ボス

 そこは学校から、そう遠く離れていない場所にある。くうかの後を追い、辿り着いた、その場所は。


 鬼ノ口神社というオヤシロであった。心臓破りの石段を駆け上がると、そこには大きく真っ赤な鳥居があり、境内には御堂が建っている。朝でも昼でも、何かそこだけがダークな気分で、ダークな雰囲気を醸し出している。憂鬱で何もやる気が起きない。そんな廃れた感じにさせられるのである。


 この神社は、古来より鬼神の心臓を眠らせ、この付近で亡くなった人の魂が、そこへ向かうと言い伝えられている。だが、その魂は成仏することなく、夜な夜な周辺を徘徊し、感情が逆立っている者と遭遇すれば、忽ち乗り移って、鬼神のように辺りの人々に襲い掛かるという。そんな恐ろしい都市伝説も存在している、まさに鬼神の棲家なのである。



 時刻はもう零時を過ぎている。



 今宵は月も顔を出しておらず、境内にある街灯だけがその辺り一帯を照らしていた。



「しずく様、何で来たのですか? あなたはあたい達に関わらない方が良かったのに……」



 くうかの視線の先、よーく目を凝らして見て見ると、男一人と男女一人づつ、計三名が、その場所で何かをしていた。それを理解するまでには時間が掛からなかった。


 そう。


 セイラと陸がグルグルに縛られ、声も出せない状態で横たわっていたのだった。

 それと、もう一人。


 私はその人物を知っている。忘れるわけがない。忘れたくても、忘れられない存在。何でこんな所に居るのだろうか?


 しかも状況を見たら、私が忌わしき三人組である、セイラや陸やくうかに聞いていたこととは、まったく真逆の現実を目の当たりにしていることになる。深夜のプールサイドでの発言は全て偽りの作り事だったのだ。その人は確かに自殺をしたのだと聞いていたから……。



「虫唾が走るなー。相変わらずのウザさだ。時乃!」

「タ、タケル! ど、どうして?」

「気安く呼ぶな! 寿命が縮むだろ?」



 それが私の中学時代に憧れた九頭竜タケルの姿だったのだ……。しかも、態度も、口調も、表情も、私が知っている中学時代のタケルとは、まったくと言っていいほど、懸け離れているのである。



「しずく様……お気の毒ですが。もう逃げた方が宜しいですよ。あたい達は、もうボスに制裁を与えられると決まったのです。あたいは先程、何とか逃げ出しましたが、今度はセイラや、さらに陸まで拉致られたと知ったら、あたいはもう黙っていられなくなったのです。ボスと闘うと決めたのですよ」



 と、言うと、くうかはスタンガンを片手に持ち、タケルに対して、敵意剥き出しに身構えた。



「くうか? 俺様と闘うってのか? コイツらのようにスペシャルボーナスを喰らわねーって言うんだな?」

「当たり前です。あたいは、もうあなたの遣り方をこのまま黙って見てはいられないのですよ」



「タケル? どうしちゃったの?」



「何だよ。くうか、違うだろ? しずくを徹底的にジョーカーゲームで追い込んで、自殺まで導いたらスペシャルボーナスだったんだろ?」

「何言ってますの? どっちにしたって、あなたはあたい達を制裁するつもりだったんでしょ。現にセイラも陸も瀕死状態ですわ」

「あぁ、ちゃんと任命させてやったよ。正式に俺様の部下としてな。その御祝いとして、コイツらを苦しめてやったまでさ」



「もしかして、それが?」



「ご名答ですよ、しずく様。それがスペシャルボーナス、ボスの正式な部下として迎えられることです」



「そ、そんなことで……あなた達は命令に従っていたの?」



「しずく様はボスの怖さを知らない。この人はあたいの家やセイラの家、陸の家に放火しようと企んでいるのです。それに家族にだって手を出そうとして、あたい達は脅されて今まで従っていたのですよ。だから、あたい達はあなたを護りたかった。わざと赤足高校の生徒や先生達さらにPTAには総スカンを喰らわせながらも、あたいもセイラも陸も、しずく様がホントは友達であったら、どんなに嬉しいことかと思ってた」



「くうか……」



「だから、逃げて下さい! 今までホントにごめんなさい。今度、生きて帰ったら、あたいはしずく様を友達と呼びます。胸張って、セイラも陸も友達にして、一緒にテーマパークでも行きましょうよ」



