第67話 激辛料理と悪魔の仕事

 今日は花江殿と一緒にテレビの収録に来ていた。激辛料理のフルコースを完食したら賞金が出るという素人参加型のバラエティ番組だ。ゴールデンウィーク中の収録だから参加人数が多かった。まるで運動会のように騒がしい。


 どれだけライバルがいようとも、我輩はグレーターデーモンだから辛い料理が得意だ。賞金は貰ったも同然である。太い尻尾をぶんぶん振って気合を入れた。


「ところで花江殿。辛いの苦手だろう。大丈夫なのか?」

「ダメなんですけど、怖がりな人がホラー映画を見るのと同じ感覚ですね。まぁ賞金は暮田さんがゲットするので私は記念参加ということで」


 花江殿はポケットからシュシュを取り出すと、腰まで届く黒髪を一本に結んだ。ヨウカンみたいだ。ちょっとおいしそう。


「我輩が金に目がくらむのはよくあることだが、花江殿は珍しいのではないか?」

「ちょっと欲しいものがあって」


 なにが欲しいのか聞こうとしたら、番組のスタッフが「これから食レポタレントたちがお手本を示すので、みなさん参考にしてくださーい」と素人の出演者たちに声かけしたことで忘れてしまった。


 壇上ではお手本となる食レポタレントたちが、激辛料理を食べて汗と涙と鼻水を流していた。てっきり演技かと思っていたのだが、肥満体型の男性タレントが「激辛の宝石箱や――っっ!!」と叫ぶなり泡を吹いて失神した。


 担架で運ばれていく肥満体型の男性タレントを横目で見ながら、芸能人は大変だなと同情した。


「あれだけ辛いと、逆に興味が沸いてきますね」


 怖いものみたさの花江殿は激辛料理を一口だけ食べた――「ぎょええええええええええええ!」っとマンドラゴラもびっくりの絶叫。真っ赤にはれた口を押さえて収録スタジオを飛び出していった。


 スタジオの外にエチケットボックスが用意されていて、もし耐えられなかった場合、そこで吐き戻すことを推奨していた。もちろんスタジオを出てしまえば失格扱いである。花江殿は記念参加の夢がかなって、賞金の望みは我輩に託されたわけだな。


 ちなみに他の参加者たちも、花江殿と同じく一口食べてはスタジオの外へ飛び出していた。


 よっぽど辛いんだろう。我輩もおそるおそる一口食べたのだが、ひやっと氷を当てたみたいに口内の感覚が消えた。痛いを飛び越えて味覚が空白になったのだ。グレーターデーモンの身体機能でコレなら、人間にとっては毒に決まっていた。失神者が続出して当然だろう。


 我輩は番組のディレクターに抗議した。


「ディレクター。こんなの人間に食べさせるなんて正気か?」

「正気でテレビ番組を作れると思ってるのか?」


 斜め上の答えが返ってきた。


「だが辛いものを食べなれたタレントですら脱落者続出ではないか。番組が潰れるんじゃないのか?」

「だから面白いんだよ。いつも涼しい顔で食レポするやつらが泡吹いて苦しむんだから。しかも見ろよ、生き残った素人の出演者は、金に目がくらんで狂ったように食べてやがる」


 というのは本当で、生き残っていた参加者たちは顔色を赤や白や青にしながら激辛料理を頬張っていく。だが代償も凄まじく、全身が常に痙攣していて瞳もゾンビみたいに白濁していた。


 人間を捨てることで賞金が手に入るわけか。


「ならばグレーターデーモンである我輩が“人間離れ”した味覚で番組をぶち壊しにしてやる。震えて待て」


 人間にとっては激辛でも、我輩にとっては我慢できる範疇なので、ガツガツガツガツと真っ赤な料理をかっこんでいく。共演者が絶句する速度で、あっさりと一皿たいらげてやった。


「どうだディレクター。これで番組が成立しないだろう。さっさと賞金をよこせ」

「甘いな」


 ディレクターがパチンと指を鳴らすと、スタジオの隔壁が開いて、次のステージが姿をあらわした。


 唐辛子を溶かしたプールであった。どろどろした真っ赤な液体が25メートルプールに満たされていて、空気中に気化した成分だけでも辛さを感じる。それだけでも苦行なのに、ディレクターは浮き輪を流した。


 なんと浮き輪には激辛料理がセットしてあった。


「出演者諸君。このプールを泳ぎつつ、浮き輪の料理を平らげることがステージクリアの条件だ」

「バカじゃないのか!?」

「バカだからテレビを作れるんだよ!」


 どうかしていると思ったが、最初のステージをクリアした共演者たちは金に目がくらんでいるから、続々と唐辛子プールへ飛びこんでいった。


 当たり前だが「目が痛い!」「耳が痛い!」「鼻から唐辛子の液体が!」と阿鼻叫喚の地獄絵図となっていく。もがけばもがくほどに赤い飛沫が空気中に拡散して、まるで空間が出血したみたいな痛々しい有様になっていく。


