第3話
轟々と響く音と、ジェットコースターに乗ったような感覚が暗闇の中であった。
「………………ぁあ…………?」
声にならない呻きは風の音に切り刻まれて分散する。やっと意識がはっきりしだしたとき、彼女は自分の目をこれ以上無いくらいに疑った。
「ひっ、いやああぁあああぁああ?!?!」
空中。掴まる物など当然無く、ただ下に向かい自由落下を続けている。
あの有名テーマパークでも高いところから真下に落ちる乗り物はある。しかし今この状況で安全は保証されていない。シートベルトも固定するものも無い。
__セーフティなんて何処にも無い!
必死に手を広げ、空気の抵抗を大きく受けようと奮闘してみる。だがどうしても地面を背にする羽目になって空を見続けるしかなくなってしまう。
どんよりとした雲の中、ただ下へと落ちる少女。
そして数秒もしないうちにその体は地面に叩きつけ……
……られなかった。
地面と重力に挟まれて潰されるかと思いきや、ぶわりと体が再び浮くほどの風が吹き、砂埃が周りに広がって静かに尻から着地した。
「ひ、ひぇええ…………!」
崩れ果てた仮面の欠片を集めるかのようにせかせかと手を動かし、現状を確認する。
冷たい地を手は滑り、更にそのまま体を触る。
「い、生きてる…………!」
あんなの絶対死ぬかと思った。叫びすぎて喉が痛い。
けほけほと咳き込みながら辺りを見回す。街灯の炎が揺れ、その場自体が死んでいるかのように静まりかえっている。
深呼吸を数回繰り返すものの、やはり不安や焦燥感、そして何故か感じる圧迫感は抜けなかった。
「……どこ、ここ」
此処が何処で何処の国なのかがさっぱりわからない。
ゆらゆら揺れて安定しない街灯は日本の明治自体に似ているし、街は中世くらいで一つ一つが大きい。元いた家と比べれば何処も豪邸に見えるほどだ。
ふと、足元に茜色の光が差していることに気がついた。
「……うわあ……」
一言で言えば、綺麗だった。
真っ赤に染まる空と影が縮んでいく時間。程よく風は吹き鼓膜を震わせる。
その街の風景に目を奪われるが、そんな感動をしている場合ではないと我に返り立ち上がった。
「まあまあ、ちょっと面白そうではないですか」
冒険は大好きだ。未知がどうしても知りたかった。
こんな状況でも好奇心は湧き、次から次へと疑問を抱かせる。
あれはなに、それはなに? これはこれ、どれがどれ。
スタスタと足早に歩き、狭い路地を抜けて広い道に出ようとした時。
「おぉうお早うとっちゃん!」
威勢のいい大きな声が聞こえ、少女を驚かせた。
誰かいたのか。こんな世界に住む奴らは一体…………。
好奇心に身を任せ、路地からちらりと盗み見た。
狼だった。人の様に二足歩行で歩き、服を着て鋭い牙を見せつけて練り歩いている。
「っぶわっ?!」
叫びかけた所で慌てて口を塞いで路地に隠れた。
「あ……? 今なんだの……」
のそりと足音が聞こえた。一方慌てて隠れた少女は混乱する頭を必死に整理しようとしていた。
はぁあ?! 何アレ! 狼?! いや、しかも何?!
普通に喋った! はわわわわ……っ!
前途は多難そうである。
あまりにも非現実的過ぎて、考えがファンタジーに向かい出すのを止めることは出来なかった。
あ、あぁ、そうかわかった。これは夢だ。間違いない。だってなんか気持ちの悪いものに捕まって死ぬかと思ったら空中に居て、落ちて助かるはずはない。
よし夢だ、と思い切ることにはした。
だとすると、隠れる必要はない。しかしおかしな事に気がついた。
「わけないそんなだろ」
「ちゃんとだからってんだ聞こえた」
言葉が繋がっていない。まるで1文を切り刻んで出鱈目にくっつけ直したかのような話し方だ。ここは、そんな暗号のように話すのが流行しているのだろうか。
いや、そんなまさか。
「だった人間確かに!」
いや、そのまさかだ。
「…………」
このままだと捕まる。しかも話し方から見れば恐らく彼らにとって人間とは社会不適合分子。
逃げなければ。そう思った時。
「人間だなあ」
「だ人間」
彼らの会話を聞き取ろうとして注意が散漫になっていた。後ろから迫る影に気づくことが出来なかったのだ。
「……なさそうだでも魔法使い」
「こいこっち」
無理矢理腕を掴まれ、袖をまくられる。
「痛っ……っ! ちょっと、やめ」
「人間だビンゴこいつ!」
やけにその声ははっきりと聞こえた。
まさか。
「だが女でチビ無い喰う場所」
「ない構わ俺下上お前」
まさかとは思うが私を食べる気じゃ……?
「砕く体ようない動け!!」
大きな図体をした鋭い牙を持った化物が、体に対応した木の幹のように太い腕を振り下ろしてきた。
「ひいい!!」
その腕は足下に落ち、地面に亀裂を走らせた。ガチガチと歯が音を立て、うまくかみ合ってくれない。
とにかく逃げろ。死にたくなければ。
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