商業出版での入れ替わり作品いくつか

入河梨茶

入れ替わり小説

かなり古めの五作品

 昔から、TS(性転換)の物語が好きで、中でも入れ替わる話が特にお気に入りでした。

 入れ替わりの場合、基本的に主人公は、『本来の自分』の身体である入れ替わった相手と向き合うことになります。

 目の前に『元の自分』がいて、互いに別人の立場で暮らし、アイデンティティの揺らぎも経験し……しかしその一方では相手に助けられることも色々あることでしょう(あるいは逆に、ひどい目に遭わされることも)。それらは変身や憑依とは違う魅力ではないかと思います。


 ここでは、過去に読んだ商業作品の中から今なお心に残っている作品について取り上げ紹介してみようかと思います(とは言え再読まではせず、うろ覚え状態で書きます。さすがにタイトルや登場人物の名前は多少確認しましたが、それ以外の記憶違いはご容赦いただければ幸いです)。ドラマ・映画・アニメ・ゲームなどはより断片的な記憶ばかりなので避けます。

 古いものだけを選んだのは、思い出補正もありますし(リアルタイムで読んだわけではありませんが、TSを意識し出した早い段階に図書館や古本屋などで接した作品です)、これくらい以前の作品だと好みに合わない点が少しくらいあるのは当たり前ということで、それなりに冷静に書けるからでもあります。最近の作品だと不満がむしろ先に立ってしまうので。


※作品の表記において、「」は短編あるいは中編、『』は長編あるいは書名です。



「あばよ!明日の由紀」(光瀬龍)――『あばよ!明日の由紀』(ソノラマ文庫)などに収録

 クラス一の美人に告白したら盛大に振られた主人公の戸沢章二。家へ帰ってふて寝して、目が覚めたら超美少女の逢坂由紀と入れ替わっていた。『章二』になった由紀と会って原因を考えると、由紀の近所にいる謎めいた男が怪しいという話になりその屋敷へ乗り込み……。

 最後の方は活劇風になるのですが、むしろそこへ至るまでの日常パートがとても印象的な作品です。

 入れ替わり直後、自分の本来の名前である「戸沢章二」を名乗って自分でもしっくりこなくて「わたしは逢坂由紀」と呟くシーン(この入れ替わりは、身体の記憶をある程度読み取ることができるタイプです)。

 クラスメートを装って戸沢家を「訪問」し、本来の母親と赤の他人として談笑するシーン(飲み物を部屋へ持って来て居座り学校の話を聞きたがる母親を、『章二』の由紀が追い払おうとするのに、章二は『由紀』として愛想よく接してしまうというねじれた状況が笑えました)。

 由紀と二人で出発した直後にクラスの美人と遭遇し、彼女よりも美人な『章二の彼女』として振る舞って、図らずも留飲を下げるシーン。

 屋敷へ侵入する際に『由紀』の身体ではうまくいかず、『章二』の身体の由紀に手助けしてもらうシーン。

 ストーリーとしては短期決戦なのですが、これらの描写を見ていると、むしろ長期的な入れ替わりを見てみたかったかなと。



「事故の結末」(岬兄悟)――『リモコン・パパ』(角川文庫)収録

 転移装置による移動がポピュラーになった世界。しかし数十人で転移したところ事故が発生し、ランダムに精神交換してしまう。主人公は結婚したばかりの妻レミと一対一で入れ替わり、しかもレミは妊娠中。周囲がどうにか元に戻っていく中、二人だけは一向に元に戻れず……。

 オチも面白く妄想をあれこれ刺激させられましたが、さらりと説明される他の被害者が元に戻るためのやり方も気になりました。ランダムな精神交換を再現し、うまく元の身体に戻った者が一抜けしていくという方法で、これだと元に戻るまでに何人分も色々な身体を経験した人もいたのではないかなと想像してしまいます。

 岬兄悟は短編やショートショートが多く、「電話交換」「他人の目覚め」「半身一体」など、しばしばTSアイデアを題材としていました。TF(変身)方面では「ダリ光線」が忘れがたいです。