 と、言いながらニッコリと笑った。



 くうかはそのままタケルに突進すると、あっさり顔面を蹴られて、自慢のメガネを割られながら、その場に倒れ伏した。



「何だよ? コイツも裏切りか? ホント使えねーな……結局、俺様が直々に時乃を抹殺しねーとダメらしいな……」



 タケルは私を睨み見た。標的とされ、私はこれからタケルと闘わなければならなくなるのか……。



「どうしてよ、タケル! 一体何があったの?」

「まだ自覚がねーようだな。だったら、話してやるよ。全部テメーの所為何だよ! 中学ん時、テメーの愛情がウザかったんだよ。いつもジロジロ見て、いつも誰かと噂して。気持ち悪いんだよ。ラブレターまで書きやがって。それに俺様のように素っ裸で泳いだって言うじゃねーか。ホント異常だよ! テメーは」



 それを聞いて、既に諸悪の根源がセイラではなく、タケルであるということは理解している。それを知ってしまえば。もうタケルが生きていてくれたことが嬉しかったなんて思わない。もうこの人は昔の……。



 否、昔も今もこんな人間だったのだ。



 九頭竜タケルは、私の想っていたような絵に描いたような憧れの人ではなかったのだ。最愛な人が最悪な人になる瞬間。私の手札であるジョーカーは切り札として機能する。


 そして、私の豹変が始まる。認めたくもない現実を目の当たりにしたことによって、豹変してしまったと言った方が正しいだろう。生まれて初めての経験なのかもしれない。溜まりに溜まっていたものが、遂に意思を持ち始め、語り出してしまった。



 ジョーカーは今どんなカードよりも強くなったのだ。



「タケル……最厄の主犯者。私の人生を絶望へと導きおって。武器でも持とうか? 脳天真っ二つに切り裂きたいから、この場所に潜む鬼神の金棒がいいかな? ふふ、即死だねー。もう人間の心なんて捨ててしまったよ」

「口も聞きたくねー相手にそこまで言われるなんて、とっても気分が悪くなるなー」

「息の根止めてやるんだ。やがて感情もなくなる」



 もう私ではない。

 態度も、口調も、表情も。



 私は生まれて初めて、私が怖いと感じた。

 手札であるジョーカーの絵柄は、たぶんピエロであったと思う。私は最初にクラスメート及び学年、さらに校内全体に怪文書を送り付けられ、羞恥で卑猥な素っ裸の写真がアイコラのような仕上がりで、人々に行き渡った。


 素っ裸な娘は嘲笑われたのだ。

 それがもう原型を崩し、ピエロはやがて鬼神へと変化を遂げた。

 それはジョーカーのチカラと、この鬼ノ口神社のチカラが一つになって生まれた。



 私は鬼神。

 名付けて、しずく鬼神。

 手札にジョーカーを持った鬼神である。



 私はミエナイチカラを駆使する。



「覚悟はいいかい? タケル?」

「覚悟も何も。テメーは俺様に勝てるとでも思っているか?」



 と、言うとタケルはくうかが落としたスタンガンを手にして、私に襲い掛かろうと睨み見る。


 あんなものを喰らったら、さすがに私は意識を失い、その場で倒れ伏すであろう。そうなってしまったら、きっと私はセイラも陸もくうかも助けられないまま、このままタケルに殺されてしまうだろう。


 この男、タケルは人を人とも思わない残忍な性格である。家を放火することはもちろん、人を殺すことなんて容易で、さらにそれ以外の家族にも手を出そうとしている。


 だから、三人組は従ったのだ。従いたくもない、残忍なこの男に。奥歯を噛み締めながら。



 そして、私とタケルは対峙する。



 私の目では確認することは出来なかったが、確かに左手に鬼神が持つであろう、その金棒の感触が伝わってきた。



「私の理性が完全に無くならないうちに言っとくけど、私はホントにあなたのことが好きだったのよ。あなたは人を愛したことがないの?」



 私は最後の最後でタケルに聞いて欲しい、その言霊を放った。それでも、タケルは、



「またか。もうホントに勘弁して欲しいんだけどな。嫌いってもんじゃねーんだよ。諸悪の根源ってとこだな。俺様の青春時代を台無しにしやがった。だから、俺様はここで殺すんだよ。時乃しずくという地球外生物をな」



 ただ人を好きになるだけで、こんなにも人を拒絶する者。



 私はタケルを、もう赦すことはないだろう。手にした金棒が徐々に重くなって行く。その重みは私がタケルに対して抱いている怨みの想いと、ジョーカーと鬼神の、そのチカラの増幅を意味している。そうなることで、タケルへのダメージは、より一層のものとなるだろう。



 もうタイミングなんて関係なかった。



 私はその一撃を放つために、まさに鬼の形相でタケル目掛けて突っ込んで行く。正面から向うので不意打ちとは言わないまでも、タケルの武器はくうかが持っていたスタンガン一つなので、金棒に対抗出来るような武器もなく、避けられる程の距離もなく、絶体絶命の窮地に立たされる。


 そんなタケルに、私は金棒を振り上げた。最早、私に理性などない。ただ闇雲に突っ込んで行く。



 ガツン!



