忌まわしき三人組

 高校一年の夏休み、私はその名を轟かせる未曾有の大事件を起こした。


 この日こそが、素っ裸な娘が誕生した、運命の日なのである。

 同時に、私の絶望が始まったのは、この時からだ。


 私は深夜の校内に這入り込み、プールで泳ぐのを日課にしていた。それは中学生の時からである。


 今宵の夜空は月も出て、何だか幻想的な気分だ。

 月の光に照らされている水面。

 夜風によって、水がピチャピチャと弾き、波打つ音が聞こえてくる。

 シーンと静まり返り、そこには私だけがプールサイドに立っていた。


 私はスクール水着なしの素っ裸な状態で、一心不乱に、かつ愉快活発に泳ぎまくるのだ。



という予定だった。

いつものように。



 だが、今宵は想像とは裏腹にプールの水面をカメラのフラッシュが反射した。たぶん、連射式のタイプだろう。何度も何度もフラッシュは私を目掛け、私を標的にして反射したのだった。


 と、同時に何やら騒々しい感じが伝わってくる。



 私以外に誰かいる?



 しかも一人ではない。ニ、三人はいるであろう。もちろん、私は気になり、泳ぐのを止め、水の中に立った。さすがに水の中では素っ裸なのもわからないだろうから、隠す必要もないとそのままの状態で、現実を受け入れようと構える。


 私の前に現れたのは、あの忌まわしき三人組。


 これが私とコイツらとのファーストコンタクト。

 海童セイラ。

 村雲陸。

 白鳥くうか。


 それが、赤足高校のリーダー格軍団。

 私の穢れの元凶。



 ここで、この三人の詳細を伝えておこう。


 まずは白鳥くうか。

 アニオタ最強と言われ、主にオタクの生徒を牛耳る。赤足高校発オタク同人サークルのトップに君臨する、言わば神に近い存在。どんな相手にも敬語で話すのが特徴。これがまた好感度に比例する。クラスメートの中には「メシア様」「救世主様」と崇める信者達が多数。未だ弱点がわからず、そのテンションに付いて行けず、取っ付き難い相手である。


 次に村雲陸。

 三人の中で唯一の男性。モデル顔負けのイケメン。異性だけでなく、同性からの支持も受けており、クラスメートからの信頼も厚い。密かにモデル事務所と契約しているという噂もある。弱点はこちらもなし。私を度々異性として意識してくるので、その誘惑に負けそうになる。そんな自分に腹立たしく感じる時がある。


 最後は海童セイラ。

 ギャル風ファッションで、リーダー格の中のリーダーと言っても過言ではないだろう。その性格は凶暴で、人を人とも思わない恐ろしい一面を持ち合わせている。女王のような威圧感と、人を寄せ付けない強烈なオーラが、日々クラスメート達を支配し、マインドコントロールしているのである。弱点は、まったくと言っていいほど、これっぽっちもない。強い。その一言で表現出来る程の威圧感が、私の心を蝕んでくるのである。



 そして。

 コイツらの第一声から恐怖が始まる。



「やったわね、陸?」

「あぁ、激写完了っと」

「それでは皆様。御夜食の用意が出来ました。名付けて、マジカルトロピカル御赤飯です。どうか御堪能して下さいませー」

「くうか? 趣味悪くない?」

「そうだぞ、僕達の輝かしい高校生活の幕開けなんだから、もっと清々しい感じなかったのか?」

「そ、そんな御口に御運びする前に、もう感想を言ってしまうのですか?」

「いつものことでしょ?」



 赤飯の上にアイスクリームをかけ、そのまた上にトロピカルなフルーツ達を盛り合わせた、とっても不味そうな夜食をセイラと陸に差し出した、くうか。


 そんなもん、くうか! である。


 言い忘れたが、この三人は同じ青目ヶ丘中学の同級生である。青目ヶ丘中学は、赤足高校から近い場所に位置している。だから三人組は腐れ縁共同体みたいなもので、同じ高校に入学したと言っても過言ではないだろう。高校でも確実に獲物を狙って、生徒一人を格好の餌食にする。


