第9話 魔王、この世界を去る。
「マスク・ライダー?!」
魔王の脇から飛び出し、京一郎は目を丸くし、バイクにまたがった異形の正義の味方の前に踏み出した。
「そうだ」
マスク・ライダー1号はうなずいた。
「あのテレビでやっていたマスク・ライダーの本物?!」
頬を紅潮させ、掴みかかりそうな勢いで京一郎が尋ねると1号はかすかに首を振った。
「半分正しくて、半分間違っている」
「どういうこと?」
「俺たちはこの世界を”悪”の手から守るために戦っている。そういう意味ではテレビのマスク・ライダーと同じだ。しかしテレビ番組とはまったくの無関係だ」
「そっか……でも、なぜテレビのヒーローと同じ名前なんですか?」
1号は軽く肩をすくめた。
「俺がガキの頃に憬れていたからさ。こんなヒーローになりたいってな。だから名前と魂をもらった」
「……っ!」
京一郎は思わず息をのんだ。
「さて結城、そろそろ戦いの時間だ。いても足手まといになるだけだ。我らは行くぞ」
「う、うん」
「異世界の魔王よ、協力感謝するぞ」
「ふん、上手く利用されてやっただけだ」
1号にいわれ、魔王が鼻から息をもらした。
「魔王がブラックムーンの隙を作ってくれなかったら、こうしてヤツの結界に侵入できなかっただろう」
「そんなていたらくでブラックムーンに勝てるのか? ヤツはまだこんなものではなさそうだぞ?」
「生憎、正義の味方は敵を選り好みしない」
「正義の味方はバカの別名らしいな」
「ふ……早く行くがいい」
「いわれるまでもない」
魔王は、1号に魅入られている京一郎の襟をつかむとふわりと宙へ浮いた。
マスク・ライダー1号はバイクから降りると、瓦礫の上をブラックムーンに向かって歩き出す。一歩ごとに全身が少しづつ膨れ上がり、抑え込まれていた力を開放していくのが感じられた。それにつれて体中の装甲もビルドアップされていく。まさに最終戦闘態勢といった趣だった。
徐々に上昇して遠ざかる1号の背中を京一郎はずっと見ていた。それはさまざまな傷がこれまでの過酷な戦闘の物語る身体だった。正義のために、ひとびとのために戦いつづけた機械の身体だった。どんな想いで生きてきたのだろう。
世界の誰にも知られず、賞賛もされず、ただ陰で悪と戦い続ける日々。
途中でやめたって誰も責めないだろう。誰にも咎める権利なんてない。
でも戦い続けた。正義のために。ひとびとのために。
不意に京一郎の胸の奥からカアッと熱い想いの塊が湧き上がった。思い返せば、不幸続きの人生だった。今もこうしてわけのわからない存在どもの戦いに巻き込まれて、何度も死にかけた。
そんな不幸な人生を送っていたって、自分の心が曲がらずふてくされることなく、なんとかまっとうな心で生きてこられたのは、幼い頃からのテレビの中のマスク・ライダーの正義の心を見ていたからだった。
そう。すっかり忘れていた。いつだってライダーは僕のそばで見守っていた。だから道を間違えることがなかった。
例え子供の観るものだと”卒業”したのだとしても、ずっとそばにいてくれていたのだ。
そして今、”本物”として助けにきてくれた。テレビのマスク・ライダーそのものではなくても、名前と魂を受け継いだ使者が。
我知らず京一郎は叫んでいた。
「ライダー!! がんばれーーーっっ!!!」
1号は振り向くことなく、右手を上げ、こぶしを突き上げてみせた。
「ライダー……」
なぜか京一郎は涙ぐんでいた。鼻声で魔王にたずねた。
「ねえ、マスク・ライダーは勝つよね?!」
「知らん」
京一郎の襟首をつかみ、空を飛んでいる魔王は不愛想に返した。
「正義は必ず勝つっていうじゃないか!」
「私は”悪”の側なんだが……。勇者なぞ数える気になれないほど倒してきたぞ」
「じゃあ、マスク・ライダーが負ける可能性もあるってこと?!」
「なにごとも確実なことはいえんよ。それにもうお前には関係のないことだ」
「なんで?」
「ほら、ついたぞ。スカイツリーだ」
「って、頂上?! のさらに上!」
「ほら、あの穢れたような空間を見よ」
「あ、ひとが通れそうな……穴?」
「私が開けた他の時空へと続く穴だ。これくらいでは地上からはわからんだろうな」
「へえ……」
「へえ、ではない。今からここを通って別の”世界”へと行くぞ」
「……もしかして、僕も?」
「当然」
「もういいや。それで」
「おや、受け入れが早いな」
「まあ、僕がこの”世界”から消えて悲しむひともいなさそうだし。もう逆らうのも疲れたから、新しい”世界”に行ってみるのもいいかなって」
「それもそうだったな。さすがの不幸体質は適応力がある。ではいくぞ」
「どんとこい! どの世界にいっても僕は僕だ!」
ふたつの人影は、異界に通じる穴を潜った。
続く。
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