ちょっと昔の五作品
前回よりももう少し新しい入れ替わり小説(商業出版)について書いてみます。引き続き、ほぼ記憶頼りのうろ覚えなのはご容赦を。
今回はライトノベルが多めになりました。一般文芸でも入れ替わりものは増えているように思いますが、男同士・女同士の入れ替わりが目立つような(人間同士の同性入れ替わりは、どうしてそんなもったいないことをしてしまうのかという不満が膨れ上がってしまい、なかなか冷静に評価できません)。
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『パートタイムプリンセス』神代創――MF文庫Jで全三巻
高校生の拓也が授業を受けていると、突如見知らぬ王宮のお姫様になっていた。しばらくすると元に戻れたが、以後も繰り返し起きる入れ替わり。お姫様の住む世界はドラゴンなどもいる異世界で、どういう理屈でか入れ替わるとともに互いの言葉を理解できるようになる。メモや手紙を残すことで連絡を取り合いながらどうにか事態を解決しようとする二人だけれど、入れ替わる時間が次第に長くなっていき……。
可逆(元に戻れる)不随意(当人たちの思うように入れ替わったり元に戻ったりはできない)の入れ替わり物語が個人的に好きなのですが、この作品の設定は実に好みに合いました。短時間入れ替わりという気軽な感じで始まりつつ、なかなか元に戻れなくなっていき、一日の内で入れ替わっている時間の方が長くなっていき、やがて何日も相手の身体で過ごすようになり……と不安を駆り立てる点も、入れ替わりものとしてアイデンティティの揺らぎをもたらす大切な要素と思います。
直接会えない二人が、言葉だけを交わすうちに次第に惹かれ合うという展開も面白いです。最近だと藤まる『明日、ボクは死ぬ。キミは生き返る。』(電撃文庫)という傑作(あれも憑依系の、一種のTSでした)がありましたが、制限というものは物語を盛り上げるものだと思います。
しかしストーリーの軸は、男女入れ替わりの困惑やドタバタラブコメから王家を取り巻く陰謀や活劇へとシフト(現代知識で火薬を製造し異世界の敵を倒すという最近よく見る要素もありました)。ラストはせつなさを醸し出していましたが、二人の特殊な恋愛を盛り上げるには、やはり途中の活劇などが余分な要素になってしまっていたような。そして二巻では同性キャラと入れ替わり、と個人的にさらに残念な展開へ。
『パパとムスメの7日間』五十嵐貴久――幻冬舎文庫
関係がぎくしゃくしている女子高生の小梅と四十代の父親。二人はある日入れ替わってしまい、小梅は父親として会社へ働きに出て、父親は小梅として高校へ通うことに。
基本的に主人公は小梅で、娘になった父親視点は小梅に比べれば少なめ(小梅の彼氏が気に入らなくて、嫌われかねない言動をしてみせるなんてシーンはありましたが)。タイトルが示唆している通り、七日で元に戻ります。
入れ替わりものとしては、男女入れ替わりや親子入れ替わりや年の差入れ替わりよりも、学生と社会人の入れ替わりという点に主眼を置いたストーリー。中年男性たちが支配する硬直した企業風土に、女子高生小梅の素直な感覚が風穴を空けていく姿が爽快です。
ただ、それゆえに他の入れ替わり要素はなおざりにされている感覚が強いです。父親がくたびれ気味な中年、最終的に七日で元に戻る、という二つの設定ゆえ、小梅が男の性欲に翻弄されるという展開も父親が小梅の身体で生理を経験するという定番イベントもありません。帰宅した小梅が妻(=本来の母親)にベッドへ誘われるなんてシーンがあれば、実際に事に至らずとも、彼女の戸惑いや混乱をたっぷり描けたろうにと残念です。「このまま元に戻れなかったら」という焦りや恐怖が扱われていない点も物足りなくはあります。
続編『パパママムスメの10日間』は未読。母親も交えた三角入れ替わりで、女子大生の小梅は再び父親に、そして父親が母親に、母親が小梅になります。三角入れ替わりだと、男→男または女→女のパターンがどうしても存在してしまうのが難点ですね。
『ぼくのご主人様!?』鷹野祐希――富士見ミステリー文庫で全五巻