 コイツらは虐める相手を探していたのだ。

 そんな白羽の矢が、私に刺さった。

 グサリ。

 生々しい音を立てて。


 だが、まだ痛くもないし、痒くもない。

 その時は知る由もなかったのだ。

 これから苦痛という恐怖が、私の身体を蝕んで行くということを……。



「んなことより。中学ん時の、あいつ誰だっけ?」

「陸、覚えてないの?」

「忘れるわけありません。自殺したんですもの。やはり、怖かったんですかね」

「くうか? 声がデカイよ。って言うか、子猫ちゃんには、あたしの口から伝えるって約束だったわよね?」

「あっ、すみません。つい調子に乗ってしまいました」

「おいおい、いきなりゲームオーバーじゃ。つまんねーだろ? 一体、何のために今こうして現場に居合わせているんだ? 結構、入り時間早かったよな?」

「そうでしたね。ジワジワとでしたね」

「陸? 結構、撮れてる? 公然猥褻高校生の過激ショット」

「あぁ、バッチリ!」



 水の中で呆然と立ち尽くしている私を尻目に、コイツらは会話を続けていた。

 でも、何で私が素っ裸ってことを知っているのだろう?

 もしかして、最初から見られていた。コイツらが、それを知ってる筈が……。


 ちゃんと警戒したはずなのに。ここへ来るまでに、浮浪者はいないだろうか、変質者はいないだろうか、様々なことを想像して、その防御策まで考案して、ここまでやって来たのに。


 いつも、どんな時でも。素っ裸でいられるために。



 私が素っ裸に拘っている理由。それは次の三つである。

 一つは気持ちがいいから。

 一つは水と一体化するため。

 一つは好きな人のため。


 ホントに気持ちがいい。

 人魚のように泳ぎ、身体の様々な部位が水と一体化する。

 人間は水の中で誕生した生命を受け継いでいる生物の一つである。身体の約七十パーセントは水分で出来ている。


 私が素っ裸になることで、それは百パーセントになるのだ。素っ裸とプールの水でプラスされて。そして、好きな人への想いと共鳴して、水は活き活きと潤い始め、化学反応を起こす。


 あの人は水だ。

 あの人への想いは、水への想い。


 だが、そんなトランスに近い状態にある私の意志とは裏腹に、セイラが猟奇的な表情で嘲笑った。


 現実に戻る。


 もしかして、私はここで、この三人に殺されるのか?

 この夏休みから、この高校で。そんな疑念が脳裏を過ぎった。

 高校生活というフィールドは、完全に穢され、私の人生は大きなトラウマを抱え、きっとこれから数奇な運命を辿るのだろう。


 まだその方がマシなのか?

 だって、命は繋がれているのだから。

 どんなことがこれから待ち受けていようとも。


 死んだら、終わりだ!


 でも、私は負けない。私は例えこの一見で、人々が離れようとも、私は私であるためにコイツらと闘うのだ。


 私の意志は強かった。一対三だとしても、コイツらに勝とうと意気込んでいたぐらいだ。



 そんなことを考えていると突然、私の名を、くうかが叫ぶように呼んだ。それは唐突な申し出であった。



「あなたはこれから、あたい達の言うことだけを聞くのですよ。いいですか?」

「くうか。それあたしのセリフでしょ?」

「い、いや、あのすみませんでした。またまた、つい調子に乗ってしまいました」

「あぁーくうかの御手付きだ。セイラがキレるぞ。大丈夫か?」

「三度目はないわよ。それに謝るなら最初からしないでちょーだい。まっ、でも今は子猫ちゃんの方に興味があるから、ここは大目に見といてあげる。ってことで……あんた! ちゃんと従いなさいよ。あたし達に」



 軽々しい口振りに私は酷く憤慨した。



「何言ってるの? 私が、あなた達に従う理由がないじゃない? 何をしたいの? 何をするために、ここへやって来たのよ?」



 私は猛烈に反発し続けた。

 来るな。


 心の中で、何度も呪文のように唱えた。


 だが、一通の手紙を見せられると、私は言葉を無くした。絶句したと言った方が正しいだろうか。セイラが挑発するように舌を出し、その手紙をペラペラさせながら、私に見せ付けてくる。



「そ、それは!」

「あんた中学ん時、告白したんだね? このラブレター。あんたの字でしょ?」

「な、何でそれを……」

「これ、あたしの彼が持っていたのよ。あ、た、し、の、イ、マ、カ、レ、がね。面白いもん持ってるからって見せてくれたのよ」

「セイラちゃんはモテるんだぜ。男の僕も、ちょっとビンビン来ちゃうんだ。オメーと違ってな」



 中学時代、私は九頭竜タケルという男の子が好きだった。成績優秀。スポーツ万能。私はこういう隙のない、完璧な男性に弱い。中学二年の春に、タケルは父親の都合により(場所はハッキリと聞いていなかったが)転校して行った。私はラブレターを渡して別れた。返事は来なかった、が……。


