第25話 大食いチャンプ放映中。王座を防衛すれば賞金○○万円。なお現在の王者はオークだ!

 兄上に頼まれて、魔界の同僚を痩せさせることになった。


 その同僚にとっては、我輩を二等書記官という肩書きで呼ぶことに馴染んでいた。


「二等書記官さんも知ってると思うけど、オラ、食べるの好きなんだな……!」


 オーク族のオージロウ殿が、我輩の部屋でバクバク肉まんを食べていた。オークは二足歩行の豚みたいなもので、基本的にアンコ体型である。だがオージロウ殿は肥満になりすぎていた。以前はもう少し筋肉と脂肪のバランスが取れていたのだが、どうしてここまで太ってしまったんだろうか。


「オージロウ殿。もう少し痩せないと庭師の責務を果たせなくなってしまうぞ」


 オージロウ殿は城務めの庭師なのだが、体重が増えすぎてしまって庭の土を踏み固めてしまうし、食堂の椅子に座っただけで壊してしまうという。そろそろ痩せないと芸術品として設計してある城の階段や廊下をも壊してしまい、魔王殿の逆鱗に触れてしまうだろう。


「でもオラ、食べるの好きなんだな……!」


 オージロウ殿は、肉まんを両手に持ったままガッツポーズになった。良くいえば天真爛漫、悪くいえば能天気だろう。昔からそういう性格だったが……まぁいい、とにかく痩せさせよう。


「さて痩せるには体を動かす必要があるわけだが、オージロウ殿に得意な運動はあるかな?」

「運動といえば、最近は地球で大食い勝負をたしなんで肉体を酷使しているんだな……!」

「それが原因ではないか!」


 まさかこんなに早く肥満の原因が特定できるとは……我輩脱力してしまって、ぐでっとこたつに頬杖をついた。


「いいかオージロウ殿。しばらく大食い勝負は禁止だ」

「でも大食い勝負で勝つと、おなかもいっぱいになるし賞金まで手に入るんだな……! すごいんだな……!」


 夢を語る青年みたいに目がキラキラしていた。これはまいった。オージロウ殿と大食い勝負は水と魚みたいなものか。


 我輩が、どうやってオオジロウ殿に大食い勝負を諦めさせるかか悩んでいると、逆にオージロウ殿から提案を受けた。


「二等書記官さんも、大食い勝負に参加してみればわかるんだな……! 本当にすごいから……!」


 我輩が参加するかどうかはさておき、どれぐらいオージロウ殿が食べすぎているか知るためにも、大食い勝負を調べる必要があった。


 さっそくやってきたのは、テレビ局の特設スタジオだ。ずらっと並んだ古今東西の美食を前に、暑苦しいアナウンサーが司会進行していく。


「さぁ今週も始まりました大食いチャンプ! 前回の王者は今日も防衛できるのでしょうか!」


 もちろん防衛する前回の王者はオージロウ殿である。だが挑戦者も相撲取りにプロレスラーに百貫デブと、いかにも食べるやつがそろっていた。一種独特の殺気を巨漢たちが発していた。みんな大食い自慢だから、食べることで負けたくないんだろう。

 

「オラ、食べることなら誰にも負けないんだな……!」


 というオージロウ殿の挑発的な宣言をきっかけにして、ついに大食漢による大食漢のための大食い勝負が勃発した!


 バクバクバクバクバクバク…………オージロウ殿の胃袋は底なしであった! 裏返せば太って当然である。通常のオークが摂取する量の二十倍は食べていて、おかわりにデザートを要求していた。もちろん圧倒的な力で王座防衛だ。敗北した挑戦者たちは膨らんだ腹を抱えてひっくり返っていた。


 我輩はオージロウ殿のお腹を軽くさすった。


「オージロウ殿。その量は太るだけではなく健康にも悪いぞ」

「しかし二等書記官さん……! やめられないとまらないなんだな……!」


 ついに挑戦者たちが残した料理まで食べ始めたではないか。これはまずい。早々に手を打たないと、手遅れなまでに太ってしまうだろう。


 ――ヒントを発見した。敗北した挑戦者たちが苦しそうな顔をしていることだ。つまりショック療法である。食いすぎて痛い目にあったら、さすがのオージロウ殿も反省するはずだ。そもそもダイエットは一時的に痩せたとしても生活習慣を変えないとリバウンドするから、食生活の反省が大事なのだ。


