入れ替わり漫画

ちょっと昔の漫画五作品(少女向け)

 TSやTFや入れ替わりについて、私がまず何で知ったかと言えばやはり漫画です。『ドラえもん』のトッカエバーでのび太がアイドルと入れ替わった話は幼心に鮮烈な印象を焼きつけました。

 少年向け、青年向け、エロ漫画……色々な入れ替わり漫画がありますが、今回は少女向けの中で好きなものを挙げてみます。

 記憶頼りな部分が大きいのは前回までと同様です。もしもあまりに大きな記憶違いなどありましたら、近況ノートで指摘していただければ幸いです。



「ドキッ♥とBoy's×LOVE」(八神千歳)――『くるみちっく☆ミラクル』(小学館)収録

 人気アイドルグループのライブへ行った加奈は、推しメンのアキラがステージから転落したのを助けようとして巻き込まれ、入れ替わる。元に戻る手段がわからないため、加奈が『アキラ』として日々の仕事やライブの最終公演へ向けた特訓をこなすことになり……。

 読みきり短編ながら、入れ替わり直後のドタバタや、相手として過ごす苦労や、相互理解、最終公演へ向けての努力と支え合いなど、入れ替わりドラマとしての骨格がしっかりしています(二人が共同生活をする流れは、家族のことを考えてしまうとかなり強引に見えますが)。

 入れ替わった時のことを思い返して『今の自分』である『加奈』のほっそりした身体を感じつつ加奈に思いを馳せるアキラ、過労で倒れかかった長身の『アキラ』を支えようとして支えきれず膝がやや折れてしまう小柄な『加奈』など、入れ替わりを端的に表現してる(たぶんこれ、アキラは以前のノリで支えようとしたんだろうなと思えます)絵も随所で見られて好きです。

 元に戻れなかった場合でも、加奈は『アキラ』として立派なアイドルになったのだろうなと想像します(作中でアキラが認めたように)。そこからさらに妄想を進めると、『アキラ』の付き人のようなことをしつつ歌やダンスの練習に付き合っている『加奈』もいずれ誰かの目に留まり、少女アイドルとしてデビューすることになったとしたら面白いなと。



『ひかる♂♀パニック』(池田多恵子)――「小学四年生」二〇〇〇年度連載

 アイドル好きなひかるのクラスに美少年の和也が転校してきた。しかし彼は勉強に熱心でアイドルをバカにし、ひかると喧嘩になる。さらにその同じ日、マンションに住むひかる一家の隣の部屋に、和也と彼の母が越してきた。今度はベランダで言い合いになった二人は転落し、植え込みのおかげで怪我はしなかったものの心が入れ替わってしまい……。

 絵のうまさと安定感に素晴らしいものがあります。第一話のラスト、『和也』の顔で驚くひかると、『ひかる』の顔で事態を把握する和也、表情の変化だけで二人が入れ替わっていることを如実に示しています。

 一方でストーリーは、一年間の連載という長さと一話辺りのページ数の短さにそぐわないものがあり、やや迷走気味。『和也』としてスカウトされアイドルになるひかるを中心としていますが、ひかる当人にとってはかなりストレスフリーな展開で、逆に言えばドラマとしての起伏に乏しい。

 アイドルになっても『和也』としては良い成績と両立させろと和也に言われ勉強に苦戦するくらいで、アイドルとしての活動は楽しい、『ひかる』だった時からファンだったアイドルの剣城くんと共演できてうれしい、主演ドラマに『ひかる』も出演することになりその『ひかる』が剣城くんにほっぺへキスされてドキドキ(!)、とひかるにとって入れ替わりは苦難でも何でもない。最終話で元に戻った時も、次のコンサートが間近なのにどうしようという言葉が出るくらい。

 和也の方は、『ひかる』としてがり勉気味に暮らす中で和也の母とも接し、「父が亡くなった後勉強一筋だった和也がアイドルを楽しんでいるのがうれしい」という言葉を聞きますが、かと言ってそこから劇的に変化したわけでもない。と同時に、元に戻ろうと懸命に調べたりするわけでもない。

 元に戻れないけど前向きまたはそれなりにやっていけている、という入れ替わりものはありますし、それが児童向けで描かれる意義もあると思います。不可逆な変化は実人生においても時に起こりますし。しかしこの物語が最初からそこを目指していたとも思えず、何より最後には二人は元に戻れてしまう。やっぱり迷走気味だなと思うのです。


