消え行く者

 話してくれる。

 話してもらえる。

 話しをすることが出来る。

 当たり前のことなのに感謝している。



 夏が終わった初秋。

 手札にジョーカーを所持している私は、この赤足高校で三人組以外と、一切会話することが許されていない。


 ジョーカーゲームは実行されているのだ。


 クラスメート及び学年、さらに校内全体に送り付けられた怪文書。

 あの日あの時撮られた写真も、激写に失敗したものは、わざわざアイコラのような仕上がりで合成された。


 私の卑猥な素っ裸な写真が、人々の脳内を刺激する。


 あの平和ボケしていた先生方もPTAも、この問題を大きく取り上げてきた。

 一番絶望的だと感じたのは、私の両親にその事実が告げられていたことだった。

 でも、前と変わらず同じように接触してくれる両親に、私は「ありがとう」と言霊を放ち続けた。


 直接会話することなく。

 心の中だけで。



 あの三人組以外とは、会話したくないというマインドコントロールが働いている。

 三人組への怨みは確実に進行しているのだろうけど、コイツらに頼らないと、私は私でいられないような気がするのだ。


 ただ完全に染まらないために、私は忌わしき三人組を呼び捨てにしている。

 そうすることで、私は理性を失わずに学校生活を送ることが出来ているのだ。

 否定されない限りは、それを続けて行こうと思っている。



 総スカン。

 沈黙と無関心は、こんなにも人を支配するのか。



 だから、唯一会話をしてもらえる三人組を、私はホントの友達のように思わずにはいられなくなってしまっていた。

 どんなに酷い仕打ちを受けようとも、どんなに酷い暴言を吐かれようとも。



 でも、コイツらは確実にスペシャルボーナスというものを狙っている。未だ聞かされていない、それは一体何なのだろうか?



 私はコイツらに頼るしか、この学校生活を乗り越える手段はないに等しい。高校には通わなければならない。


 既に迷惑を掛けてしまっている、私の両親だけには、私が虐めに遭っていることを悟られたくないし、不登校なんてしたら、どんなに哀しむことか。

 と、想像するだけでも嫌なくらい、絶対にあってはならない現実なのだ。


 そうしないためにも、縋り付く。

 忌まわしき三人組に。



 最近、特に私に親しくしてくるのは、アニオタ最強のくうか。


 彼女の取っ付き難さは相変わらずではあるが、一番わかりあえるし、信頼出来る友達の一人だと言っても過言ではないだろう。


 でも、相手はそんなこと微塵も、これっぽっちも考えていないであろうが、私は一人ぼっちの妄想癖の考え方でも、そこに満足があるなら、それを良しとしてしまう。


 総スカンなんて喰らって、ホントは自殺してしまいそうな状態まで追い込まれそうなのだが、スペシャルボーナスなんて遣らないと心に誓っているから、私は負けない。



 と、言いたいところだが、結構辛いと感じ始めていた。



 白鳥くうか。

 この子は、何か宗教団体の教祖でもやったら、似合うんじゃないだろうか?インチキに予言めいたことを言って、信者達に信じ込ませれば、きっと色んなことが出来る筈。



 そうだ!

 ならば、こちらもマインドコントロールして、くうかのハートを射止めてやろう。


 私の目標は友達を増やすことだ。

 どんなに酷い人間でも良心だけは少しは残っている筈。

 取り敢えず、その彼女が持っているだろうと想定出来る二十パーセントの優しさを信じて。


 事に望もう。


 微かな希望を胸に、学校生活を成功させるために、私は賭けに出た。


 くうか攻略のカギ。

 それは予言。

 名付けて、しずく予言。



 学校の帰り道。

 私はくうかを無事に進学塾まで送り届けるために付き添って、わざわざ帰る道とは真逆の方向へと歩みを進める。


 あらゆる外的から守ること。

 退屈を埋めること。


 これを使命と呼ばれ、他のセイラと陸にも似たような、いわゆるパシリ扱いを受けているのだ。


 私はそんな仕打ちに耐えながら、くうか攻略に出た。

 これから始まる物語に、私は笑いが止まらない。



「しずく様? 何をニヤニヤしているのですか? 気色悪い馬鹿面が、さらに酷くなって、どうしようもなくなっていますわよ」

「あ、ご、ごめんなさい……」

「謝るなら最初からしないでちょーだい。これセイラ様のパクリです。安易に使用しますと、拷問にも似た体罰が待っていますので、今聞いたことは左から右に流して下さるようお願い致します」

