青天の霹靂

 くうかは生きている。


 セイラがそう私に忠告してくれた。だったら、残る一人である村雲陸に問い詰めれば、何かを教えてくれるのではないだろうか。もしかしたら、陸がくうかに何かをして、大変な目に遭わせているかもしれない。


 その理由に私と親しくなり過ぎたという事情が脳裏を過ぎる。確かに、くうかは三人の中では立場が一番弱く、どことなく他の二人に気を遣っている様子を度々目の当たりにした。


 もしも、そうだとしたなら、私も責任を感じずにはいられない。それ程に私は、くうかの存在を大切に想っているのだ。

 と、言うことで私は早速、陸に接触しようと試みた。


 夕刻の下校時刻を過ぎた頃。


 生憎、陸は本日学校を休校してしまっているらしかった。陸のファンである親衛隊の陰口をこっそり聞く限りでは、陸はモデルの仕事後、ホストクラブで夜のアルバイトをする日程らしい。ホストクラブの名前は確か、ランドアルテミス。高校生なのにホストでバイト出来るのは、モデル事務所の社長のチカラによるものらしい。噂では病気がちの母親の医療費を稼ぐために、陸が社長にお願いしているという。そんな事情を知れば、彼の人気も鰻登りだろう。案の定、今はナンバーワンの座に着いているようだ。


 陸が、いつも私に対して行っているパシリ扱いはこんな感じだ。陸の書いたサイン色紙をファンに集配し、さらに毎日の挨拶として「愛しています」の一言を言わなければならないというものだ。前者は特にこれと言って支障はないものの、後者に対してはちょっとばかし抵抗がある。毎日毎日言っていると、ホントに愛してしまいそうになるからだ。さらに、私を度々異性として意識してきて、その誘惑に負けそうになるのだ。そんな自分に腹立たしく感じる。


 だって、私にいきなりキスを迫ってきたことだってあるのだから。そんな時は、ホントに自殺してしまいたいくらい嫌な気持ちになる。そうなったら、思う壷。スペシャルボーナスなんて遣らない。


 そして、私は目一杯の厚化粧をして、女教師のようなメガネを掛け、陸のお店へと向かった。厚化粧は販売店で掻き集めた試供品で、メガネは私物を用意した。

実際、私はホストクラブなんて行ったこともないし、お酒なんてまったく口にしたこともない。これはホントに未知の世界に誘われる気分だ。でも、今は迷っている場合ではない。事の真相を、一刻も早く突き止めなければならない。だから、私は意を決して、陸の元へと向かったのだった。


 午後九時五十六分。


 金小僧町の商店街。田舎染みている町なのだが、賑やかな印象がある。生活必需品を取り扱っている店が、所狭しと建ち並んでおり、そんな中にランドアルテミスは店舗を構えている。ホストクラブがあっても、それほど違和感がない、そんなプチ都会なイメージがあると言っても過言ではないだろう。


 私は店の中へと入った。如何にもリッチそうな女性達が、光沢スーツを着たホスト達に日頃のストレスや悩みを打ち明けるべく、ランドアルテミスで一時を過ごしている。


 と、言った印象だった。

 私はボーイらしき男性に話し掛けられた。



「ご予約、ご指名は?」



 と、聞かれた瞬間、私はあることに気が付いた。

 源氏名のことである。


 そう言えば、陸の源氏名を私は知らない。知っているわけがない。陸が付けそうな源氏名って。


 すると、運良く陸らしき男性が私の前を横切った。普段はあまり掛けないメガネだったので、ちょっと度が強くピンボケ気味だった。中学生ぐらいの時から持参しており、時と共に私の視力が回復したのだろう。でも、この方が私ではない別の誰かである気がして、この状況には持って来いだった。



「あっ、あの人!」



 陸に気付かれる様子もなく、私は素通りする陸を指差し、ボーイに知らせることが出来た。


 さあ、真相を確かめる時が来た。

 名付けて、しずく流チェックメイト。


 待ってなさい、私は必ず全てを友達として迎える。どんな手段を使っても。張り巡らされた疑問の数々を一つの線で結ぶのだ。


 そんなことを考えていると、突然店の中へ女性らしき人物がキョロキョロ辺りを見回し、誰かを探している様子で現れた。息を切らせており、とても急いでいる様子であった。


 そして、その女性と目を合わせた瞬間、私は度肝を抜かれた。



「く、くうか! どうして?」



 そう。あの、くうかなのである。今まさに、私はその、くうかのために真相を探るために、この店に訪れたのに、何という運命の巡り会わせなのか? これを青天の霹靂とでも言うのだろう。


 そんな私の心情とは裏腹に、くうかは私を見るなり、



「し、しずく様! 何ですか? その変装は? 相変わらず、お馬鹿ですね」



 私の変装は失敗だったみたいだ。って言うより、もう変装の意味もないだろう。私は厚化粧をハンカチで拭き取り、メガネを外した。


 くうかは存在している。私の目の前に。これで全ては解決した。


 と、思ったが、



「って、そんなこと言ってる場合じゃなかった。大変でございますよ。セイラ様が連れ去られたんです」



 と、今度はセイラの安否が危うくなる。



「ど、どういうことよ?」

「あたいの身代わりになったのですよ。そうして、あたいはボスから逃げて来たのです」

「ボス?」

「で、あたいは陸に助けを求めて、ここへやって来たのです……が、しずく様? 陸を見掛けませんでしたか?」

「陸? 陸なら、あそこよ!」



 私が指差す、視線の先には陸の姿はなかった。先程、陸だと思って確認した男は、まったく別人のホストの姿であったのだ。メガネの所為か?



「しずく様! あたいで遊ばないで下さい。は、早くしないと! きっと陸もセイラと同様に拉致されたんですわ。スペシャルボーナスの餌食になる」



 と、言うとくうかは店の外へと飛び出して行った。もちろん、私も慌てて、くうかの後を追う。


 でも、何だかおかしい。だって、スペシャルボーナスは三人組にとっては、とても喜ばしいものではないのか? 疑問を抱きながら、私はくうかの後を必死に追うのだった。

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