2ー2 虐殺
スイラッドはフェリアールを帝国に帰した後、早速魔王城の戦力調査を開始した。
「しかし……まさか魔王城にこんな地下があるとはな……」
「地上の城は勇者を迎えるためだけの建物なんです〜。本当の魔王城はこの地下と言っても過言では無いのですよ〜」
本当に地面をどんぐり状にくり抜いただけのここは、壁に沿って作られた牢屋に続く道しか整備されていない。
照らしているのはランプに込められた光魔法だけだが、魔王の弱点のためなのか、光量は抑えられて頼りない。
「ここは先代の魔王様たちが暇つぶしに創造した眷属たちの住処なんです〜。まあ、私たちもそうなんですが、ここの野郎たちは外に出すとそれだけで天災クラスの被害を及ぼすのでここの牢屋にぶち込んでるって訳なんです〜」
今回の案内するメイドの名前はルース。地下を管理するのが彼女の仕事だ。
魔王の世話をしてくれるクリステルは豊満な胸を持った長身だが、ルースはその逆。子供のように小さなそばかす少女。丁寧に編まれた長い赤毛が犬の尻尾ように揺れている。
「で、どの子に会いにきたんですか〜」
「全員」
「は〜?」
「全員に会いにきたんだ」
「ご冗談を〜。ここには千を超える化け物たちがいるんですよ〜」
甘ったるい声色をしているが、言っていることは大真面目だ。
「ちょっと戦争を始めようと思ってな。そのためにこいつらが必要なんだ」
「なるほど〜。戦争ですか。…………せ、戦争!!う、嘘でしょ!」
驚いたルースがスイラッドに詰め寄ってくる。魔王が戦争など今まで聞いたことがない。
「嘘じゃあない。もはや、ここで勇者に倒される魔王の時代は終わった。これからは魔王の時代が始まる。それを作るためにお前の力が必要なんだ。協力してくれ」
スイラッドはルースに軽く頭を下げる。
主人に頭を下げられると仕える者としてきまりが悪い。
「あ、頭をお上げください、魔王様〜!そうですか……魔王様がそう考えるのならば私から申し上げることは何もありません〜。では今回ここにきたのは化け物たちをその戦争に使うためなんですか〜?」
「そうだ」
メイドは全体的に頭の回転が速い。これで魔力があれば、戦争の兵士になるのだがとスイラッドは思った。
「じゃあ、蝙蝠の化け物のアンゼルム・アルトルトなんておすすめですよ〜。二つ名は『天上天下』です〜」
「二つ名?」
「はい〜。とびきり強い化け物たちには先代様たちがつけられたもう一つの名前があるんです〜。その二つ名こそがこの子たちの能力を意味しているのです〜」
牢屋に着くと、こちらに気付いた蝙蝠がこちらに話しかけてくる。
『これは、魔王様。こちらにお越しとは珍しい』
「こいつがアンゼルムなのか?」
確かに大きいといえば大きいが、化け物と言ったのだからもっと大きいと思っていたスイラッドは落胆する。
「いえ、違いますよ〜。もっと奥を見てください〜」
「奥?」
じっと目をこらすと最初に見た奴にそっくりな奴が1、2、3、4、5、………………
とにかく無数に牢屋の中にいる。そいつらの中にとびきり大きな蝙蝠が見える。
『おお、我が主人よ。もうじき、この牢屋がいっぱいになってしまう。また、子供達を移動させてもらえないだろうか?』
「またですか〜?生みすぎですよ〜、アンゼルムさん〜」
『申し訳ない』
その蝙蝠が二人の前に近づいてくる。途中で二匹ほどの蝙蝠を踏み潰してしまうが、気にしている様子はなかった。
「こいつがアンゼルムなのか?」
黒い体は牢屋が狭そうに体と羽を丸めている。
口からむき出しの牙はなんでも貫いてしまいそうだ。
「はい〜、アンゼルム・アルトルトちゃん429歳です〜。この子は自分の子供を無限に生み出してしまう性質があって、ここら辺りの牢屋は全てこの子の子供でいっぱいなんです〜」
『申し訳ない』
ルースの言葉に再度アンゼルムは謝る。
しかし、スイラッドはアンゼルムに不満があるのか、うーんと悩んでいる。
「どうしました〜?」
「いや、無限に蝙蝠を増やされても戦力になるのかどうなのか……」
「違いますよ〜。これはおまけの能力なんです〜。言ったでしょ〜。この子の能力は……」