 深夜のプールで泳ぐようになったのも、このタケルのため。タケルは泳いでいる時の私が好きだった。あの人も中学時代は水泳部で、私はその時も今も水泳部だ。


 あの人もやっていたんだ。深夜のプールで。あの人は水。


 忘れないでね、私のこと。

 言えなかった……。

 それほどに、私にとっては大切な思い出の中の存在。

なのに……。



 なんで!

 セイラなんて!



 どう転んでも、私にはまったくわからない現実だった。



「タケルは、あたし達の中学に転校して来たのよ。青目ヶ丘中学に」

「そうそう。ツンとワサビが効いてるぐらい態度デカかったからな」

「そうですよ。目立った方でございました。あたいもオタ友に、よく愚痴をこぼさせて頂きましたよ」



 青目ヶ丘中学。

 そうだったのか! タケルは青目ヶ丘中学に転校したのか。

 だから、セイラとの辻褄が合うわけだ。

 でも、こんな女にタケルは心を許してしまったのか?


 私はセイラよりも格下。

 セイラ以下だ。

 タケルはわかってくれていると信じていた。

 私のことを少しでも、気に掛けてくれているのだと。

 でも、現実はこんなにも最悪な状況へと、私を誘(いざな)うのだった。



「たぶん知らないわよね? 青目ヶ丘中学のジョーカーゲーム?」

「知ってるわけねーよ。中学違うし。それに、こんな凡人には一生わかんねーだろ? その快感を、な!」



 ジョーカーゲーム? というものを私は確かに知らない。

 そんなことは百も承知という面持ちでセイラは、さらに話しを続ける。



「じゃあ、最初に教えといてあげる。我が母校の最高の娯楽であるジョーカーゲームをね」

「しっかり聞いて下さい!」

「セイラちゃんが話してくれるんだぜ。有り難く思えよ」

「じゃあ、覚悟しなさい。ちゃんと聞きなさいよ」

そう言うと、セイラは腕を組んで、私を見下しながら語り始めた。

「あたし達の母校である青目ヶ丘中学にはね、優等生のふりして、先生に綺麗事ばかり並べる不届き者が居たのよ。自分ばっかり目立って、クラスメートの将来を奪って行ったの。そんなある日、クラスメートの皆で集まって相談したの。これ以上悪さしないように懲らしめなければならないって。じゃあ、こうしようと一人の生徒が立ち上がって、こう言ったの。陰湿な総スカンで追い込もうってね。さすがにそいつも、共闘してくれる仲間がいなければ何も出来ない。結局そいつは一人ぼっちになって、自らの命を絶ったんだよ」

「じ、自殺したって言うの?」

「最後まで聞いて下さる!」



 口を挟んだ私に、くうかは憤慨し制止させた。

 セイラはそれでも話しを続け、



「そして、その時から、そいつと同類と呼べる不届き者を虐めて不登校へと誘った者は、その報酬として、自身の願いを一つだけ叶えることが出来るようになったの。ミエナイチカラなのかな? さらに自殺に追い込めばスペシャルボーナスが待っている。勘のいい人なら、もうわかると思うんだけど、あんたじゃわからないわよね? しずく?」

「この子はダメですよ。だって、お馬鹿キャラですし」

「仕方ないわね。まっ、どっちにしても、耳の鼓膜が破れるぐらい大声張り上げて、あんたに伝えるつもりだったけどね。そうよ。そいつは自殺したのよ。あたし達が怖くてね、自らの命を絶ったの。つまり、そのジョーカーゲームはあたしが震源地なの」

