空白の断片

 結局のところ僕たちは仲のいいお友達というポジションに落ち着いた。

それもそうだろう、いきなり衝撃的な事実と僕の生い立ちとかお互いに赤裸々語り明かし気まずい雰囲気になって先輩は笑って友達から始めようと提案してくれる。

そんな先輩をかわいいなと改めて思ってしまった。

僕の早とちりで先輩を危うく傷つけるかもしれないと心配になっていたから正直有難い。

それから昼食や放課後はなるべく一緒に行動することになり今まで体験したことを先輩から色々聞かされた。

いつもループの途中で親しい人が亡くなること、それはいつもバラバラで特定の誰かとは決まっていないらしい。

それと、茅子先輩と言う人物が恐らく鍵を握っているらしいこと。

それも彼女は毎回のループではなく偶数回にいる事。

でも今回のループは21回目でこのループでは彼女はいないこととされている。

もう一人、鍵を握る人物がいる。

その人は毎回毎回役割が違うらしい。

ある時は一つ上の先輩、ある時は保険医、はたまた先輩の従兄としての役割を与えられていたが何一つ記憶を保持していないらしい。

怪しいのはこの二人だ。

梅雨の明けた窓から差し込む日の光が眩しい。

数学教師の解説を聞き流してノートに先輩からの今までの経緯を整理する。

仮にこの二人のうち、どちらかが黒幕だったとしたら?

あったこともない人を疑うのは心苦しいが先輩が苦しんでいるのなら力にならないといけない。

そう感じる。

「千代田!聞こえているのか千代田!」

「は、はい!」

先生の声に引き戻されて勢いよく立ち上がってしまう。

周りはそんな僕を見てクスクスと笑う。

先生はそんな僕を見て怪訝にチョークを差し向けながら説教を始める。

「惚けているのは心が乱れてる証拠だ。大方、好きな人でもできたか?ふん、学生の本業は勉強だということを忘れないように。では演習問題の一番を書きにきなさい。君、最近妙な落書きを残すがこれは何かね?」

先生はツカツカと僕の席まで歩き、ノートを覗き込む。

そこにはさっきまで、整理していた関係性が書かれているままだった。

僕はとっさに頭に浮かんだ言い訳を言う。

「しょ、小説の題材にしようかなと思いまして…。」

しまった、声が上ずって余計に怪しい言い訳になってしまった!

恐る恐る、先生の顔色を伺うと渋い顔をして彼はため息をついた。

「まあ、いい。放課後、職員室にきなさい。さ、演習問題を解くのだ。」

チョークを差し出されて、受け取り、僕は公開処刑という名の演習の解を描き始めるのであった。


  放課後まで残り2時間、首を洗って待ってろよという先生の言葉が頭から離れずお弁当もろくに喉を通らなかった。

ため息をつくとクスクスと笑うクラスメイトや恋煩いかぁ~と茶化す友人たち。

やめろよーと茶化しをのらりくらり躱しつつ、弁当を片付ける。

ふと外を見ると3年生の体操服姿が目に入る。

衣替えもそこそこ半袖にハーフパンツといった涼しげな井出達でどうやら今日は午後の授業は体育らしい。

常盤先輩がいないかそわそわと窓から探すと彼女は仲良く友人らしき女の先輩とボールの籠を出していた。

日が燦々と照りつける校庭で常盤先輩の艶やかなポニーテルが揺れる。

そのたびに僕は変態臭く邪な思いが募っていく。

その思いを振り払うように窓から視線を外し次の古典の授業にとノートを広げるがまるで身に入らない。

雑念を払うように席を立ち、時計を見やる。

後、5分かとため息をつきながら友人へトイレへ行くことを伝えて教室を出る。

もう直ぐで授業というのに廊下は騒がしく、まるで動物園のようだ。

僕もどこか他人事の様に考えるたちだが数分前まで彼らと変わらない男子高校生だから馬鹿にはできない。


トイレについて顔を洗って不意に鏡を見たら光の影響か頭に血が上ったのかくらっと目眩がする。

その拍子に後ずされば今度は身に覚えのないような記憶が走馬灯のように駆け巡った。

むせかえるほどの消毒液の臭い。

顔は見えない誰が白い病室のようなベッドで寝ている。

その体には沢山の管、心拍数を伝える機械音。

何なんだ?