「『天上天下』か」
「その通りです〜」
「本当に役に立つのか、お前?」
『我が主人の命令とあらば、子どもたち共々命を賭ける所存でございます』
丸めていた体をさらに丸め、頭を下げる。
「……とりあえず、試してみなくては始まらんな」
「じゃあ、この子の力試しに近くの国を滅ぼしてはどうでしょ〜」
「……なんか乗り気じゃないか、お前?」
「魔王様がやると言うのならば全力でサポートさせてもらうのが私の務めですので〜」
『ルースちゃんの言う通りです』
ずっと黙っていたエリザベートが話しかけてくる。
『この近くにいい国がありますよ。どうでしょうか?』
エリザベートから送られてきた地図の情報を頭の中で確認する。
『ここから南に10kmほど先に帝国と同盟を結んでいるアークラという国があります。人口は30万人ほど』
「実験にはピッタリか。それに帝国に反旗を翻す意味でもちょうどいい。……しかし、もう少し、他の奴らを見てみたい。待っててくれるか、アンゼルム?」
『分かりました、主人』
そして、先代達の名品を一通り見て回った後、スイラッドはエリザベートに見せてもらった国に向かった。
***
アークラ王国、執務室。
仕事を終えた王は椅子から立ち上がり、王妃との食事をするために食堂に行こうとドアに手をかける。
「初めまして、アークラ王」
「!!」
部屋に禍々しい声が響く。
さっきまでの自分以外いなかった。
つまり話しかけてきた奴は魔術などを行使できる魔術師の類である可能性が高い。
遠距離の攻撃も可能な魔術師もいることを知っている王は逃げずに相手の会話にのる。
「……何者だ?」
「近隣で魔王をやっている者です」
「……その魔王が何の用だ」
魔王。話は聞いたことはある。
しかし、この近隣にそんな奴がいるとは知らなかった。
王は心の中で舌打ちをする。
「いえね、私は帝国と戦争をするつもりなんですよ。あなたにはその協力者になってもらいたい」
「な、馬鹿か!帝国を相手にそんなこと……」
「あまり騒ぐな!」
王の首を乱暴に掴むとスイラッドは石の壁に押し付ける。
「誰かに気付かれるだろう。で、どうなんだ。協力するのか、しないのか」
ここで、協力しないと殺されてしまうかもしれない。しかし、魔王といえどもあの帝国に敵うわけがない。
何よりも、自分の手には30万人の国民の命が懸かっているのだ。
例え、自分の命を失っても人の命を守る。
全身の汗と震えに耐えて、魔王の勧誘に答える。
「お前に協力することはできない……」
殺される。そう覚悟して強く目を瞑る。
……しかし、しばらくたっても何も起きない。
それどころか、スイラッドは王から手を離す。
「そうか……それは残念だ。そうだな、こんな無謀な戦争に協力はしてくれないよな……。分かった。今日はおとなしく帰るが、もし気が変わったのならばいつでも呼んでくれ。……テレポート<移動魔術>」
通信用の魔術式を書いた紙を置いて、一瞬にして消える。
王はまだ流れる汗を拭いて、立ち上がり、置いていった紙を見るが、別に変わったようなところはない。
「いったい……何をしに来たんだ?」
***
スイラッドの移動してきたのはアークラ王国が見渡せる丘だった。
「初めてくれ」
『なんでそんな無駄なことしたんですか?』
無駄とはアークラ王との話を指している。
「これをやるのとやらないのとでは後の支配のし易さが違うんだ。無駄口を叩かないでさっさとやってくれ」
スイラッドはエリザベートからアンゼルムの能力を話してもらっていない。
ただ、国から一定以上離れるように言われただけだ。
スイラッドの心は親からの誕生日プレゼントを待っているかのようにワクワクしていた。
『分かりました。じゃあ、アンゼルムお願いします』
『了解』
………………しかし、何も起きない。
「おい」
『少し待っててください。これからが面白いんですよ』
指示をして五分後、空から赤い火の玉のようなものが落ちてくる。
「あれか?」
『あれです』
火の玉の正体はアンゼルムの子供たち。
昼間のように夜の空を明るくするそれは曲線を描き、王国に墜落する。