 鈍い音がタケルの脳天を見事に直撃する。金棒は予想した通りに、タケルを捉えたのだ。タケルは泣き叫ぶ間も無く意識を失い、その場に倒れ伏した。頭から鮮血が流れ落ち、額を伝って行く。現段階では軽く脳震盪でも起こしている、そんな状態だっただろう。



 だが。



 私には今、理性と言われるものがない。だから、そうなったのだろう。私は倒れ伏しているタケルを何度も何度も、その金棒で叩き続けてしまう。何度も何度も叩き続け、タケルの血飛沫が私の身体中に浴びせられる。


 その音はセイラ、陸、くうかの三人組の脳内まで響き渡り、やがてその意識を取り戻させた。



「しずく! 何やってんの?」

「お前! 何でボスを……」

「しずく様! ダメです。お止めになって!」



 三人はその状況を一瞬にして悟り、私を止めようと必死になる。ミエナイチカラは私を完全に豹変させたのだ。


 私の金棒を喰らい続けた、タケルに最早意識はなく、ただ虚しく血飛沫だけが飛び散っていた。



「あんた? どうしてしまったのよ」

「そうだよ。一体何が?」

「セイラ様、陸様。しずく様は全てを知ったのです。あたい達が利用されていたことも。ボスが抱いていた、しずく様への想いも」

「で、何でこんなことになってるのよ。まるで逆じゃない? しずくが何であんなに強いの?」

「ボスをあんな風に出来るなんて、僕は信じられない。これがホントに、あのしずくなのか?」



 確かにその通りである。



 私はタケルよりも強いのだ。虐められた人が豹変する、そして立場が逆転する瞬間、それに従っていた下僕達は、間違いなく柵(しがらみ)から解放される。



 だが、何を思ったのか?



 私は必死になっている三人組の元まで歩み寄ると、その金棒をタケルと同様に振り下ろそうとしたのだった。もう私は理性を持っていない。このままでは私は、ここに存在する全ての人を、その金棒で叩き殺そうとし兼ねない。タケルだけでなく、セイラも陸もくうかも、しずく鬼神の餌食になり兼ねないのだ。


 セイラと陸とくうか、三人がほぼ同時に、その生唾を飲み込んだ。少しだけでも、ほんの少しだけでもいい。私に理性の欠片が残っているのなら、今この三人に金棒を振るうことだけは避けたい。



 だって、この人達は私の大切な……。



 友達なのだから!



「いいですよ。しずく様……存分にあたい達を叩き殺して下さい」

「そうね。くうかの言う通りかもね……」

「そうだな。それだけ、僕達はしずくに対して酷いことをして来たんだ。当然の報いと言えば報いだな」

「さあ、しずく様! あたいら三人の意見は一致しております。目を瞑りますから、そのまま叩き殺して下さい」



 そして、三人は目を瞑る。目を瞑りながらも、私に言いたい最後の一言、二言を口にするのだった。



「来世で、もし出会うことがあったら……今度はあたし達、しずくを友達と呼ぶわ。照れ臭くて言えなかった一言を、そのまま天国まで連れて行くの……」

「僕はしずくの彼氏にでもなりたいな。そこまでにして、僕はしずくが……しずくさんのことが好きなんだ……好きだったんだ!」

「しずく様……最後のお願いです。あたいらを友達と呼んで下さい。そしたら、死ねます。ありがとうと言って、天国へと向います」



 三人は覚悟を決め、私にその身を委ねたのだった。それでも、理性のない私は一向に金棒を手放さない。三人纏めて、あの世に誘おうと構える。



 と、次の瞬間。私は目を疑った。



 私の手にしているのは確かに鬼神が持つであろう金棒だった筈なのだ。それが、一枚のカードになる。



 そう。ジョーカーのカードである。



 キラキラと輝きを増す、そのカードは何かを訴え掛けてくる。絵柄は鬼神から元のピエロの姿へと変貌し、私の心の中に静かに入り込んだ。



「そう。そうなのね。私は間違っているのね。怨みを持って復讐することだけが全てじゃないって、そう言ってくれるのね。時にはピエロのように、しゃれや冗談を言うことに信念を置いても問題ないってことなのね。ジョーカーあなたは何にでもなれる。だから、私はそうするわ。ババ抜きのように嫌われるカードでも良いから、人をもっと大切にしたい。人が嫌がることを進んで実行することが出来る、手札にいつもジョーカーを持つ者に……私はなる!」



 そうして、私は我に返ったのだった。



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