第44話 クレーンゲームはほどほどにな

 長屋の管理人である花江殿と一緒にゲームセンターで遊んでいた。筐体はクレーンゲームだ。タバコの香りとゲームに熱中する人々の汗の匂いが充満する屋内で、ほっそりした花江殿が↑と→のボタンを操って景品を狙っていく。


 どうやらウサギのぬいぐるみが欲しいらしい。


「あっ、また失敗っ! もうアーム弱すぎるんじゃないですかっ!」


 100円玉をじゃんじゃか投入していく。実は5連続失敗中であった。


 我輩は、この手の射幸心を煽るゲームがあまり好きではなかった。どうせコインを投入するなら、もっと競技性の高いゲームのほうがいいなぁ。我輩の個人的な価値観はともかく、そろそろぬいぐるみの市場価格より投入したコインの値段が上回るころあいだ。


「……花江殿、そろそろ普通に買ったほうが安いのではないか?」

「もうすぐ取れるから大丈夫ですっ!」


 まるでナギナタみたいに目が釣りあがっていた。見事にクレーンゲームの餌に食いついてしまったわけだ。お店側からすれば“上客”だろう。


 しかし、帰りの電車賃がなくなってしまっては元も子もないと思うのだ。我輩は財布を部屋に置いてきてしまったので、彼女の小銭が頼りなのである。


「花江殿、そろそろ冷静になってだな――」

「このウサギさんをゲットするまで帰りませんっ!」

「つまり我輩がゲットすればいいわけだな」


 我輩が、ひょいひょいっと矢印ボタンを操れば、すとんっとウサギのぬいぐるみが穴に落ちた。あっさりゲットである。


「負けた気がしますっ!」


 花江殿は、ぎゅううっと唇を強く閉じて、うさぎみたいな口元になった。


「いや勝利したのは我輩ではなくお店だろう」


 店長という名札をつけた中年男性がニコニコしていた。きっと彼の脳裏では、利益という名の宝石が踊っていることだろう。


「きぃいいいっ! 悔しいっ! 絶対にお店に損させてやるんですからねっ!」


 ますます意地になった花江殿は、ついに帰りの電車賃まで投入して…………やっぱりキャッチに失敗した。


「わたしは悪くありませんっ! アームが弱いのが悪いんですっ! このっこのっ!」


 バンバンっと筐体を叩くものだから、盗難防止アラームが鳴ってしまった! びーびーっとけたたましい音が響くなか、店長が血相を変えて花江殿に駆け寄った。


「お客さん困ります!」

「店長さんっ! もっとアームを強くしてくださいっ!」

「お連れの方は一発で取ったじゃないですか!」

「もうっ、暮田さんが余計なことするからわたしがヘタクソみたいに思われてるじゃないですかっ!」


 実際ヘタだろう。というかゲームがヘタだと思われるのがイヤで連コインしたのか。花江殿らしい理由だが、帰りの電車賃まで投入するのはどうかと思うぞ。


 このままだとモンスタークレーマーになってしまうので、花江殿の背中を押してお店を退散することにした。


 からっと晴れた青空の下、雑多とした市街地をてくてく歩いて帰宅していく。帰りの電車賃を失ったのだから、歩くしかない。長屋のある地元まで各駅停車で二駅の距離。花江殿の体力なら問題なく踏破できるだろう。


 だが歩けば歩くほど電車賃を失ったことを意識するわけだから、花江殿はうさぎみたいな口元のまま言い訳した。


「アームが弱いのが悪いんです。わたしはぜんぜん悪くありません」

「次にクレーンゲームに挑戦するときは、我輩がコツを伝授しよう」

「……暮田さんごめんなさい。わたしのせいで歩いて帰ることになってしまって」

「気にするな。いい運動ではないか」

「はい。そう考えることにします」


 ようやく花江殿がうさぎみたいな口元じゃなくなったところで、ちょっと強めの冬風が吹いた。彼女の洗濯物みたいな体臭が香るのだが、いつもと違ってゲームセンターの匂いが混ざっていた。


 いきなり花江殿が顔をうっすらと赤くした。


「あ、あのー……暮田さん。その、わたし、臭くないですか? 大丈夫ですか?」


 どうやら強めの風が吹いたことで、自分の体臭が気になったらしい。


「大丈夫だ。それはゲームセンターの匂いだからな」

「それがイヤなんですよねぇ。髪とか服にもうつっちゃうから。もっとゲームセンターも清潔になればいいのに」


 なんてところで地元の商店街に到着した。二駅分も歩いたから花江殿は少々お疲れ気味だ。しかし地元のゲームセンターが見えてきたところで、目が爛々と輝いた。


 店頭にクレーンゲームが置いてあったのだ。


 ぐいぐいと花江殿が我輩の肘を引っ張った。


「暮田さんっ! 今すぐ部屋に戻って財布持ってきてくださいっ!」

「ついに他人の金を使ってまでクレーンゲームか!」

「コツを伝授してくれるんでしょう!?」

「わかった、わかったから引っ張らないでくれ」


 というわけで、我輩が一度部屋に戻って財布を持ってくると、花江殿は舌なめずりしながらリベンジということになったわけだが――――?


「きぃいいいい! このお店もアームが弱いじゃないですかっ!」


 また筐体をバンバン叩きそうだったから、羽交い絞めにして止めた!


「よせ、よすんだ花江殿! ご近所のみなさんがひそひそ話しているではないか!」

「コツですよ暮田さんっ。早くコツをっ!」

「クレーンの縦軸と横軸を意識して、アームと景品の作用点を見極めるのだ」

「なにわけのわからない呪文を唱えてるんですかっ!」

「いやこれは魔法ではない!」

「どっからどう見ても魔法でしょうっ!」

「魔法はこういうのだぞ」


 前の店でゲットしたうさぎのぬいぐるみを魔法で操ってダンスさせてみた。だが花江殿はムキーっと怒った。


「それは手品じゃないですかっ! わたしをバカにしないでくださいっ!」

「ダメだ! 我輩の常識と花江殿の常識が食い違って話が混線している!」


 がしゃり。我輩と花江殿の両手に手錠が、かかった。店の前で大騒ぎして通報されたのである。


 ――こうして取調室で説教された我輩と花江殿は、夜遅くになって解放された。


「ひどいめにあいましたね、暮田さん……」


 初めての取調室ということもあり、花江殿は少々落ち込んでいた。


「なぁに、我輩は何度も体験している。気にしないほうがいいぞ」


 我輩は、取調室経験の先輩として、アドバイスをした。


「そうですか。なら…………もうワンゲームだけクレーンゲームをやりましょう!」

「しばらくクレーゲーム禁止だ!」

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