さながら天を切り裂く流星群のように。
『これがアンゼルムとその子供達の能力『天上天下』です。成層圏まで上昇、一気に目標に突撃し、自身を質量弾として爆撃。今回はこれが五回続きます』
圧倒的な数の暴力が国の人間を襲う。
ほとんどの家が木製の家なので直撃すると、全壊して火事を起こす。
運良く家の中から逃げ出しても、どこに逃げれば安全なのか分からない状況にオロオロしている家族を襲撃し、即死。
直撃を避けられても、火が代わりに残った人間を飲み込んでいく。
巻き込まれたのは人間だけではない。逃げ出した牛や馬が一心不乱に走り回り、人間を轢き殺す。
混乱した人間同士が殴りあっていたり、逃げられないと感じた兄弟は仲良く肩を寄せ合って仲良く火の渦の中に消えていく。
「………………あ、あ、あはははははっははっはははっっはは!!!はははっはははっははっはは!!!!はーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーははははっはっはあ!!!!!!!」
その光景をみたスイラッドは腹がよじれると思うほど笑い転げる。
まさにこの世の地獄。誰もが目を覆いたくなる光景はスイラッドからしてみれば天国に見えた。
ひとしきり笑い転げるとその光景を目に焼き付けようとジッと人間の逃走劇を見守る。
「綺麗だな……」
『そうですね〜』
こんなに興奮するのは初めてだ。子供の時に収穫祭の記念に見せてもらったサーカスのパレードもこれには及ばない
うっとりと眺めていると、通信用の紙に連絡が来る。
相手は先程の王だろう。
「どうです。私の花火気に入ってくれましたか?」
『貴方の話を聞くことにした!だから攻撃をやめてくれ!』
「えっ!もうちょっと待ってくださいよ!まだ第一陣しか落ちてないんですから!」
まだまだ続くはずなのにそれを止めるのはなんとも勿体無い。
しかし、仲間になってくれるという者を粗末にはできない。
「それに、あなたさっき私の誘いを断りましたよね。直ぐに心変わりをする人間は信頼できませんな〜」
『……何をすればいい』
「さすが王様、話がわかる〜〜。じゃあ、何してもらおっかな〜〜〜……。あっ、そうだ!あなた結婚してますか?」
『しているが……』
「じゃあ、奥さんを城の屋上から突き落としてください」
『なっ!!』
思わぬ要望に王は声が詰まる。
『……』
「ど〜〜したんですか。できないんですか。じゃあ……」
『……分かった』
通信が切れ、数分が経つと城の屋上に王と王妃と思われる女が現れる。
王妃は震えてはいるがその目には覚悟の色が見える。逆に王は涙で顔をグチャグチャにしていた。
屋上の淵に立ち、手を大きく広げ、背中に王が手を当て、強く押す。
王妃は宙に投げ出されるとそのまま下に落ちていき……頭から地面に叩きつけられた。
しばらく痙攣し__最後には動かなくなった。
『やったぞ……』
王から通信が入る。
「お〜〜、まさかやるなんて王さまったら鬼畜〜〜〜〜」
『これで……やめてくれるんだな』
王の声に怒りが混じる。
「いや、やめませんよ」
『………………………………は?』
スイラッドの言葉を理解するのに時間がかかったのか回答が遅れる。
「一回でも言いましたっけ?奥さん落とせば攻撃止めるって」
『ちょ、ちょっとまて!!』
「じゃあ、忙しいんで切りますね〜〜」
通信用の紙を燃やし、また国の祭りを見直すが、先程よりも盛り上がりが欠けている。
「思ったよりも生き残っているな。エリザベート、第二陣を開始してくれ」
『いいんですか?仲間になるって言ってたのに』
「最初はそのつもりだったが、こんなに面白いものを見せられたら癖になってしまった。どうせ、人間なんて他にもいるし、ここぐらい滅ぼしても罰はあたらんだろ?」
『そうですか……。じゃあ、二回目いっちゃいますよ』
そして、二時間かけて無慈悲な攻撃は五度行われ、アークラ王国の国民は一人として次の朝日を拝むことはできなかった。
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