僕は生まれてこの方、入院もしたこと無いし、身内で大怪我をした人はいたが誰もああいう交通事故で死にそうになってる人など身内にはいない。

況してや予知夢ならもっと深く眠りに着いた時にいつも見ている。

では、目の前で駆け巡った映像は誰だったのだろう?

嫌な予感を感じながらも水道の蛇口を閉め早々にトイレを出た。

ぎりぎりの時間に席に着き、授業を受ける。

今日はぼーっとしていることが多いし、何だか体調もすぐれない。

梅雨はまだ明けず、だが今日に限って晴れている。

心とは裏腹に心地よい気候にこっくりこっくりと舟をこぎそうになり、思いっきり机に頭を打ち付けた。

ゴチンと鈍い音が鳴り響いて一斉に僕のほうへ皆の視線が向く、またかとあきれている女子、オイオイ大丈夫かと言いたげな男子。

そしてやはりご立腹な古典の先生。

僕は諦めて項垂れると先生は出席簿を取り出し何やら書き込んでいる。

無言の圧力が数学の先生よりきつい。

恐らく、これで何かしらの点数は引かれたのだろう。

パタンと出席簿を閉じるとワザとらしい咳払いをして黒板に向き直る先生が怖かった。

それからの授業中は生きた心地がしなかった。

口いっぱいに無味の筈の唾液が苦く感じ、背中に冷や汗が流れる感覚、まるで蛇ににらまれたカエルの状態で必死に古典の先生の質問に答え続けるしかない。

数学の先生は個人的に注意をするが古典の先生は場の空気を悪くした生徒には人一倍敏感で無言の威圧で責めてくる。

こうなればだれにも止められない。

授業終わりまで僕は針のむしろに座り続けるのであった。


 放課後、何時ぞやの体調不良のように足取り重く職員室へ向かう。

これで漫画のように先輩が偶然通って一緒に職員室へ向かう展開になればどんなにいいだろう。

だが現実はそうもいかない。

職員室前の廊下は勉強熱心な生徒と恐らく僕のように失態を犯した生徒で疎らだ。

窓から差し込む茜色の夕日が憎らしい。

部活に勤しむ生徒たちの声が遠くから聞こえる。

嗚呼、僕が失態を犯さなければ今頃、先輩と今後について考えていただろうに。

辞めよう、これ以上先輩のことを考えると空しくなるだけだ。

もやもや考えているうちに扉前まで来てしまった。

意を決して扉に手をかけると右側にスライドされそのままつられて壁際まで移動する。

職員室の中から出てきたのは僕の担任だった。

彼は社会科担当で生徒に献身的な先生であるがゆえに生徒に弄られ易く友人感覚で話しかけるなれなれしい生徒もいた。

僕を見た瞬間、少し驚いたように目が見開いた、それもそのはず、普段品性方向でどちらかといえば目立たないが優等生でもない僕が職員室にいったい何用で来たのか彼には分るまい。

「お、千代田かすまんすまん、気づかなかった。その、なんだ、数学の先生から聞いたぞ。悩みがあるなら俺は何でも聞くから悩むなよ。」

「いえ、こちらこそすみません。お手間かけました。」

ではこれでと僕たちは別れたが別れ際に彼は想像も絶する程の低くかすれた声で茶番だなと呟いた。

茶番?いったい何のことだろうかと振り向くが彼は別の生徒といつものように戯れている。

考えすぎかと扉をくぐった。


 無意識に無操作に時は経過する。


季節は巡り恋人たちにとって最大のイベントが多く起こる夏を果たして啓治と恵美は距離を縮めるきっかけを作れるのだろうか?


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空の箱庭 潮音 @liyg

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