第45話 無機物LOVE! いとしの彼はモビルスーツ!

 理系の大学生である川崎が、自室でガンダムのプラモデルを塗装していた。黒い三連星専用ドムである。ちゃんと三体そろっていた。


「川崎よ。付属のシールだけじゃ不満なのか?」

「自分の手で塗ったほうが細かいところまでこだわれますから」


 真面目な顔で、パーツの隙間にペンを走らせていく。どうやらモビルスーツの駆動部や動力パイプの隙間を黒く塗ることで、陰影と戦場の汚れを表現できるようだ。この作業を墨入れというそうな。本格的な塗装は一朝一夕では難しいだろうが、これだけなら我輩でもやれそうだ。


 興味が沸いたので、シャア専用ズゴックの組み立てキットと墨入れペンを専門店で購入すると、さっそく自室で挑戦した。


 プラモデル本体を組み立てるのは初心者でも楽々だったが、墨入れは思ったよりも難しかった。そもそもどこを黒くするかの判断が難しいのだ。隙間という隙間を黒くしてしまっても美しくないだろう。


 うんうんと悩んでいたら、がらりと引き戸が開いて、長屋の管理人である花江殿が顔を出した。


「なんです、そのおもちゃ」

「ガンダムのプラモデルだ」

「ふーん、子供っぽいですね」


 カチンときた。ガンダムのプラモデルに子供も大人もないだろうに。仕返しをしてやらねば。ずかずかと大またで管理人室へ入ると、戸棚に飾ってあった乙女ゲームのパッケージを突きつけた。


「これは子供っぽくないのか?」

「むかっ。乙女ゲームをバカにしましたね」

「先にバカにしたのはそちらではないか」

「だっていい年こいた大人が子供用のおもちゃで遊んでるんですよ」

「ガンダムのプラモデルは大人だって楽しめるのだ。そういう花江殿は女子高生キャラへ感情移入して二次元逆ハーレムを築いてるではないか」

「逆ハーレムじゃなくてルート分岐による純愛ですっ!」


 ムムムムムといがみ合っていると、遠くで見守っていた川崎が仲裁役となった。


「まぁまぁお二人とも落ち着いて。どちらもマニアックな趣味だから、認め合うことが大事ですよ」


 清々しいまでの正論であった。だから我輩は花江殿に提案した。


「我輩は乙女ゲームをプレイする。花江殿はガンプラを作る。それでどうだ?」

「そうですね。まずは体験してみないことにはわからないでしょうから」


 まず我輩たちは川崎の部屋へ集まった。家主は「なんで集合場所が僕の部屋なんでしょうか……」と涙を流していたが、気にしないで提案を進めていこう。


 我輩は携帯ゲーム機で乙女ゲームをプレイして、花江殿は川崎に組み立て方法を習いながらガンプラを組んでいく。


 よし、見せてもらおうか、乙女ゲームの魅力とやらを。


 液晶画面にマッシュルームカットの王子様キャラが出現して、甘い言葉でささやいた。


『伝衛門ちゃん。今日も綺麗な髪をしているね。僕の心が洗われるようだよ』


 しまった……操作キャラに自分の名前を使うんじゃなかった……。しかしいまさらスタート画面に戻るのもめんどうなので強行することにした。


 すると他のイケメンが出てきた。長髪の俺様キャラである。


『おい伝衛門。俺様と放課後デートしな。これは絶対命令だからな』


 絶対にイヤだ。なんで男とデートせねばならんのだ。しかしこいつ偉そうだなぁ。魔王殿より態度がデカいって、そんなに強いのか? 我輩、自分より弱いやつに高圧的に命令されるのが大嫌いである。


 それはさておきウインドウ画面に選択肢が現れた。


【今日の放課後はどうする?】

 1.王子様とデート。

 2.俺様キャラとデート。

 3.真面目に勉強。


 あんな気持ち悪いやつらとデートする気になれないので素直に【3】を選んだ。


 すると画面が暗くなって陰鬱なBGMが流れるなり、無機質なシステムメッセージが出てきた。


【以後あなたの青春は勉強に捧げられて、イケメンとの縁はいっさい生まれなかった。ゲームオーバー】


「ふざけるなクソゲーめ!」


 思わず携帯ゲーム機ごと投げ捨てたら、ちょうど花江殿も「こんな細かい作業疲れるだけじゃないですかっ」と作りかけのプラモデルを投げ捨てた。


 我輩は、じーっと花江殿を見た。


「……花江殿。あんなクソゲーのどこがいいのだ?」

「そういう暮田さんこそ、こんな疲れるだけの作業にどんな価値を見出したんですか?」


 ムムムムムムと再びいがみ合ったら、また川崎が仲裁した。


「落ち着いてくださいってば。お互いの価値観を理解できないからこそ、むやみに否定しないことが大切なんですって」


 またもや正論であった。納得した我輩と花江殿は休戦協定を結び、それぞれの部屋へ戻った。


 さてガンプラの墨入れ作業を再開しようか。

 

 無心でぽちぽちと墨入れしていると、とつじょ幻聴が聞こえた――シャア専用ズゴックが語りかけてきたのである。


『伝衛門。私と一緒にジャブローを襲撃しないか?』


 もしかしてジャブローを襲撃するというのは暗号で、南米でデートということだろうか……?


 ――ってそうじゃない! なんでシャアの声が聞こえるのだ。いくら乙女ゲームがビームライフルみたいな破壊力だったからって、この幻聴はまずいだろう。


 どたばたと慌てた足音で花江殿が飛びこんできた。


「く、暮田さんっ! 乙女ゲームのキャラクターがガンダムのプラモデルになってるんですっ!」


 花江殿の携帯ゲーム画面では、さきほどのイケメンキャラたちがガンダム風のプラモに変化していた。これは、なんの陰謀だ?


 ひょえひょえひょえという特徴的な笑い声が部屋の隅っこから聞こえた。


「おばばだよ。ぜーんぶおばばの仕業だよ」


 魔女のおばばである。しわしわの肌から想像できないほど魔法に長けていて、魂入れ替わりの魔法から翻訳入れ歯まで摩訶不思議な現象を扱わせたら天下一である。少々いたずらの度がすぎることが玉に瑕だろうか。


 もしや本日もいたずら目的かと思っていたら、おばばはローブの内側から、とある資料を取り出した。


「おばばはねぇ、某社と協力してゲームを作ってるんだけど、若い人たちに感想を聞きたかったんだよ。ちなみにタイトルはこちら」


【無機物LOVE! いとしの彼はモビルスーツ! ~彼に墨入れしてあげると好感度がアップするぞっ~】


 ……さきほど川崎から得た教訓から、我輩と花江殿は明確な否定をしなかった。


 ――こうしておばばが関わったキワモノゲームは、誰のアドバイスを受けないまま発売となった。


 その結果…………カルト的な人気が出た。しかも乙女ゲーマーがガンプラ製作に手を出すきっかけとなり、某社は大幅黒字を達成した。ちなみに花江殿も、いとしの彼【ビグロ】に墨入れするようになり、我輩よりうまくなったという。

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