第4話

「……っ、ひぃいっ! ちょっと、退いて!」

夢だ、夢だ、夢だ。

夢だと分かっていても脚が思うように動かない。頭は判っているのに体がついてこない。

そしてあの2人組が自分を料理にする話をしているのなら、他の奴らもそう考えると思ってまず間違いはない。更には前からも聞こえてくるその声。

「人間だ」「美味そう」「女だ」とずっと周りから聞こえてくる。相手がどれだけの体力があるかは知らないが、彼女自身は運動はあまり得意ではない。

せいぜい人並みくらいで、持久力なんてものは中学校卒業とともに捨てた。つまりは、限界をすぐ迎えることになる。

「……っは、はあ……」

案の定さっさと息が切れ始めた少女は、地形を利用すべく首を振る。その瞬間何かに足を取られ激しく転倒した。

「ッ!」

「黒!」

はぁ?! と口から飛び出しかけた言葉を隠そうともせず口にした少女は足を見た。やはり影のように黒いものが、足を動かせないよう固定してしまっていた。透けて向こう側が見え、しかもなんだかぷよぷよしている。そしてそこにとって付けたかのような口と目がこちらのロングスカートを覗けていたらしく、そう叫んだ。ぷよぷよした物体を全力で蹴り飛ばし、「見せパンだし!!」と叫び返してやる。別に予測していた訳では無い。いや誰がこんな状況を想定できる。

「つうか、全然離れねえんですけど……っ!」

必死に蹴り飛ばして剥がそうとしても柔らかく跳ね返るだけでなんの意味もなかった。その様子を見た黒い物体はニヤニヤと嘲笑いこちらを見つめている。

早くしないと……!

そう思うも時既に遅し。目の前にはあの化け物が広がり、物体と同じく嘲笑の笑みを浮かべていた。聞こえもしない笑い声がそこらじゅうから響きだし、頬を生温い何かが通り過ぎた。

それが涙だったのか汗だったのかはよくわからない。ただ脚部に物凄い衝撃と壮絶な痛みを受けて恐怖がじわりと染み出して全身を包んでしまった。

「~~~~~~~っ!?」

声にならない叫びがその場に木霊する。

「コラなんてめえだ!!!」

そう化け物が叫んだ瞬間、何かが折れるような音と燃えるような音が途切れ途切れに鼓膜を震わせた。

痛みのせいでまともに音も聞こえない。視界は、霞んで景色が歪んでよく見えなかった。


……死ぬほど痛いのに、死ねない。目も覚ませられない。


彼女は初めて人間の体は案外丈夫に出来ていることを知った。今は到底知りたくはなかったが。

脚にかかった重力が軽くなったとき、意識が電源を切るかのように消えた。



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