そんなに高位の悪魔だったのか」

「舐めるなよ、我輩はグレーターデーモンだ。さぁ外へ出るぞ老人。今すぐ呪いを解く」


 我輩はサンタクロースになってしまった宇宙人を小屋の外へ連れ出した。


 魔力を集中して周囲を観察すると、真っ暗闇の山中に紫色の糸が伸びていた。呪いの道筋だ。それは小屋の地下に繋がっていて、老人の身体を縛りつけていた。


 呪いの根源は地下だ。さっそく攻撃魔法で地盤を掘削すると、ドス黒く光る物体を発見した。


 リンゴだ。皮は艶々の赤であり、ヘタの部分まで熟していた。何百年経っても品質が劣化していないのは呪いの根源にされたからだ。


 この呪いのリンゴに封入されていた魔法式を逆操作していく。数学でいうところの微積分に近い。我輩、普段はバカなことをやっているが、魔界の高級官僚だけあって真面目にお仕事すると結構すごいのだ。えっへん!


 すぐさま逆操作が完了すると、空間に文字が浮かんだ。


【スリーピングビューティー】


 翻訳すると白雪姫のことだ。あれのラストって、毒リンゴを食べて倒れた白雪姫が、王子様のキスで復活するという乙女魂を燃え上がらせるストーリーで…………。


 いつのまにか結果が狭まって、逃げ場所を奪っていた。あぁ、つまり我輩が、この未来からやってきた超能力の使える宇宙人にキスしないと外に出られないわけか…………。


「どうしたグレーターデーモン。もしかして呪いが解けないのか?」


 老人は、我輩を軽んじていた。


「断じて違う。呪いの構造はわかった。わかったのだが……」


 こんなシワシワのおじいさんとキスしたくない。でもキスしないと外に出られない。ええい、こうなったら気合と度胸でクリアだ!


「我輩、実はポニーテール萌えなんだ」

「は? お前なにをいって――」


 我輩はシワシワのおじいさんにキスをした。


 浄化の光が広がっていく。結界が解除されて、サンタクロース化の呪いは消え去り、シワシワのおじいさんは元の姿を取り戻した。


 ウサギだった。もっと正確にいうとウサギっぽい人型であり、耳がウミョーンっと背中まで伸びていた。サンタクロース化したからおじいさんの格好になっていただけだったのだろう。


「まさか元の姿に戻れるなんて!」


 ウサギはぴょんぴょんと飛び跳ねた。


「さっきのキスは忘れてくれ。あれが呪い解除のキーワードだったのだ」

「ポニーテールは余計だったと思うけど、キスのことは忘れないわよ、ステキなグレーターデーモンさん」


 なんとウサギが我輩にキスを返した。柔らかい感触と、ほわりと広がる甘い香り。これはもしや――。


「お前、女だったのか」

「じゃあね、本当にありがとう!」


 ウサギ型宇宙人は手首に巻いてあった腕時計型の機械を操作すると、未来の月に帰っていった。


 そして我輩は長屋に戻ると、花江殿に報告した。


「サンタクロースは未来の月に帰ったぞ」

「またわけのわからないことを」

「ところで花江殿はポニーテールをやらないのか?」

「そうですねぇ。あんまりやったことないんですけど、似合いますか?」


 花江殿がポニーテールにしてくれた。うん、やっぱり似合っていた。我輩の観察眼は間違っていなかったな。


「ところで暮田さん。さきほどから女物の香水の香りがするんですが、説明してもらいましょうか……!!」


 笑顔なのに殺気を滲ませた花江殿が、ナギナタを構えていた。


 ………………理解してもらえるかなぁ、呪いの話。


*この話は「涼宮ハルヒの憂鬱」のパロディになります。これまでも誰にでもわかる形でのギャグなパロディはやってきたのですが、物語の構成や地の文を沿う形でのパロディはやってこなかったので、この話に関しては明記しておきます。

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