 ディレクターが、悪魔である我輩よりも凶悪な笑みを浮かべた。


「どうした毛むくじゃらのお前。さっさとプールに飛びこまないと失格だぞ」

「ぐぬぬぬ。いいだろう。さらりとクリアしてやる!」


 えいやっと我輩も唐辛子プールへ飛びこんだ。


 ぬおおおおおおお! さすがの我輩も目と鼻と口に唐辛子の濃厚な液体を浴びると厳しい! ドラゴンのブレス攻撃を食らったような痛みがある! しかも物理的なダメージじゃなくて辛さだから防御力が高くても意味がない! まるで防御無視の攻撃みたいだ!


 しかしこれも賞金のため――我輩は我慢して泳ぐと、激辛料理の乗せられた浮き輪に到着した。


 浮き輪の料理だが――訂正、料理ですらなかった。メキシコ原産の唐辛子ソースのボトルでありラベルには『目に入ったら失明しますのでご注意ください』と注意書きが記載してあった。


「ディレクター。我々にこれをどうしろと?」

「イッキ! イッキ! イッキ!」

「お前真性のバカだろう!?」

「どうしたどうした一気飲みしないのか? んー? 賞金はほしくないのか?」


 覚えていろ。賞金を手に入れたら密かに嫌がらせしてやる。


 我輩は、でいやっと唐辛子ソースを一気飲みした。


 喉が……喉が割れる! 声帯のあたりが痺れて食道が焼けていた。灼熱の炎を吐ける我輩でも辛さだけはどうしようもない。まったく炎より熱いソースを人間が食べて大丈夫なのか?


 我輩は、唐辛子ソースをゴフゥと飲み終えると、空容器をディレクターに投げつけ、プールの対岸へ泳ぎきった。


「どうだクリアしたぞ。さっさと賞金をよこせ」

「まだ生き残りがちらほらいるから、最後の関門だ」

「まだあるのか……」


 ちなみに生き残ったのは我輩を含めて三名だけ。他はすべて病院送りになっていた。大丈夫なのか、この番組。BPOにバレて潰れるんじゃないのか。


 妙な胸騒ぎを感じながら最後の関門を迎えた。唐辛子とコショウが粉塵となって舞う空間で、ここに賞金を隠した宝箱があるから、最初に発見したやつが優勝というルールだった。


 しかし粉塵か。我輩はグレーターデーモンだから大丈夫だが、人間だと死ぬんじゃないか?


 だが金に目がくらんだ人間のパワーは底知れないものがあって、他の二名は赤と黒が舞う閉鎖的なスペースへ突っこんでいった。


 我輩とて金に目がくらんだ悪魔だ。人間に負けては名折れであろう。急いで閉鎖的なスペースへ侵入した。


 ごほごほごほ! 唐辛子の辛さよりコショウの痒さがつらい! もう我慢の限界だ。魔法を使う。今までは人間たちと競争するために封印してきたが、ディレクターの鬼畜っぷりにはついていけない。


 すぐさま探査の魔法で木製の宝箱を発見したのだが――中身は空っぽだった。


「おのれディレクター! だましたな!」


 閉鎖的なスペースの外へ飛び出すと――なんとスタッフが丸ごと消えていた。しかも置手紙つき。


『テレビに出させてやっただけありがたく思えよ素人ども』


 ビリビリビリビリっと置手紙を破くと、やつらに復讐を誓った。


 魔法でやつらの退路を探り当てると、翼を使って空を飛び、逃走車両へ追いついた。


 進行方向をふさぐように道路へ着地。やつらの逃走車両を真正面から受け止めた。タイヤの前輪が空転してまったく前進しなくなり、助手席のディレクターが顔面蒼白となる。


「げっ! さっきの素人出演者が空からふってきた!」

「さぁて賞金を渡してもらおうか。偉い偉いテレビマンたちよ」

「ふ、ふふふ…………そんなもの最初から用意してない! 低予算番組だからな!」

「だったら、お前たち全員を同じ目にあわせてやるまでだ!」


 我輩の背後には、番組冒頭から出演していた何百人という素人たちが並んでいた。みんなさきほどの競技で使用された激辛料理や激辛プールの水などをスタッフたちに強制的に飲ませて復讐をはたしていく。もちろん全員病院送りにしてやった。


 ついでにやつらの撮影機材や車両を含めて身ぐるみ剥がすと換金して、出演者たちの報酬とした。


 ふぅ、やれやれ、悪魔らしい仕事をしてしまったな。


 我輩は満足感を覚えながら帰路につき、花江殿に報酬を渡した。


「ところで花江殿、なにを買うつもりなのだ?」

「ナギナタを新調するんですよ。切れ味抜群のやつですっ!」


 ………………もしかして我輩、自分の首を自分で締めたんじゃ。

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