「正確には、ここにいる三人がやったんだけどな。僕とくうかは、その時願うこともなかったから、セイラに叶えさせてやったんだよ」

「そうそう報酬としての願いはタケルと付き合うこと。やっぱり、ミエナイチカラでも働いているのかしらね? だって、願いは叶ったのよ? あたしの願いがね」



 セイラは腕を組んで、一風堂々と語った。

 私を見下して……。


 だが、私は怯んでしまった。

 穴があったら入りたいというのは、こんな時に思うのだろうか。


 だって、タケルを射止めることが凄いのだ。タケルは人に流されるような、意志の弱い人間ではない。真っ直ぐで。誠実で。



 だから、私はラブレターでしか、想いを伝えられなかった。今時、まったく古臭い手段だ。肉食系女子が多く生息する世の中(言うまでもなく、セイラは典型的な肉食系女子であるが)。女性が男性から告白することなんて日常茶飯事である。交際して直ぐに身体を要求する人だっているぐらいだ。人間の言霊はスーパーコンピューターよりも正確に、かつ確実に伝わる。やはり、最後には意志を直接伝える手段の方が勝るのだ。



「納得するのは、まだ早いわよ。最初はびっくりしたのよ。あたし達が深夜の中学校に乗り込んだ時、何かプールの方からバシャバシャと、誰かが泳いでいるような水の音がするから」

「折角、職員室に這入り込んで、テストの答案盗んでやろうと思ったのによ」

「こういうハラハラ展開は、あたい達は好きですからね。ホント怪奇現象かと思いましたわ」

「そっからよ。そっから、あたし達は実行したわ。ジョーカーゲームをね」

「もしかして、あなた達!」



 私は、悲鳴にも似た叫び声を上げた。

 全てを悟ってしまったのだ。

 認めたくもない現実が、私をこんなにも絶望へと追い込むのか?



 そして、コイツらは私を嘲笑った。一人ならともかく三人同時に、しかも猟奇的な表情で嘲笑ったら、さすがに私は動揺を隠せなかった。怯んだ私が、さらに怯んだ私を生み出す。この場合、錯乱状態であると言った表現の方がわかりやすいだろう。



「そう。タケルは死んだの。自殺したのよ。そいつは自らの命を絶った」

「そうですよ。中学生の時、あたい達がクラスメート達と相談して、総スカンを喰らわせた。その犠牲者が、あなたの大好きなタケルさんです」

「そうなったら、あたしのものでしょ。あたしが命を止めたのよ。だから、今もこれからも、あたしのもの」

「あぁー初恋の相手が死んだなんて、今宵の夜空も物語ってるぜ。ほら、あんなに輝いていた月が隠れた」



 陸の言葉通り、先程輝きを放っていた月の光はドス黒い雨雲の中へと、その姿を晦ませていた。



 私の心と共に……。



 点と点が、結ばれ線になった。私が狙われたのは、こういうことだったのか。私が標的にされたのは。私がタケルに渡したラブレターを。私の名前が明記されていたから。


 だから、認めたくはないが、青目ヶ丘中学に転校したタケルは、成績優秀、スポーツ万能で、先生に一目置かれて、クラスメートの誰よりも目立っていた。いきなり転校して来た生徒が自分達よりも勝っていたら、面白くないのは当然と言えば当然だ。

標的としての条件は揃っている。


 類は友を呼ぶ。私とタケルは友。大袈裟な言い方かもしれないが、もしもタケルの死を知って、その遺志を継ぐ私が仇討ちを実行したら、加害者達はその芽が芽生え始めないうちに、予防線を張るだろう。


 だから、実行は移されたのだ。

 今度は私をジョーカーゲームの餌食にして、この三人は赤足高校で新たな犠牲者を生み出そうとしているのだ。



「しずく! あんたはジョーカーよ。あたし達、赤足高校の生徒の中で一枚だけ紛れ込んだジョーカーカードを手にした女よ」

「しずく様がジョーカー持っていたのですか? それじゃあ、嫌われますね」

「僕もごめんだな。生徒達はきっと、そんなキミを総スカンするだろうよ」



 トランプのババ抜きということなのだろう。

 私の手札にはジョーカーがあるのだ。だから、私はこれから赤足高校の生徒達から総スカンを喰らうのだ。私と接してしまうと、今度は自分がジョーカーを所持し兼ねないから。腫れ物には触らないのだ。


 私は愛するタケルのために、今はこの世に居なくなってしまった、尊い存在になってしまった、タケルのために何をすればいいのか……。


 だが、私はタケルが生きていると断言する。だって、亡骸も見ていないのだから、生きてるって信じたいじゃない? その希望があれば前に進める。


 忌わしき三人組は、そんな私の言霊を掻き消すように、お得意の猟奇的な表情で嘲笑い続けていた。



いつまでも、いつまでも……。

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