第70話 でていけあんたはグレーターデーモンさん

【この話は、katternさんの『でていけあんたは九尾さん』からゲストキャラが出ています。詳しい情報は作品の末尾です】


 本日の我輩はレトロなガンプラを発掘するために、遠い町まで遠征していた。


 都市の片隅に忘れ去られた老舗のおもちゃ屋なんかだと、昭和に流通した不細工なガンダムが置いてあったりする。作りやすさや見栄えは最新版のガンプラに軍配が上がるが、昭和のガンプラには独特の味があった。


 そんなお宝発掘には体力が必要だ。地方都市を散策して腹が減ったので惣菜でも食べようとスーパーマーケットへ寄り道したら“ヘンなやつ”がパートタイムの仕事をしていた。


「のじゃあ、のじゃあ、おいなりさんが三割引の日なのじゃ。どしどし買ってくれると妾の時給も上がるので、人助けだと思って買うのじゃ。ついでに妾の分も買ってくれると徳がつめる……はず?」


 小柄な女性だ。幼児体型といってもいい。白い三角巾の合間からは黄色い髪の毛が見えていた。顔は雨風で鍛えられた野草みたいに快活であった。肌の質感からして年齢不詳でもあり、鈍角に近いツリ目は、おいなりさんを凝視していて、今にもつまみ食いしそうだ。


 きっと食いしん坊なんだろう。


 しかしそんなことは些細な問題であり、彼女は妖気の練り方が未熟らしく、隠してある獣耳と九本の尻尾が知覚できてしまった。


 たしか……九尾の狐という種族じゃなかったか?


「のじゃ!? おぬし、人前で毛皮も尻尾も翼も隠さないなんて正気か!」


 九尾の狐が、スーパーマーケットのチラシをくるりと丸めて棒状にすると、我輩をぽこぽこ叩いた。


「毛皮はロシア出身といえばどうとでもなるし、尻尾も翼も冬場はホッカイロで夏場は保冷剤とゴリ押しするから問題ない」

「ほー……頭がおかしいやつがいるものじゃな…………」


 頭がおかしいといわれてしまうと、その通りでございますというしかない。


「そういう九尾の狐は、なんで人間界で働いている?」

「妾は人間界生まれだから自然なのじゃ。そういうおぬしは地球の生命体ではないのであろう?」

「ああ。魔界出身のグレーターデーモンだ」

「なんと異界からやってきたのか。しかし、暇そうなやつじゃな」

「暇ではないぞ。遠路はるばる東京からレトロなガンプラを探しにきた」

「真昼間から!? うちの桜にも負けないぐらいだらしないやつじゃなぁ。どうせおぬしも女のスネをかじって生きておるのじゃろう」

「たしかに地球人の女性に叱られてはいるが、生活費に関してはなにも迷惑をかけていないな」

「さては盗みをやっておるな?」

「いや、我輩は貴族の次男坊だから仕送りが無限にあるし、本来は城勤めの高級官僚だから給料も出ている。昼間から酒を飲んでぐーたらやっていても生活に困らないわけだ」

「のじゃあ!? おぬし卑怯者か! 妾にもちょっとよこせ!」

「むぅ、卑怯者といわれても、我輩悪魔だしなぁ」

「悪魔といえど感情はあるのじゃ! ちょっとでも悪いと思うなら、おいなりさんを全部買うのじゃ! そして妾にプレゼントするのじゃ!」


 どうやら九尾の狐は貧乏らしい。我輩、本業は貧困と戦う二等書記官だ。これぐらいの施しをやるのが務めというものである。それに前回の話で人助けならぬ幽霊助けをしたら兄上がお小遣いをくれたので懐にも余裕があった。