「じゃあ、使わないようにするわ。大変なことになりそうだから、それより」

「はい?」



 ぬうーっと、私の顔に近付いて来る、くうかのドヤ顔。

 たまに、この子は、にらめっこのように、私を笑わせようと仕掛けて来るのだ。


 もちろん、私は笑う。

 正確には笑ってあげている。

 そうしないと、ご機嫌斜めになって、セイラや陸に告げ口しそうなので、ここは合わせるのが上等な手段だろうと思いながら、テキトーに遣り過ごすのだ。



「何ですか? あたいに何か御用ですか?」

「実はね。私ね。未来を予言出来る能力を持っているの」

「いきなり何を言っているのですか? 相変わらずのお馬鹿ぶりです。まっ、でも、これは初耳ですね。もしかして、いい加減なこと言って、あたいの懐にある諭吉様を掻っ攫おうと企んでいますね?」



 いつものように、くうかは小馬鹿にして、セイラや陸達から受けているストレスを、私にそのままぶつけてくる。それで解消させるのだ。


 でも、私はピタッと立ち止まり、いつもとは違う一面を見せようと試みた。

 いつまでもパシリ状態では、相手に舐められっぱなし。

 だから、ここは主演とまでは行かないものの助演女優賞バリの名演技で、くうかを惑わせる作戦に出た。



「くうか! 私はね! 冗談で言ってるんじゃないのよ! だから、真剣に聞いてもらえる!」



 撒き散らすように大声で怒鳴った。

 ジョーカーゲーム開始以降、これが初めてかも知れない。

 私が三人組の誰かに感情をぶつけたのは。


 たまたま擦れ違った買い物帰りの奥様方や、追いかけっこしながら下校する小学生達に、私は予想以上に注目された。

 くうかは仰け反りかえりながら、



「し、しずく様? お馬鹿なのに珍しく感情的ですね……?」

「えっ、そう? いつもの私だと思うけど」

「まっ、まあ、で、でも理由は明確ではありませんが、何だか興味が湧いて来ましたわ。あたい、どさくさに紛れて、今年の初詣で大凶引いてしまった時のことを思い出してしまいました。いや、あの言い訳じゃなくて、言い訳ではないですからね」



 支離滅裂である。

 くうかは明らかに動揺しているようだった。


 大人しく控えめな感じの私のような人間が、いきなり感情を露にしたら、誰でもやっぱり驚きを隠せなくなるだろう。

 しかも、奴隷のようにパシリ扱いされている私が。


 くうかは私に興味を持っている。

 私は、さらにワクワクしてきた。



「じゃ、ど、どんな内容ですか? お聞かせ下さい」

「ありがとう。予言の内容なんだけど。あっ、でも、やっぱり止めとく」

「えっ? ちょ、ちょっと待って下さい。あたいを焦らしているのですか? 冗談なら止めて頂けませんか?」

「冗談でこんなこと言えるわけないでしょ? くうかの聞く姿勢が成ってないのよ。さっきも言った通り、真剣に聞いてもらえる。私の言うこと、何でも」

「な、何でもですって。しずく様! すみませんが出来れば限定して下さいませんか? あたい限定商品とやらに目がないもので。響きもなんか特殊ってイメージでそちらの方が嬉しいです」

