第14話 伝衛門お笑い捕物帳 恋泥棒編

「今日はぜんぜんてぇーへんじゃないんすよ、暮田さん」

 

 園市が、あくびをしながら我輩の部屋に入ってきた。


「だが事件なのだろう?」


 我輩は、とりあえずお茶を出した。


「それが聞いてくださいよ。うちの学校の担任が、名も知らぬ誰かに恋をしたから、授業に手がつかないとかわけのわからんことをいってるんですよ」

「…………本当に大変じゃないな」


 あまりのくだらなさに、スマートフォンでポケットなモンスターでGOをはじめると、園市もポケットなモンスターでGOをはじめた。二人して『ひこうタイプ』のポケットなモンスターに、モンスターなボールを当てる練習を繰り返す。

 

 うーむ、今日は平穏であるなぁ。事件なんて起きなかったのだ。うんうん。


 がらっと引き戸が開いて、頭髪の寂しくなった中年男性が入ってきた。


「先生の恋の悩みを解決してくれるんじゃなかったのか園市!」


 ぶよんっとだらしない身体で、テカっと脂ぎった男だった。園市が我輩に中年男性のことを紹介した。彼が担任だという。


 この頭髪と体型の問題から未来を感じられない男性が、恋の悩み?


 …………なにも見なかったことにしよう。 


 我輩も園市もポケットなモンスターでGOを継続すると、頭髪の寂しい担任がブチ切れた。


「それはポケットなモンスターでGOを公園でやってたら運命の女性と巡りあったオレにたいする嫌がらせか!」


 ドンドンドンっと地団太をふんで暴れるので、渋々事情を聞くことになった。


 我輩は礼儀作法として、担任にもお茶を出した。


「それで担任殿。なんで恋の悩みを他人に解決してもらおうと思ったのだ?」

「あの子は高嶺の花なんだよ。オレみたいな冴えない中年男性じゃ手が届かないから、なんとかしてもらおうと思って」


 担任殿は、スマートフォンで撮影した“あの子”の写真を見せてくれた。


 ちょっと野暮ったい制服を着た高校生の女の子である。どうやら良家の子女ばかりが集まる某有名女子高に通っているらしく、おしとやかで上品な顔をしていた。


「……だが待て担任殿、これは盗撮ではないのか?」


 我輩は、まるで取り調べ室の刑事みたいな目で担任を見透かした。


「些細なことは気にするな」


 担任は、体型と同じように神経も図太かった。


「というか教師なのに高校生に恋するなど恥知らずだろう」

「最初から諦めたらなにも成せないだろう!」

「熱いことをいったところで、お前の寂しくなった頭髪が現実を照らすのみだ」

「なんで年齢のことを語ってたのに髪のことに触れるんだよ!」

「ハゲた中年男性は若い子にモテないからだ」

「うるせぇええええええええええ! 可能性はゼロじゃないだろうがぁああああ!」


 あまりにもうるさいので、沈黙の魔法を発動して、担任の声を封じた。彼はがんばってモガモガと口を動かすが音声が出てこない。これでよしっと。


 ようやく静かになったので、園市と二人で、色々な意味で対策を練ることにした。


「そもそも園市は、なんでこの頭髪の寂しい中年男性の悩みを聞いてやろうと思ったのだ?」

「いやだって授業進めてくんないと困るじゃないっすか?」

「正論すぎるな。このハゲをクビにすれば解決という意味でもある」

「クビだとちょっとかわいそうっすよ。普段はもっと普通の真面目な人なんすけど、これまで恋をしてこなかった反動で、若い子に夢中になっちゃったっぽくて」


 なにやら事情がありそうなので、沈黙の魔法を解除して、担任殿に過去を語ってもらった。


「オレは、ずっと真面目で、学生時代も恋愛してこなかったし、教師になってからも仕事ばっかりやってきた。でもあの子を見た瞬間、忘れてしまったはずの熱い気持ちが蘇ったんだ」


 某有名女子高の女の子の外見は、今どきの流行から外れているから、担任殿が学生だったころの雰囲気に近いのかもしれない。


 だが、担任殿は頭髪が寂しくなるぐらいの中年だ。さすがにこんな可愛い子と奇跡は起きない。ありのままの現実を伝えたら、担任殿は暑苦しい顔で我輩に迫った。

 