 さっそくすべてのおいなりさんを購入したら、ちょうど九尾の狐のパート時間が終了して上がりとなった。


「のじゃのじゃ。今日は大収穫なのじゃ。時給もアップしたし、戦利品もゲットなのじゃ。桜も喜ぶのじゃ」


 九尾の狐は、おいなりさんを頬張った。


「桜というのが、九尾の狐が憑依した人間だな」

「そうなのじゃ。とってもかっこよくて優しい男なのじゃ。最近はちょっと怠けておるが、きっとそのうち元気に働いてくれるはずじゃ」

「種族に関わらず男性というものは時に休みたくなるものだ。しばらく放っておけ」

「…………おぬしはずっと怠けていそうじゃな」

「うむ。あと百年は怠けているつもりだ」

「このブルジョアめ!」


 九尾の狐が、おいなりさんの空箱で我輩をぽこぽこ殴っていたら、いきなり町内放送が流れた。


『町内会主催でイベントを行います。プロレス大会で優勝したら、レアなガンプラ在庫一式と油揚げ一年分をプレゼント!』


「レアなガンプラ在庫一式プレゼント!?」


 我輩は、ガタっと立ち上がった。


「あぶりゃーげ一年分!?」


 九尾の狐も、ガタっと立ち上がった。


 我々の目的は一致した。あとは簡単だ。


「我輩の名前は暮田伝衛門だ。お前は?」

「加代さんじゃ」


 こうして我輩と加代さんは『チーム・人外魔境』を結成してプロレスに参戦することになった。


 人間相手なら楽勝で優勝できるはず。加代さんだって九尾の狐なんだから妖術の類は得意だろう。


 だがいつもこういうとき、戦いのバランスを取るために兄上がやってくるはずだ。案の定、魔方陣が発生して、オーダーメイドスーツ姿の兄上がプロレスのリングに立った。


「お前らみたいな人外が普通の人間と戦うのはズルイだろう? だから、すばらしい対戦相手を用意したぞ」


 素晴らしい対戦相手――長屋の管理人である花江殿だった。しかもナギナタだけじゃなくて弓矢に火縄銃とフル武装であった。唸る風がエプロンと黒髪をバサバサとはためかせているのだが、なぜか血と硝煙の香りがした。


「…………なんで花江殿がここにいる?」


 我輩が焦りながら聞くと、花江殿がこめかみをヒクヒクさせながら教えてくれた。


「お兄さんに教えてもらったんですよ。ちっちゃな女性と密会していると。しかもおいなりさんをたくさんプレゼントしてご機嫌をうかがっていると……まったく油断も隙もあったもんじゃないですねっ!」

「待て待て待て! 密会という表現は相手に失礼だろう!」


 という我輩の反論に、加代さんも同調した。


「そうなのじゃ! 妾には桜という結ばれた男性がいるのじゃ!」


 その返答は、花江殿の怒りの炎に油をそそいでしまった。


「なら不倫だったんですかっ!? もっとはしたないっ! 二人ともわたしが成敗してあげますっ!」


 いかん。どうする。ああなった花江殿に勝てるはずがない。というか、そもそもの元凶は兄上ではないか。


「こら兄上! なんで誤解を招くようなことをした!」

「せっかく小遣いやったのにガンプラなんて買おうとするからだ」

「小遣いは、なにに使ってもいいものだろうが!」

「お前今年で何歳になるんだ?」

「二千歳」

「恥ずかしいと思わないのか?」

「ぜんぜん」

「花江さん、うちの弟を好きなだけぶっ叩いていいぞ。それと九尾の狐もさっさと裏切ってくれていい」


 酷薄なことをいって兄上は帰ってしまった! なんて心の狭い肉親なのか! ガンプラぐらい許せ!


 しかし本当に花江殿をどうやって退けたものか。やっぱりタッグを組んだ相手と善戦するしかないだろう。作戦会議のために加代さんへ話しかけようとしたが、なんと九本の尻尾をむき出しにしながら、優勝商品の油揚げを盗んでいるではないか!


「おいいいいいいいいい! 我輩を捨て駒にするつもりかぁあああああ!」

「にょほほほほほ! 妾、九尾の狐だから、こちらが本来のやりかたなのじゃ! さらばじゃ暮田伝衛門、おいなりさんとあぶりゃーげの施しは忘れぬからな!」


 すたこらさっさと加代さんは逃げていった。なんてことだ。狐は悪魔より狡猾だったのか。


 我輩が脂汗を垂らしながら最悪の未来を想定していると、カンっと試合開始のゴングがなった。


 電光石火の勢いで花江殿がリングに飛び上がった。いきなり弓矢と火縄銃を連射。五月雨のように矢と弾丸が飛んでくる。我輩を殺す気か!?


 実況席が『おおっと! いきなり凶器攻撃だ! これは危ない!』とスタンドマイクで叫んでいた。


 そうか! あくまでプロレスだから弓矢と火縄銃は凶器攻撃だ。光明が見えた!


 我輩はリングサイドの審判へ訴えた。


「審判! 凶器攻撃! あれ凶器攻撃だから失格!」

「凶器攻撃は十秒以内で失格というルールです。まだ三秒もたっていません」

「しるかそんなルール!」


 ぴたっと喉元に冷たい感触――いつのまにか間合いをつめていた花江殿が、我輩の喉元へナギナタの切っ先を当てていた。


「暮田さん、あの狐みたいな女性のこと、ちゃーんと説明してもらいますからね」

「誤解だといっているだろうがあああああああああああ!」


 ――――十秒以内にボコボコのボコボコにされてしまい、プロレス大会の優勝は花江殿になった。


 東京に戻ってから、どうにか誤解がとけると、ボコボコにしたお詫びの印として優勝商品であるレトロなガンプラを譲ってくれた。一件落着かもしれない、大怪我したけど。


 さて、もう一つの優勝商品である油揚げだが……のじゃ狐め、ちゃんと桜という男と折半して食べるのだぞ。


『でていけあんたは九尾さん』から「加代さん」が登場しています。九尾の狐でのじゃのじゃいいます。リンクはこちら。https://kakuyomu.jp/works/1177354054881750607

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