「うーん。困ったわね」



 本当は何も困ったことなんてない。

 くうかを執拗以上に煽って、煽って、煽りまくって、どんどん焦らして、焦らして、焦らしまくって、こちらに興味を惹かせる。


 私は楽しんでいる。

 私を侮辱した者を戒め、懲らしめるために。


 ただ、その背景には友達になるという優しさが見え隠れしているのだが。どんな仕打ちを受けようとも、まだ私の良心は生きているのだ。



「そうね。でも、くうかの頼みなら仕方ないわね。特別サービスってことで、ただ、相当キツイわよ」

「き、キツイ……」

「そう。くうかがね。色々面倒なことに巻き込まれるの。それでもいいかな?」

「面倒なこと? な、何ですか? そんなに不憫なことですか?」

「うん。だって、もうコスプレ出来なくなるのよ」

「な、何ですってー!」



 くうかは雄叫びにも似た悲鳴を上げた。


 私が泳ぐことが好きなぐらい、くうかはコスプレが大好きだ。

 特に人間ではないマスコット的なキャラのコスプレを好む。

 まっ、ここがこの子の取っ付き難さに通ずる一番の要因ではあるのだが。



「な、なぜですか! り、理由を言って下さい! し、しずく様―!」

「ごめんなさい。それだけじゃないの」

「ま、まだあるのですか?」

「うん。そう、くうかはメイド喫茶でバイトしてるわよね? それに仕事終わりにマンガ喫茶でジャンプ、マガジン、サンデー、あらゆる少年雑誌を読んで、その後PCに向かって、ネトゲー三昧」

「えっ! も、もしかして?」

「うん。全部禁止。やってはダメなの」

「はぅー。オタク同人サークルの皆様方に、お見せする顔がなくなりましたわ」



 戦闘力ゼロ。

 くうかは堕ちた。

 私の言霊の波動砲が、くうかのハートを打ち抜き、見事に撃破したのだ。


 だが、さらに私は止めを刺すために、この言霊を放った。



「あっ、まだ終わってないわよ。予言よ。肝心の予言。それはね。あなた近々死んじゃうからね。ちゃーんとその約束守らないとね」

「し、死んでしまうのですか? あ、あたいが、しずく様―助けて下さい! あたい限定なんてせずに、何でも言うこと聞きますから。コスプレしません。メイドもマン喫も、何にもしませんから」



 腹の中で笑いに笑ってやった。


 くうかは信じている。

 狂信者のように、私の大嘘の予言を信じ込んでしまっている。

 くうか、から大切なものを欠落させて動機を持たせているのだ。


 私は続ける。

 一番言いたかった、あの一言を言うために。



「じゃあ、救ってあげるから」

「救ってもらえるのですか?」

「条件があるの」

「ど、どんな条件ですか?」

「友達になってくれる」

「えっ!」

「それから金輪際、私をパシリ扱いしないで約束出来る?」

「そ、それは……」

「出来ないの?」

「不味いんですよ。それをやってしまうと……」



 くうかは、さらに動揺した。

 私の知らない何かが、まだ隠されているのだろうか?

 私は何度も何度も問い詰めても、くうかは一向に口を開こうとしなかった。

 どうせセイラにいびられて、その程度の悩みで、ここまで追い込まれているのだろう。

 私の苦痛に比べたら、そんなの悩みのうちに入らないのに。


 だから、人間は身勝手なんだ。

 自分のことばかり考えて、結局は相手の気持ちなど考えない。


 私の人格は変わりつつあるのだろうか。

 感情が前にも増して、自分ではない何かが蠢く感じすら実感出来る。


 ミエナイチカラ?

 これはもしかして、ジョーカーのチカラなのか?


 良いカードにも使えるが、もちろん悪いカードにも使えるジョーカー。その特性が私に乗り移ったとでも言うのか?


 くうかはその後、口を開かないまま、そのまま進学塾へと向かった。

 私は疑問を残しながら、元来た道を引き返し、本来の向かうべき帰り道へと歩みを進めた。



 だが、それから一週間後。



 白鳥くうかは、私の予言通りに死んでしまった。

 帰らぬ人となり、私との約束は永遠に守られることなく、この世から消えてなくなった。


 ただ遺体は見つかっていないらしい。

 死んだという情報だけが、この金小僧町全域に拡がった。


 警察が動かない理由に、赤足高校の先生方とPTAのチカラが強大なものだという噂がある。


 学校側は、こういうことを持ち込みたくないのだ。

 マスコミの手が届かないぐらいの守秘能力を心得ているのである。

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