空白の手紙

 僕は普通の人間になりたかった。

最初は5歳の頃、誕生日の夜に兄さんが階段から落ちて大怪我をする夢を見て泣きながら兄さんに訴えたが。

「大丈夫、たかが夢だろ。夢は誰かに話すとその通りにはならないのさ。」

おどけて慰めてくれる。

その日の昼に兄さんは本当に夢と同じように階段から落ちて大怪我をした。

夢のことが気になって眠れなかったことを覚えてる。

その次は、小学生頃の水泳部の合宿。

なかなか眠れなくて皆と喋っていたはずなのに急に目の前が真っ暗になって見えたものは親友がおぼれている姿。

足が吊って助けて助けてともがいている友人に手を伸ばしたところで目が覚めた。

その夢が強烈すぎて僕は友人にその日、付いて回ることにする。

案の定、友人は準備運動中にマネージャーの薄着姿に感けてこのままでは夢のようになってしまうと奴の方を思いっきり叩く。

「いってぇ!何するんだよ!」

「お前がボーッとしてるからだろ。ほら、顧問が戻ってくる前に準備体操、準備体操。」

僕は上手く笑えているだろうか?

乾いた笑いしか出ないが友人は渋々準備運動を再開させる。


その日、特に大きな怪我もなく、無事に1日を終えることができた。

友人は足をプールの壁にぶつけたが軽い打身程度で済むことができ内心安心している。

その後も何回か周りの人が不幸になる夢を僕は見ている。

そして核心に至った。

これは本当に予知夢だと、回避できる不幸と夢の通りにしなくても回避できない不幸もあった。

回避できる夢は僕が動ける夢に限定され、回避できない夢はただ見ているだけの夢。

そして、高校入学初日に僕は一目惚れをする。

新入生歓迎会の人混みに酔い。

フラフラとしていたら彼女が気がついて一緒に保健室に行く夢。

とても美人で優しいまさに少女漫画のヒロインのような人だった。


次の日、そんな淡い期待を持ちながらオカルトクラブの重たい扉を開け放った。

「ようこそ、新入生。入部希望かな?」

垢抜けた恐らくネクタイの色からして3年生だろう人物が話しかけてくる。

夢の中で彼は確か

「部長の南裕太です。幽霊部員が多い部活だけど楽しんでってね。」

そう、部長さんだった。

挨拶を軽く交わす。

「こちらこそ、千代田啓治です。よろしくお願いします。ところで失礼ですがそちらの方は?」

握手をしながらふと部長の後ろの女性が気になるので声をかける。

あれは間違いない、夢で介抱してくれた先輩だ。


部長の後ろに立っている彼女を見やる。

彼女は恥ずかしそうにお辞儀して僕を見据えた。

「初めまして、副部長の常盤恵美です。よろしくね、千代田君。」

ええ、こちらこそよろしくと差し出された右手をおずおずと握った。

これが僕らの初めの縁である。

その後、滞りなく新入生歓迎は進み、予定調和のように僕は人混みに酔った。

フラフラと千鳥足でドアに寄りかかる。

じっとしていれば治るだろうと思っていたが部屋の人口密度と薄暗い部屋の中なので余計に悪化する一方だ。

「大丈夫?」

ふと顔を見上げると常盤先輩が夢の時と同じ様に心配そうにこちらを見ている。

「大丈夫です。」

そう言って立ち上がろうとしたがおぼつかない足取りに彼女が眉を潜める。

「大丈夫じゃないでしょう?保健室に行こう。」

腕を引いて彼女は部長に保健室に行くことを部長に大声で言う。

「部長!気分悪くした子がいるから一旦抜けます。」

嗚呼、わかった。と彼はレクリエーションの説明を中断し、了承する。

さ、行こうと彼女は僕を支えて立ち上がりゆっくりと部室を後にした。

廊下に出ると幾分かマシになったが胸がむかむかすることは変わりない。

先輩は僕の顔をうかがいながら大丈夫?と聞きながら肩を貸してくれる。

僕は生返事でうつむくことしかできなかった。

必死に意識しないよう余所事のように考えるしかできない。

顔に血が集まるのを悟られまいと俯いたのもそのせい。

そんなこともつゆ知らず、先輩はガラリと保健室のドアを開けて先生を探す。

「不在かぁ仕方ないね。

えーと、千代田君だっけ?とりあえずベッドに座ってこういったときは安静にしてたほうがいいから。」

不在表をチェックして先生が職員会議に出ている事を確認する。