 小学館の学習雑誌では、『ないしょのココナッツ』(富所和子)と『ないしょのつぼみ(第六期)』(やぶうち優)も男女入れ替わりもの。これらは単行本にもなっています(ただし前者は、一年目版のみ。設定の少し変わった二年目版は短く終了してしまいました)。

 小説『おれがあいつであいつがおれで』(山中恒)が元々は旺文社の「小6時代」連載作品だったように、入れ替わりは児童向けとの相性が悪くないと思います。「相手の気持ちになって考えなさい」とよく言われますが、相手そのものになってしまえばやはり理解がしやすいはずなので(ただしその経験がしっかり活かされるのは元に戻ってからで、つまり戻れないタイプの入れ替わりはむしろ不向きでしょうが)。



『ファニーHoney×Sweetダーリン』(瑞垣みずほ)――平和出版

 高校生のひなとカヲルは付き合っているが、ある日高いところから落ちた衝撃でか入れ替わってしまう。とりあえず互いのふりをしながら元に戻る手段を探すが、カヲルの友人が二人を不自然に思い始めて……。

 元は三話の短期集中連載。ひなとカヲルの二人だけの物語にはせず、うまく友人も絡めてドラマの起伏をつけながら、手際よくまとめています。

 成人指定はないながら、けっこう踏み込んだところまで描くタイプの少女漫画。性の問題も少女と少年の切実な問題には違いなく、この漫画におけるエロは「関係が進みつつあるカップルの悩み」としてそれなりに必然性ある描き方ではないかと思います。

 ひなを主人公としている少女漫画なので無理もないことかもしれませんが、カヲルがチャラい風情ながらも実に頼れる男として描かれています。『ひな』らしい演技をしっかりこなす一方で、ひなを(多少気持ちの行き違いはあれど)常にフォローし続け、元に戻れなかった場合のことも視野に入れている。それでいて身体は紛れもなく『ひな』であり、その佇まいはやはり『女の子』。『カヲル』の身体のひなと向かい合った時の、仄かに垣間見える不安げなか弱さに可愛らしさを感じました。



「さんだー☆インパクト」(ユーキあきら)――『おじぞークエスト』(集英社)収録

 町田くんに恋する七世ななよだけど、彼の傍にはいつも悪友の相馬凪がいて告白もままならない。まずは凪をどうにかしようと罠を仕掛けて木へ宙吊りにした(!)直後、落雷が発生して二人は入れ替わってしまう。次の雷が来るまでは互いに相手のふりをするしかないと、凪は女子寮で、七世は男子寮で、生活を始めることに。

 短編読みきりながら、入れ替わり状態がわりと長く続き(定期試験を挟んでいるようですし、数週間くらい?)、ダイジェスト気味に語られるその間のエピソードに妄想が膨らみます。町田くんに恋していた七世が、彼と日々行動を共にしながらも、『七世』の凪に会うことを楽しみにするようになっていく――しかもそれを町田くんに指摘される――くだりが非常にいいです。『凪』の七世を見て笑顔になる『七世』な凪の可愛らしさが最高でした。

 入れ替わるまでに数ページかけて、入れ替わり前の二人をあれこれ描いているのもいいなと思います。自分が『自分』でなくなる、異性の他人になってしまう、そんなことを夢にも思っていない時点での表情は、入れ替わり後と対比させて読み返すとなかなかの見ものだったりしますので。



『たまちぇん!!』(師走ゆき)――白泉社で既刊一巻

 体格がごつく顔が怖い鬼瓦くんは、学校で不良と見なされている。しかしある日彼と入れ替わってしまったこまちは、彼がすごく優しい人間であることを知った。元に戻ってまた入れ替わってと続く日々の中、周囲の誤解を解こうとするもなかなかうまくいかないこまちだけど、鬼瓦くんとの距離は縮まっていって……。

 入れ替わることで『鬼瓦くん』のつらさを追体験し、彼のために行動しようとするこまちが素敵です。また、女子力が異常なまでに高い鬼瓦くんが『こまち』の身体になると、もはや最強レベルの愛らしさ。いや、本来のこまちも元気で可愛い女の子ではあるのですが。


 今回検索をしてみたら、単行本未収録の三話は掲載誌の公式サイトで公開されていました。本になってないのは残念ですが、読めるのはありがたい限りです。



 現在連載中の作品では、仙石寛子『君の足跡はバラ色』(まんがライフSTORIA連載中)、大原ロロン『好きな彼のパパはじめます』(ガンガンONLINE連載中)の二作品が特に気になっています。

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