1ー4 逃亡

「今日の魔王様の仕事は終了です。お疲れ様でした」


クリステルにそう言われてスイラッドは大きく背伸びをする。


「こんな体になっても疲れって感じるんだな」

『そりゃそうですよ。生きているんですから』


それもそうかとエリザベートの言葉に納得する。


「これから何をするんだ?」

「魔王様にはこれから湯浴みをしてもらいます」

「ゆ、湯浴み!?」


湯浴みという言葉にスイラッドはびくついた。


「それは絶対しなければならないのか?」

「はい、そうですが?」

「なぜ湯浴みなどしなければならない。あれは女がするものだろ?」

「清潔にお身体を保つためです。我慢してください」

「…………テレポート<空間転移>」

「ちょ!魔王様!」


呪文を言うと一瞬にしてスイラッドはいなくなってしまった。


・・・・・・


『さすがですね。もう魔王の魔術を使いこなすなんて』

「暇だったからな。先代達が魔王についての書物を残しておいてくれて助かった」

『しかし、なんでそんなに湯浴みが嫌いなんですか』

「し、仕方ないんだ!昔、母親に汚いから体を洗ってこいって言われて反抗したら、鬼の形相で身体中を洗われて、それがものすごく痛かったんだ」

『あ〜。で、トラウマになってしまったと』

「そうだ」

『そんな小さいことに魔王の魔術を使われるなんて、先代達はあの世で泣いていることでしょうね』

「俺にとっては小さいことではないんだ!……で、ここはどこなんだ?」


あたりを見回すと石造りの店が何軒も建てられていて、暗い道には明かりが灯している。


『自分で転移しといて場所もわからないんですか? えーーとですね……ここは魔王城から一番近いデリアートという町ですね』

「そうか、じゃあ今日はここで宿を取るか」

『お金持ってるんですか?』

「ああ、念のために自分の財布は持っておいたんだ。トランスフォーム<変身>」


骨だけの姿から元の人間の体に戻ったスイラッドは宿を探して歩く。

町の中はすでに酔っ払っている者もいれば、男を誘う娼婦、喧嘩をする若者達で溢れている。

適当に見つけた宿の一番高い部屋を選んだ。どうせ帰る場所は近くにあるのだから贅沢にお金を使っても構わないだろう。

部屋に入るとスイラッドはベッドに寝転がる。高いだけあって部屋は広く、ベッドも藁が敷かれているものではなく、ちゃんとした布団が敷かれていた。


「ははは」

『どうしたんですか?』

「いや、なんだか人間だった頃よりも世界が広く見えた気がしてな」

『あ〜、そういうことってありますよね。じゃあ、前の魔王様と戦っていた時に言ってたことって今の自分としてはどう思いますか?』

「は?お前は何を言って……」

『聖剣よ、魔を討つ為に真の力を我が手に!シャウイガッド<聖力解放>!!』

「なっ!」

『驚きました?これがエリザベートちゃんのもつ魔術の一つレコーディング<録音>です』


エリザベートから送られてきた声はスイラッドのものだった。

他の人間には聞こえないが、何度も送られてくる言葉にスイラッドは顔から火が出るほど真っ赤になる。


「も、もう止めてくれ!!」

『もうですか?私的には『これが人間の力だ』なんて言っている魔王様がもう愉快で、愉快で』

「お願いだ!止めてくれ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜!!」


・・・・・・


次の日、スイラッドは満足に眠れずにベッドから起き上がる。

もちろん、エリザベートのせいだ。あの後も何度も送ってきたのでこれ以上やったらお前をへし折ると言うとようやく止めてくれたが、胸がバクバクと激しく動くため、眠ってもすぐに起きる行動を朝日が昇るまで繰り返していた。


『いや〜。いい天気ですね』


エリザベートはスイラッドのことなど気にせずに中に浮いて窓を覗いていた。


「おや、魔王様は寝不足ですか?いけませんよ。睡眠は脳に必要なものなんですから」

「……誰のせいでこうなったとおもってるんだ」


太陽光が当たると目がくらむ。まるで早く起きろと言っているようだ。


『そんなに恥ずかしいと思うなら、何であんな呪文にしたんです?』


呪文とは魔術式と同じようなものだ。魔術式はどこかに式を書くか、頭の中に式を思い浮かべれば発動され、呪文は自分で決めた特定の言葉を声に出すことで魔術が発動される。

大魔術の場合は両方共必要なようだが。

呪文は魔術を初めて行使した時に自分で決めることができるが、それ以降変えることはできない。


「何でだろうな……。あの時はあんな呪文しか思い浮かべられなかったんだ」

『ああ、お年頃ってやつですね。お気の毒に……』


・・・・・・


スイラッドは宿をチェックアウトすると、外に出る。

『これからもどうすんですか?』

「朝飯食べるところを探す」

『まだ魔王城に戻らないんですか……』


宿から少し離れると、五人の男がスイレッドを囲む。


「おい、兄ちゃん。いい部屋に泊まっていたな。そんなに金に余裕があるなら、俺たちにも分けてくれないか?」


ボスらしき男が話しかけてくる。


「残念ながら俺はスッカラカンなんだ。昨日はいい仕事があって、金が入っただけなんだよ。悪いな」


隙間から出て行こうとするが、男たちが阻む。


「でも有り金を全部使ったわけじゃねえんだろ……。おとなしく寄越しな」


男たちが一斉に腰の剣を抜く。

どいつもいい肉付きをしていたので、剣も持っていない小さなスイラッドなど敵わないのではないか、そう思いながら周りの人間はハラハラしながら見ていたが誰も助けには来てくれない。


「はあ……」


スイラッドはため息をつく。

勇者をやっていた時にもこんなことは何回もあったので飽き飽きしている。


「金を出さないならしょうがねえな。 ……てめぇらやっちまえ!!」


ボスが叫ぶと四人がスイラッドに斬りかかる。だが……


「あれ?」


男たちの剣がスイラッドに当たっても肌は傷すらつかない。


「どうした、お前ら何かしたか?」


まるで大木に全力で棒を振ったように手が痺れて、力が入らない。

恐れた四人はスイラッドから後退していく。


「何してんだ!?お前らびびってんじゃあねえよ!!」


ボスが剣を振り上げてスイラッドに斬りかかるが、容易く避ける。


「ふっ」


避けた先にあるボスの顔を掴むと片足を踏み込んで勢いよく頭を叩きつける。


「がっ……がっ!」


再度スイラッドに立ち向かおうとするボスだが、脳震盪を起こして、目の焦点が合わず、起きようとしても自分では立ち上がれない。


「話にもならないな。俺を相手にするなら魔法の一つでも覚えてから来い」


朝にはちょうどいい準備体操をすると、スイラッドは改めて食堂を探しに行く。

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