第5話 勇者、ラブホへ行く。

「ところで結城よ、気になっている場所がある」


「どこ?」


「あれだ。ずいぶんと異質ではないか」


優美な形状の魔王の手が指さした先には、メルヘンチックな形状の建物があった。無機質な建造物の街並みの中にあって確かにそれは異端であった。


「あ、あれは……」


京太郎としては絶句するしかない。その建物の入り口にある”ご休憩”の料金表などもできれば目に入らないふりをしてしまいたい。


「ここへ歩いてくるまでにこれに近しい形状の施設を何度か見かけた。となると同じ目的に使用すると推測される。これだけの頻度で敷設されるということは相当に必要頻度が高いとみえるな。あれはなんのためのものなのだ?」


「さあ~……僕はまだ高校生だから知らないなあ?」


「そうか。ならひとつ試しに入ってみないか? ちょっとした冒険といこう」


「へ? いやいやいや! 僕らにはまだ早いよ!」


「なに? あれをなにかを知らないのに、我らには行くのは早いということを知っているとはどういうことだ? 実は結城、あれがなにか知っているのではないか?」


「い?! 知らない知らない! えっと、ほら、入場料が書いてあるでしょ? それが高いから、学生には払えなくて無理ってことだよ」


「ほう……」


魔王はニマニマと笑った。そしてブレザーの上着の懐から一枚のカードを出して、京太郎の前にかざした。


「これがあればいくら高くても問題なかろう?」


「へ? あ、クレジットカード?」


「そうだ」


魔王がこの世界での知識を得た時に、生成しておいたものだ。立派に普通のカードと同じように使える。支払いの時期が来た時にはとっくに魔王はこの世界からはおさらばしているだろうが。


「学生なのに……君の家、すごいお金持ちなの?」


「世界一のな」


魔王は自分の世界では実質ほぼ世界の半分を支配しているので文句なしに資産や財宝の量と質では一番である。


「ふうん、とにかくすごいな」


さすがにその言葉を真に受けてはいないだろうが、京太郎は感心していた。高校生ではクレジットカードなど触ったこともないだろう。


「ではいくぞ」


「は?」


「これであの建物の中に入るのに問題はなくなったろう?」


「あ、いやいやいや! きっと無理! ほら僕ら制服だし! きっと止められるって!」


「はて? 奇妙な。なぜ制服を着ているとダメなのだ? 向こうは商売だろうに。金を払う相手を断る理由などなかろう」


「つまりその、子供を相手にしない商売なんだ」


「ほう……知らないといっていたわりには情報が次第に増えてくるのだな。なぜ子供を相手にしない商売なのだ? あのファンシーな外見からするとむしろ子供向きの商売と思えるのだが……?」


「いや、僕もいったことないし……。大人が童心に帰る場所というか?」


「んん? ならば別に子供がいっても問題なさそうだが?」


「いや、大問題だから?!」


「さてさて、さっぱり意味が通じんぞ、結城よ」


魔王がニマニマしながら京太郎の顔をのぞきこんでくる。もちろん、魔王はとっくにラブホテルがどのような場所かの知識は得ている。その上で京太郎の純情さを弄って遊んでいるのだ。


「ええっと、なんというか……」


「さて、俚諺にいうぞ、百聞は一見に如かずとな」


魔王は京太郎を引っ張ろうと、その手を握った。その感触の温かさに一瞬、胸がときめいた。これは想定外だった。現在の魔王の肉体は京太郎に合わせて、限りなく人間に近い身体に生成してある。つまりほぼ普通の女子高生なのである。とはいえ、強大な魔力を胎蔵しているのでとてつもない力を秘めてはいる。マスク・ライダーたちが警戒して即座に対応してきたのも、この”世界”に近づくその魔力をセンサーで感じ取ったからだろう。


しかし一方で、現在の魔王は普通の女の子の一面も持ち合わせているのだ。初めて触れる男子の肌に、胸ときめかす反応は本人もまったくの想定外だった。


その反応がどこかくやしく、魔王は強い語気で京太郎に命じた。


「さ、とにかくいくから!」


「う、うん!」


ベージュ色に塗られたアーチをくぐり、向こうをまったく見通せない自動ドアを抜け、ペアシートになっている個室型になっている待合室を抜けると、受付の前へと立つ。


ここまですべて誰とも会わずにすませられた。京一郎はトイレの前で順番を待っているように足をそわそわさせずにいられない。


「ふむ、あの壁にあるパネルに表示されているところから好きな部屋を選ぶとそこを利用できるというシステムらしいな」


「へえ……」


「どれがいい?」


「僕が選ぶの?」


「お前のセンスを見せてもらう」


「プレッシャーかけないでよ……」


京太郎は表示されたパネルの列をにらむ。どういうのが彼女の好みに合うんだ? 好みもなにもさっき会ったばかりだし、そんなこと知るはずも……。


ん?


「ちょっと待って。目的はここがどういう場所か知ることで、利用する必要はないよね?」


「はははは、意外と冷静だな、結城」


「あ~、びっくりした」


「ポチッとな」


「え?」


魔王が適当なボタンを押すと、受付にあった画面に部屋に番号が表示され、エレベーターへ誘導する音声が聞こえた。


「さあ、いこうか」


「いや、知るだけじゃ……」


「結城も気づいていたろ? 私もとっくに知っていると」


「ま、まあ、やっぱ?」


「だから、利用しておこうと思ってな」


「なんのために?」


「報酬の前払いよ」


「報酬って」


「私はあらゆる世界から罵倒され悪口を言われているが、ケチとだけはいわれたことがないのが自慢でな」


「ぼ、僕は……」


「さあ、私の身体を好きなように貪るが良い」



続く。

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