「猫は頭にきた」(式貴士)――『連想トンネル』(角川文庫)収録

 社長令嬢・美麗との結婚=次期社長の座を賭けて、競い合っている三人の社員(これが個人的な勝負でなくて、社長と令嬢公認の戦いというところが、時代を感じさせます)。

 特に仕事ができるわけでも体力があるわけでもなく最も見込みのなさそうな主人公は、社長宅を訪れた際に美麗の飼っているシャム猫と遭遇。妙にそいつとの相性が悪く、しまいには噛みつかれた挙げ句に入れ替わってしまう。

 しかしその猫が人間として大活躍、しばらくするとみごと美麗と結婚することに。美麗に猫として飼われる今の生活も悪くないかと思っていた主人公ながら、元猫に対する嫉妬は募るし、元猫がその『猫』は去勢しようと言い出すしで、怒りに駆られて噛みつこうとしたら……。

 ここで紹介することでこの先の展開をほとんどばらしているも同然ですが、ご容赦を。こういう形のハッピーエンドは、商業出版の小説分野では今なお稀少です(エロ漫画ではすでに定番と言えるかもしれませんが)。

 式貴士は多彩なペンネームで多分野で活躍した作家・評論家・ライターですが、式名義では主に短編SFを物し、「カンタン刑」が有名。状態変化&監禁ものの「おれの人形」、江戸川乱歩『人間豹』の某シーンをリスペクトした蘭光生名義の官能小説「乱歩を読みすぎた男」が、個人的に強く印象に残っています。



『オレの愛するアタシ』(筒井広志)――新潮文庫

 売れっ子作曲家の光夫と若手作詞家の火名子。恋人として付き合いながらまだ何もしていなかった二人は、ある朝目覚めると入れ替わっていた。どうにか周囲をごまかして生活するも、光夫の風俗通いがばれたり、火名子が田舎へ戻って結婚しろと言われたり。元に戻れないままついに二人は結ばれ、結婚し……。

 社会人同士の男女入れ替わりは今でもあまり見ないように思います。学生同士ならやることは基本的に同じ勉強ですけれど、働いていると個々の仕事はかなり違うはずで。

 この二人のように共に創作が仕事なら、作品さえきちんと完成させればしばらくはどうにかできるかもしれませんが(それでも、メールはおろかファックスも普及していない作中の時代、新たな仕事を受ける際には苦労していました。二人で同じ仕事の作詞と作曲を引き受けた際も、曲について突っ込まれた火奈子をサポートするため、『火奈子』の身体の光夫がピアノを演奏して歌ってみたり)。

 この作品での入れ替わりは、感覚が肉体に大きく影響されるようで、喫煙者の光夫が『火奈子』の身体ではまったく煙草をおいしいと思えず、火奈子はその逆になるシーンがありました。性的なことでも身体に引きずられるように行動してしまう展開があり、若い女性がオヤジ的感覚に染まっていくのを見るようでもあります(その一方で光夫は、『火奈子』として「帰省」した際には彼女の実家でせっせと家事を手伝う、結婚後は「女房」として食事を作るなどしてました)。

 男女入れ替わりの性的な部分にわりと踏み込んでいるという点で、この作品は今でも特別なポジションにあるかもしれません。初体験から結婚・妊娠・出産までそれなりにページを割いて描く入れ替わりものは今もなかなかないように思います。



『おれがあいつであいつがおれで』(山中恒)――角川つばさ文庫など

 小学六年生の斉藤一夫は、彼のクラスに転校してきた(小さい頃ここに住んでいて一夫とも遊んでいたので、戻って来たとも言える)斉藤一美と入れ替わってしまう。家族に話しても信じてもらえず、相手のふりをして暮らしていくが……。

 映画『転校生』の原作。あまりにも有名ではありますが、やはり外すことはできません。今風のイラストがついて今なお書店で新刊として売られ、実際に売れている。それは入れ替わりものの基本を押さえた面白さがあるからではないかと思います(ぶつかって入れ替わる、周囲に信じてもらえない、相手のふりをして生活する、異性の立場や身体に戸惑う)。

 物語は終始一夫視点で進みますが、敢えて一美視点を想像してみるのも面白いと思います。入れ替わる前に気になっていた男子と再会しても「今は別に何とも思わない」と言ったり、終盤で『一美』を抱きしめてキスしたり。入れ替わり前も入れ替わり後も色恋沙汰にはまだ疎かった一夫に比べると、すでにそういう成長もしていた一美は、その分新たな身体の影響も強く受けて、かなり精神的な変化も進んでいたのかもと。

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