それから彼女は利用票を探しながら僕に話しかける。

「一年なのに背が高いんだね千代田君って。同い年か一つ下かと思っちゃったよ。」

180近くある身長を支えるのも大変だっただろうに彼女は明るく朗らかに笑う。

「怖くないんですか?僕、臆病な癖にタッパだけはありますからよく怖がられる事もあるんです。」

「だろうね。私の知り合いにも背が高いことかいるし、何と無くだけど千代田君って臆病者というより優しいんだと思うよ。」

振り向きざま、彼女は僕の目に合わせて泣きそうな表情で言った。

何故かその顔が悲しそうに見えて言葉に詰まる。

彼女は何かを知っているのだろうか?

それともその知り合いは既に疎遠になってしまっているのだろうか?

ゲスの勘ぐりで眉間にシワが寄るのを感じる。

「こーら、かっこいい顔が台無しだよ。」

グリグリと眉間のシワを彼女の人差し指がほぐす。

この人のことをもっと知りたい。

何故一瞬だけ悲しい顔をしたのか、僕を一目見て優しいと言ってくれたのか。

僕は勇気を振り絞って口を開く。

「あの、先輩。初対面の後輩がこんな生意気なこと言うなんて烏滸がましいと思うんですが悩みがあるなら言ってください。」

彼女は目を見開いて僕と距離を取ろうとする。

それを逃すまいと思わず手を握る。

「…知らない方がいいこともあるんだよ。」

目を伏せ、気まずそうに呟く彼女の涙を僕は逆の手で拭う。

窓から見えた空は茜色、雲ひとつない空。

「…じゃあ、僕の悩みを聞いてください。」

沈黙を破ったのは僕の方。

彼女は泣くのをやめて顔を上げた。

「可笑しな奴だと思ってもらって結構です。でも先輩になら話してもいいかなって。

僕、小さい頃から予知夢をよく見るんです。

怖いことも楽しいことも全て分かっちゃうんです。今日の出会いも見ました。綺麗な人だなぁって絶対に仲良くなりたいなぁって思っててそれが本当になってとても嬉しかったんです。」

ドン引きするだろうか保健室に行くところは見たけどこの後の事は目が覚めて見ていない。

駄目元で僕のことを話すと彼女は諦めたようにため息をついて横に座った。

「そうだったんだ。同情はしないよ。気持ち悪いとも思わない。

ねぇもっと可笑しなこと言っていい?」

先輩がいたずらっ子のように笑う、艶やかな唇が動くのに見入ってしまう。

保健室の消毒のにおいがより倒錯的な香りを醸し出している。

「あのね、信じられないかもしれないけど私、高校三年間を何度もループしてるの。

千代田君が私に一目ぼれしたのも知ってる、未来が観えるのも知ってるだから不安にならなくてもいいよ。」

フワッと抱きしめられて互いの体温が上昇する。

なぜか先輩のぬくもりがやさしく感じて涙がこぼれてしまう。

しばらくそのまま落ち着くまで先輩は抱きしめながら頭を撫でてくれた。

「グス・・・その・・ありがとうございます。

あの、微力ながら先輩のお役にたてるなら僕の予知夢を利用してください。できることなら積極的に協力させてください。」

お願いしますと僕が勢いよく頭を下げると彼女は困ったように笑って了承する。

「何も覚えてない君を利用するのは心苦しいことなんだけどよろしくね。」

カチリと秒針が部活終了の時刻を指す。

さびれたスピーカーからチャイムが流れる。

僕らはそれで現実へ一気に引き戻された。

「え、わっごめん。私がちゃんと時間見てなかったから。調子はどう?」

「大丈夫です。帰りましょうか。」

荷物を取ってくると彼女が保健室を後にする。

茜色に染まった部屋にひとりきり芽生えたものは恋心。

背中合わせからいつか隣に並べる日が来たらこの気持ちを形にしてもいいのかもしれない。

そう思いながら僕も荷物を持ち、保健室を出た。




 某所のビル、屋上にて。

「特定条件、2つクリア。そろそろ出現するかしら?私たちの代では成し遂げなかったからあの子たちならやり遂げるはずよね。」

螺子巻茅子は半月を眺めながら意味ありげに呟いた。

そして時は進む。

to be continued...


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