狙われていた幼なじみの麻琴を守ろうとして石段を転げ落ちた吉朗は、目覚めると少年・真琴に仕えるメイドの巨乳美少女・吉香になっていた。
身分制度が残り、技術レベルもこちらの世界よりやや劣る異世界。その最大の特色は、こちらの世界で生きる人々に対応して生きる人たちの性別が完全に逆転しているところ。そんな対応する者同士が二つの世界で同時にとある石段から転げ落ちると入れ替わる。
しかし元の世界に行った吉香とタイミングを合わせられるわけもなく。入れ替わりの先輩であるメイド長の千尋(元の世界で男だった時の名は千広)にサポートされて、どうにかメイド生活をこなしていく吉朗。けれど麻琴と同様に真琴も狙われていて……。
入れ替わった同士が出会えないという点では『パートタイムプリンセス』と同じながら、こちらは頻繁に元に戻れるわけではないので入れ替わった二人の交流はほとんどなし。なので、読み方としては憑依ものに近いと言えそうです。普通の高校生からフルタイムで働くメイドになった男の子の姿が、何か健気。
入れ替わった人間が複数いて互いに事情を知っているというのが、TS的には特色かと。一巻の終盤まで伏せられていた真相は、予想可能ながらもやっぱりにやにやさせられます。
元々続刊の想定はなかったようで、二巻以降はどう続けていくのかという点である意味スリリング。それでもぐだぐだに陥ってしまうことなく、いい具合に締めくくったように思います。
『AKUMAで少女』わかつきひかる――HJ文庫で全四巻
ある晩気づいたら幼なじみのゆり絵の身体になっていた僚。それはゆり絵がたまたま捕まえた悪魔にとある願いを叶えるよう脅迫したら、悪魔に願いを曲解されて起きたこと。ひとまず入れ替わった状態で暮らすけど、美少女ながらツンツンしていたゆり絵の身体に穏和な僚の精神が宿ることで、『彼女』は大人気になり……。
昔のTSは、男の子っぽい少年が少女になって凛々しく活躍というパターンが多かった――と言うか、ほぼそればかりだった――ように思います。それはそれでもちろん魅力的ではありますが、このパターンが入れ替わりに適用されると、入れ替わり後のギャップという意味からも本来の少女はいかにも女の子らしい女の子が設定され。ゆえに、少年の身体になった少女はなよなよして女言葉を使い続ける、あまり魅力的でないキャラクターになってしまいました。
近年は勝気活発なヒロインがメジャーになったことからか、入れ替わりにおいても強気少女と気弱少年の取り合わせが見られるようになり、少女になった少年がたおやかさ・おしとやかさなどを体現して元の状態より人気を博すという流れも定番化しているように思います。この場合、少年になった少女も元気に動き回れて、いっそ元に戻らない方がいいんじゃないかと感じさせられたり。
前置きが長くなりましたが、『AKUMAで少女』はまさにこの後者のタイプ。イラストが作品の魅力を実によく現していると思います。
『あふたーすくーる探偵団 らぶりぃ・びっち登場』紙谷龍生――キャロットノベルズ(ワニブックス)
女子高生の美智子は愛犬のラブリィと入れ替われるようになった。刑事の兄とともに殺人事件の捜査を始めるが……。
少女と犬の入れ替わり。人と動物の入れ替わりは人になった動物の扱いに困るところがありますが、この作品では終盤においてその状態のラブリィが誘拐されることで、うまく一時退場させながらストーリーを駆動しています。
犬になった美智子の心理描写が薄いのは極めて残念。最初の入れ替わりまでは心理描写がありましたし、ノートパソコン(もしかしたらワープロだったかも)で兄と意思疎通したりもしていましたが、中盤以降の行動は客観的に描写されるばかりで、しかもどうも普通の犬っぽい振る舞いも混じっているような。そこで心理に変容などが起きていることがはっきり描かれていたらよかったのにと思わずにはいられません。クライマックスで犯人相手に仕出かしたことなんて、当人にどれほど人間の女の子としての自覚が残っていたのやら。
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