第2話 魔王、東京に立つ。

「ふむ、ずいぶんとはるばる……」


魔王は腕組みをし、遠くを見やった。場所は”東京”と呼ばれ、足下には”スカイツリー”という塔のてっぺんがあった。


おそらく現代の東京でもっとも見晴らしの良い場所だろう。


高さ634メートル。魔王城に比べればちゃちな建造物だが、人間が一から作り上げたと思えばなかなか大したものといえる。


見渡す限りビル群と家の群れ。人間はどこの世界でも群れて生活したがるものだ。


魔王は軽く頬を掻くと、頭上を見上げた。


そこには、水中に墨汁を一滴落としたような穢れがほわりと浮かんでいた。魔王がこの世界に侵入した際に空いてしまった”穴”である。


この”穴”は広がることはあっても消えることは決してない。


”穴”が広がるとどうなるか? それは魔王も知らないし興味もない。


今、興味があるのは勇者候補だけだ。魔王の感覚は最高の勇者となる素材はこの世界に存在すると告げている。


「よし、では……」


指を鳴らすと、魔王の全身が旋風に巻き込まれた。そしてこれまでの魔王の装束からこの世界の十代半ばの学生という社会的立場にある女性、すなわちブレザーの制服姿の女子高生姿へと変身した。足首まで届く長さだった髪も清楚なショートヘアとなり、怪しげな瞳も輝くようなきらめきをたたえている。さしずめ全校生徒のあこがれの的といった趣だ。


「ふふん、これなら勇者候補も怪しむまい」


「待て」


不意に魔王を取り囲むようにみっつの影が飛び上がった。そしてそのまま包囲する形で三人の異形の存在が立ち塞がった。


「なんだ、貴様らは?」


「それはこちらのセリフだ」


リーダー格らしい相手が応えた。頭部全体を金属製らしきマスクで覆っている。大きな真っ赤な目がいかにも油断なさげだった。全身はなんらかの黒い特殊な素材で作られた繊維質状のもので覆われており、銀の手袋やブーツもただならぬ緊張感を伝えてきている。


残りのふたりはこのリーダー格をベースに改造を施したものらしい。手足にブースターを装備しているのがスピード重視、全身に重装備の鎧と武装を備えているのが火力重視といったところだろう。


「……待て。貴様ら。ただの人間ではないな? いうなれば機械人間というべきか」


「サイボーグだ。この世界の”悪”と戦うものだ」


「おやおや、この世界に来ただけで”悪”扱いとは」


「ふふん、口が回るもんだな、悪党ってのは」


「おしゃべりが好きなだけだよ、で、貴様は?」


「2号だよ。さっきのは1号。そんで、さっきからずっとあんたにミサイルを向けてるのが3号だ」


「それが名前なのか? 機械みたいだな」


「違う。俺たちは人間だ」


「1号とやら。我らの世界では貴様らは魔族と呼ばれるだろうよ。我の配下だ。人間は到底貴様らを受け入れんだろうよ。この世界では違うのか?」


「……受け入れてくれるひともいる」


「どうやら貴様らは我の世界でいう勇者のような存在らしい。勇者はみなから憧れられ愛され喝采を受ける。お前たちもそうなのか?」


「違うな」


「はっきり言おう。私は強いぞ。貴様らでは勝てん。ここで貴様らが負けて死んで誰が泣く?」


「誰も」


「それでも戦うのか?」


「戦う」


3人の戦鬼たちが一斉に応え、魔王は絶句した。


「なんのために?」


「正義のために」


と1号。


「俺のようなヤツが必要なくなるように」


と2号。


「泣くひとをひとりでも減らすために」


と3号。


「く……くだらないぞ! そ、そんな子供みたいな理由で命をかけるなんて馬鹿げている!!」


「なら、どんな理由だったらいいんだ?」


2号が魔王に指を突きつけた。


「それとも一生逃げながら過ごすのか?」


3号は腕組みをしつつ挑発的に言った。


「魔王とやら、お前の理屈だと、やりたいことをやるには世界最強でないとなにもできないということになってしまうぞ?」


1号は静かに諭すように告げた。


「く……!」


魔王はあろうことか、一歩あとずさった。それどころかこのサイボーグたちに好感を持ち始めていたのだった。会話をしている間も魔王はサイボーグたちに魔力の波動を送り続けていた。普通の人間だったら気絶するほど強力なものだ。それで力の格の違いを見せつけてやろうと思っていたのに、それに屈することなく、ここまで言ってのける度胸! 敵ながら感嘆せずにはいられない。


もちろん戦えば勝つ。しかし敵ながら天晴な相手を傷つけるのは忍びない。そもそも魔王が軍を展開してる”世界”とは”位相”が違うのでここでむやみに暴れてもまったくの無意味だ。


魔王は1号に対して優美な動作で深々と礼をした。


「どうした、魔王よ」


「これまでの無礼、謝罪する」


「なに?!」


「こちらには探し物があってきただけのこと。決してこの世界に傷ひとつつけぬことを誓うゆえ、ここは見逃してくれぬか」


「ぬう……魔王ともあろうものがそこまでいうか」


「この世界の勇者たちに対して敬意を表したまでのこと」


「ふ……そこまでいわれては誓いを受け入れるしかない」


「感謝する。では」


「おっと、待ってくれ」


「なにか?」


「我らは勇者という名ではない、マスク・ライダーという」


「胸に刻んでおこう」


魔王は最後に軽く目礼すると目的の地へと飛び去った。



続く。

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