魔王×勇者なんて世界が認めませんから

ぐうたらのケンジ

第1話 魔王、ひきこもる。

「魔王さま! 魔王さま! いずこに?!」


山ひとつを城砦と化した魔王城の中を、魔王の配下の中でも最強とされている四天王のひとり、スペイドが声を上げて連日のごとく主の姿を探し求めていた。


当然、玉座はカラである。体裁が悪いったらない。


スペイドの靴がなにかを踏んだ。確かめると砕け散ったポテチだった。


「これは……もしや魔王さまはあの部屋か?」


彼女はここらからもっとも近い魔王の私室に向かった。


「見つけましたよ! 魔王さま!」


勢いよくドアを開くと果たして推測通り、その部屋に魔王はいた。毛布をかぶった魔王とテレビモニターが入ればいっぱいという程度の狭苦しい空間だった。


魔王は振り返ることもなくポテチに手を伸ばし、モニターを凝視したままテレビゲームに熱中している。


「魔王さま! 仕事がたまっているんですから! しっかりしてください!」


「やだ」


魔王は振り返りもせず言い切った。


「子供ですか! あなたは世界を手中に収めんとする魔王軍の女王なんですよ! 世界最強の魔力! 無敵の軍団! それが”やだ”って!」


「スペイドよ、私はジョブチェンジしたのだ」


「は?」


「これからの私の職業は”ひきこもり”だ」


「真面目にしてください! だったらあとに残った魔王軍はどうなるんですか?!」


「四天王あたりで適当に選べば?」


「魔王さまに比肩する存在なんているわけないでしょうが!」


「平気平気。適当に指令出しとけば。ウチの軍は優秀だからそれで世界征服くらいできる」


「それは魔王さまがトップに立って魔力で統率しているからでしょうが! 魔王さまがいなくなったらたちまち瓦解してしまいます!」


「そういやそうか」


「だいたい、どうして魔王をやめようと思われたのですか? そもそもやめてどうするっていうんです?」


「そう、そこが問題だ」


ここで初めて毛布をかぶって座り込んでいた魔王がスペイドの方へ向き直った。


「いいか、スペイドよ。私はほとほと魔王に嫌気がさしたのだよ」


「そ、それはいったい」


「だって……魔王ってみんなから愛されないだろう?」


「……は?」


「私だってみんなから愛されたいんだよ、もてたいんだよ、きゃーきゃーいわれたいんだよ!」


「いや、ほら、畏怖の対象にはなっているかと……」


「それって怖がられてるってことじゃん。嫌われてるってことじゃん。そーゆーのはもう嫌なの! 好かれたいの! 魔王たん萌え~とかいわれたいの!」


「でも魔王ってそういうものですから……」


「いやだ。魔王たん萌え~ハァハァとかいわれたい!」


「真顔でいわんでください」


「そりゃマジな話だかな!」


「そんなことで威張らないで! もっと魔王らしくしてもらわないと」


「だから、その魔王らしくってのが嫌になったっていったろ?」


「そうおっしゃられても、無理ですよ。魔王さまは魔王さまなんですから」


「やだねー、そういうの。思考停止っていうんだぞ? もっとポジティブマインドでいかなきゃ」


「うざいな~。意識高い系の魔王って。地下アイドルとかするとでしたらいかがです?」


「実はこっそりネットでアイドルやってた」


「マジでっ?!」


さすがにスペイドがのけぞる。


「ところがいざイベントの握手会でうっかりしてて、私に触れたファンがばたばた倒れてしまい……」


「素の状態の魔王さまに触れれば人間なんて下手すりゃ死にますよ!」


「いやあ、私も舞い上がってたもので……」


「あ、以前ネットの都市伝説であった死を呼ぶ地下アイドルってもしかして……!」


「私だろうなぁ……」


「伝説よりも真相の方がとんでもないというオチですね」


「とにかく私は愛される存在になりたいのだ!」


「でも人間を侵略している以上それは不可能ですよ」


「……というかなぜ我々は人間を侵略しておるのだ?」


「いや、それが普通だからでしょう?」


「まあ、それはそうなのだが」


「なぜ食事をするのか、と疑問に思うようなものですよ、その問いは」


「まあ……そう、だな」


魔王の背後では会話中、放置されていたゲームの自機がついに破壊され、爆炎と共に崩れ落ち、宇宙の藻屑へと散っていった。


「しかし上手く魔王をやめる方法はないものか。勇者に倒されるのを待つしかないのか?」


「いや、それだと魔王さまが死んでしまいますよ」


「そうだな。しかし何人も勇者の相手をしてきたがどいつもこいつも情けない連中ばかりだったな」


「そもそも魔王さまの前に立つ前に、四天王にやられてしまうものがほとんどでしたがね」


「なんだ? 給料の査定額のアップを要求しているのか?」


「いえいえ。単に事実を申したまでで」


スペイドが慌てて手を振る。


「しかし、私を倒すとなると私以上の強者となるのか。それは果たしてどのような勇者なのであろうな」


「ふうむ。私には魔王さま以上の力の持ち主など想像もできまぬ」


「私以上の力の持ち主がいないわけではないぞ」


「え?! 本当ですか?」


「神さま、とかな」


「ははっ、さすがの魔王さまも神さまには勝てませんか」


「どうせ今回のことで神さまは助けてくれん。さて、どうしたものか?」


「まだあきらめてないんですか?」


「まず問題は魔王軍を私がいなくなっても大丈夫なようにすることだ」


「代わりの人材がいるというのですか?」


「今のところ、いないな」


「そりゃ魔王さまのような力の持ち主がホイホイいたら世界は大混乱ですよ」


「いなけりゃ作ればいい」


「は?」


「そのために勇者を利用する」


「えええええええっ?!」



続く

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