第4話 勇者、逆ナンされる。
彼の名は結城京一郎。別名”凶”一郎と呼ばれる。
不運の国からやってきて不運を拾い集めているような男。
運が悪い。くじ引きで外れが出るどころか、ミスプリントで白紙だったこともあるくらいだ。
山にいけば落っこちて、川にいけば流されて、海にいけばおぼれかける。見知らぬ街に出かければ、絶対に迷子になり、カツアゲに会い、警官に職質され、原付バイクにはねられ、車に引っ掛けられ、不審火の容疑者になってしまう。
それが結城京一郎の人生。
それが凶、いや京一郎だった。現在高校二年生。それなりに偏差値の高い高校に通っている。勉強には運不運はあまり関係がないので彼はそこそこに成果を上げられる勉強を好んでいたからだった。
しかし彼は常に孤独だった。友人との出会いは運不運があるからだ。それにとんでもない不運の身の上の彼はとても有名なのでどんな不幸に巻き込まれるかわからないと他の生徒たちは京一郎とかかわりを持つことを恐れているからだった。
自分の不幸っぷりを身に染みて知っているだけにみなを責める気にはなれなかった。自分だってこんな人生に巻き込まれたらたまらないと思うだろう。それにそれにもかかわらず自分と友達になってやろうなんて良いヤツがいてそれが不幸の巻き添えになってしまったら、それこそ自分がたまらなくツラい気持ちになってしまうだろう。
だから現状がベストなのだ。
(まあ、僕の不幸を全部平気でふっとばすほど強いひとでもいれば別だけど……)
「あれ?」
京一郎は思わずつぶやいた。都心にある高校なだけに下校時間には通学路にはかなりの混雑となる。それなのに今日に限って他の誰の姿もない。校門を出るまではまったく普通の下校の光景だったのだが……? 車道も車一台通っていない。
(ドラマの撮影でもあるのか?)
それにしては静かだ。とても都心にいるとは思えない。ひどく居心地が悪い気持ちだ。早く帰ろう。自然と足早となり、角を右折しようとする。
不意に向こうから女性の声が聞こえた。
「遅刻遅刻~!」
「え?」
急に出現したとしか思えない相手に地面に押し倒された。後頭部をしたたかに打ち、めまいがした。
「どうだ? 運命的な感じがしなかったか?」
「え?」
めまいがひどく視界がぼやけよく見えない。
「私がよくやっていたゲームであったぞ、こういった王道パターン! これぞ運命の出会い! フラグが立った!」
「あの? なんなんです、あなた?」
痛む箇所をなでながらなんとか上体を起こそうとした京一郎の顔に、柔らかい壁が当たった。
「君、それはセクハラというやつだぞ」
「は? うわっ!」
ようやくはっきりした視界で確認すると、それは見知らぬ少女がまたがっており、身を起こした京一郎はその彼女の胸に顔をうずめてしまっていたのだった。
それはかなり豊満なものだった。
「まあ、この程度のこと許そう。お約束というやつだしな」
「な、なんのですか。でも、ご、ごめんなさい」
「くく、君は正直な人間だな」
「は?」
「ここが、固くなっておるぞ?」
少女が自らがまたがっている箇所を指さした。
「うわあっ! 早く降りてください!」
「なんならもっと密着してもいいのだぞ?」
「意地悪いわないで!」
「ふひひひ」
少女が立ち上がり、ようやく京一郎は解放され自ら立つことができた。
改めて少女を見る。
ショートヘアで鋭い目つき、凛とした顔だちなのにどこか色気がある。スタイルも抜群。はっきりいって京一郎の好み。それどころか好み以上に好みの容姿をしている。
もしこんな女の子が彼女だったら最高だ。性格の方はまだわからないが……。
「少年、名を聞かせてくれるか?」
「え? 結城京一郎ですが」
「信じられないかもしれないが、実は私と結城は運命で結ばれた相手なのだ」
「……はい? なぜそうとわかるんですか?」
「私がそう決めたからだ」
「えっとえっと、もしかしてあなたは僕のことが……好き、とか?」
「別に?」
「あ、そう……ですよね」
「というわけで私と一緒に来てくれ」
「どこへ?」
「私のところへ」
「急にいわれても」
京一郎としては警戒さざるをえない。こんなかわいい女の子が逆ナンしてくるなんてありえない。しかも自分は不幸続きの星の元に生まれた身だ。ここは全力で逃げるに限る。
「私とくれば今よりずっと刺激的な人生が送れるぞ」
「刺激はもう飽きています」
「退屈とは無縁の生活となるぞ」
「とっくにそうなっていますから」
「なんだ、普段結城はどんな生活を送っているのだ?」
「僕の望みは平穏無事な人生だけです。これだけでも高望みですけど」
「ほう? いったいどんな人生だった?」
不意に脳全体に微弱な電気が走ったような気がした。京一郎は反射的に頭を右手で押さえて右往左往したがなにも異変はなかった。
「ふむふむ。これはまた不可解奇妙な人生よの」
その代わりに少女が興味深げにうなずいていた。
「いったいなんなんだい、君は。わけのわからないことばかり」
「ふふふふふ、失敬。勧誘方法を間違えておった」
「勧誘?」
京一郎が聞き返すなり、少女はずいと近づいてきた。そしてガバッと抱き着いてくるなり、互いの唇を重ねた。
「ん?!」
想定外の事態に全身が硬直したが、口を割って入り込んでくる生暖かい舌の柔らかさに背筋がビンと痺れが奔った。
少女の舌の蠢くままに、京一郎の身体は反応しぐにゃぐにゃと骨抜きにされていくように思えてきた。
「ふう……どうか?」
「……あ?」
身を離した少女に尋ねられようやく京一郎は我に返った。
「交換だ。私とつきあうかわりに。私をやろう」
「ちょ……そ、それは!」
「それほどの重大事ということだ。それに誤解するな。結城を好まねば交換条件にせぬよ、私は」
「えーと……それはちょっとは好き……ってこと?」
「ふ……まあ、さっきのでな」
「さっきの?」
「つきあってくれてもいいじゃないか。ファーストキスの相手なんだから?」
「いや、でも……って、なぜそれを?!」
「なんなら初恋の相手を大声で言って回ってやろうか?」
「う、うわーっ、やめて! マジでやめて!」
「ははは、冗談。で、どうする?」
「うぐ……いくよ、いくだけだからね」
「はははは……ありがたい。ところで」
「うん?」
「私を抱くときは優しくな」
「ふぁ」
つい前かがみになる京一郎だった。
「若いな、結城よ」
続く。
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