「漫画ではしょっちゅう起きるじゃないか!」

「…………現実と空想を混同してはいけない」

「しくしくしく。年齢イコール彼女いない暦の中年男性には、なんの希望もないというのか。もう生きている理由なんてない……死のう……」

「いや、素直に同い年の女性に恋したまえよ」

「ババァはいやだ」


 ムカついたので再び沈黙の魔法で黙らせると、もう一度園市と対策を練ることにした。


「さぁどうやってこの現実の見えないハゲに叶わぬ夢を諦めさせるかだ」

「困ったっすねぇ……なんかこう……うまく諦めさせる方法があればいいんすけど」

「こっぴどくフラれればいいのではないか」

「現実が認められなくてストーカーになったら困るじゃないっすか」

「ふーむ、となると、気をそらすのが一番だな」


 我輩、最近秋葉原の知識をたくわえてきたので、こういう人物にふさわしい対処法を知っていた。


 2.5次元の女性――声優さんの追っかけになればいいのだ。近くて遠いところにいて、かつライブへいけば生で動く姿を見られる。アニメのキャラクターと違って、直に会えることが癒しや元気に繋がるだろう。


 さっそく担任殿に声優さんを特集した雑誌を渡して経過観察となったのだが、園市のクラスは滞りなく授業が進むようになったという。うまく声優さんの追っかけになって、未成年に対する叶わぬ恋を諦めてくれたようだ。


 後日――担任殿は推している某声優さんの名前が刺繍された法被を着て、我輩の部屋にお礼にきた。


「無事、王国民になれたから、これを暮田さんに進呈しようかとおもって」


 サイリウムと法被だった。説明によると、これらを愛用することで、推しの声優さんを中心とした王国の一員になれるという。


「……まさか、グレーターデーモンである我輩に、地球の国に帰依しろというのか」

 

 あくまで花江殿と契約しているから長屋にいるのであって、本来の帰属は魔王殿の部下なのだ。裏切るわけにはいかないだろう。


「大げさなことをいってるみたいだけど、これを使って王国民のみんなと一緒に盛り上がると、すごく楽しいんだよ」


 担任殿は、まるで学生時代に戻ったかのように、爽やかな笑顔だった。あれだけ暴走していた中年男性を、ここまで前向きにさせてしまうとは、王国民とはなんなのだろうか。

 

 興味津々となった我輩は、法被を着てサイリウムを握ると、担任殿と一緒に、田村ゆ●りさんのライブに参加した。


 凄まじいまでの熱気と統率力だ……! 一歩間違えたら軍事教練になりかねないほど一糸乱れぬオタ芸の数々に、我輩は圧倒されてしまった。

 

 なんでここまで夢中になるのか? 彼らと一緒にサイリウムを振ってみてわかった。純粋に楽しかった。一体感があるのだ。自分は一人じゃないと勇気がわいてくる。

 

「なるほど、王国民か。たまには他の国に所属してみるのも、悪くないな」


 ささやかな満足感を得ながら会場を出たら、驚愕の光景を見てしまった。


「へへー、加奈ちゃん、アイスクリーム好きなんだ」「うん、でも園市くんのほうが好き」


 なんと例の今どきの流行から外れた女子高校生と園市が腕を組んで歩いていた。どう考えてもデートである。


 これは、まずい。我輩の隣で担任殿が怒りに打ち震えていた。


「許さんぞ園市! 先生を裏切るなんて!」


 怒りが爆発して、びょーんっとジャンプで園市に襲いかかる!


「げっ、先生! なんでそこにいるすか!」

「お前にお仕置きするためだよ!」

「暮田さん、助けて!」


 どちらの味方をしようか迷ったのだが、今は仲間意識が芽生えていたので、担任殿を応援することにした。


「がんばれ担任殿! 調子に乗った園市を叩き潰すのだ!」

「いよっしゃ! 園市覚悟しろ、進路指導してやる!」


 担任殿が園市をサイリウムで滅多打ちにしようとしたら、遠くからドダダダっと馬の蹄の音が聞こえた。


 なんと花江殿が、ナギナタをぶんぶんと回転させながら騎馬で突撃してきたのだ!


「人の恋路を邪魔するやつは、馬の足に蹴られて死んでしまえといいますっ!」


 すっとーんっと担任殿が馬の前足でぶっとばされて、おまけで我輩も回転ナギナタですっぽーんっと叩き飛ばされた。

 

 空高く打ち上げられた我輩と担任殿は、いちゃいちゃデートを継続する園市と“彼女”に捨て台詞をいってやった。


「「リア充爆発しろ!」」

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