 よし、試してみよう。


「オージロウ殿、その調子でガンガン王座を防衛しよう!」

「おぉ……! 二等書記官さんもわかってくれたんだな……!」


 我輩のちょっと黒い思惑を隠しながら、オージロウ殿が王者として何週も戦うことになった。だが、挑戦者たちは非力であり、オージロウ殿を食いすぎで痛い目にあわせられる逸材が出てこなかった。

 

 おまけに圧勝しすぎて番組がつまらなくなって視聴率は低下するし、オージロウ殿を恐れた挑戦者が出場辞退してしまうで、小太りのプロデューサーが頭を悩ませていた。


「困った……視聴率は下がる一方だし、ついに挑戦者がいなくなってしまった……どこかにめちゃくちゃ食べられそうな巨漢はいないものか……あ、いた!」


 なぜか彼は我輩の肩をつかんで揺さぶった。


「君! でっかい体だね! 大食いチャンプに出演しない!?」


 …………なんで我輩が。しかし、挑戦者がいなかったら、オージロウ殿が反省する機会が生まれなくなってしまう。

 

 まぁ我輩も本気を出せば結構食べられるから、しょうがなく挑戦者として出演することにした。


「二等書記官さんと熱いバトルなんだな……!」


 熱いバトルの意味が若干違うような気もしたが、番組スタートとなった。


 最初の一皿は美味であった。さすがに古今東西の美食だけある。だが二皿目から量を体感することになる。これを食べ続けたら腹がどうなるのか予測がついたのだ。


 ちらっと王者席を見てみれば、オージロウ殿は掃除機で吸い取るように、びゅううううんっと食べ物を飲みこんでいた。そう、彼は噛んでいなかった。食べ物はすべて飲み物であった。


「うまいんだな、うまいんだな……!」


 噛んで舌を喜ばせるよりも、食べ物を胃袋におさめる快感がすべてに勝っているのだ。なんて体に悪い食べ方だ。


 しかし王者のペースについていかないと反省をうながせない。負けてなるものか。うがああああああ!

 

 我輩は無我夢中で食べた。幼年期のころから、たくましい兄上に追いつきたくてたくさん食べていたが、はたしてオークの食欲にグレーターデーモンの食欲は勝てるのか? 相手の土俵に立って勝負するみたいな感覚だ。


 味覚と栄養素の概念が哲学の領域に達するほど食べたところで、オージロウ殿の顔色が悪くなってきた。


「に、二等書記官さん、こんなに食べられたんだな……!」

「我輩とてグレーターデーモンの男子である。これぐらい食べられなければ沽券に関わるのだ!」

「オラだって、オークの意地があるんだな……!」

「ちぃいいいい!」


 我輩とオージロウ殿が我武者羅に食べつづけると、番組のプロデューサーが別の意味で頭を抱えた。


「赤字だ! あいつら食いすぎて番組の予算オーバーしやがった! おい誰かとめろ、このままだと番組が潰れる!」


 スタッフたちがカンペで『そろそろ中断して』と舐めたことを書いてきたのだが、我輩とオージロウ殿は無視して食べつづけた。


 これは男と男の戦いなのだ。どちらがたくさん食べられるかという真剣勝負なのだ。たくさん食べるやつは体が大きくて強いのだ。そういう小学生の男子みたいな思考回路でひたすら咀嚼する。いやもう我輩も飲みこんでいた。気合だ。気合で勝つぞ!

 

 ついにプロデューサーが涙目になって我輩に殴りかかった。


「お前ら悪魔か!」

「見ればわかるだろうが!」


 我輩はグレーター“デーモン”の尻尾でプロデューサーをつかんで投げ飛ばすと、ラストのデザート勝負に入った。


 だが、ここで、オージロウ殿が、ついに、ついに……腹を抱えてひっくり返った!


「もう……大食いは……こりごりなんだな……!」


 勝った! 大食い勝負にも、ダイエットに入らせるきっかけとしても!


 なおこの日の収録はそのまま放映となり、とんでもない視聴率をたたき出したという。予算としては赤字だったが、結果オーライでプロデューサーの首はつながったわけだ。


 すべて円満に解決したかと思ったが――別の問題が発生した。


「暮田さん……ダイエットしましょうね……まるで妊婦さんみたいですよ」


 花江殿が我輩の見事な太鼓腹を見て、しみじみといった。


 そう、我輩まで太ってしまって、オージロウ殿と一緒に食事制限しながらランニングする日々がはじまっていた。


 あぁ、ダイエットって、こんなにつらいのね……。

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