第27回 辰市城攻防戦
八月に入って間もなく松永が動いた。
順慶の眠りは浅く、日中でもみずからが馬で槍をしごいては敵を逐い、また別の場所では落馬し泥にまみれながらはいずり兵が土を蹴ってかける音に身震いさせるという白昼夢に何度となく襲われ、脂汗をにじませる――そんな鬱屈した気持ちが順慶の中で暴れ回っていた。
人が動く。
城内は昼も夜もなく慌ただしくなるが、恐慌の色はない。
誰もが自分の中でなにかを弾けさせ、それに突き動かされているようだった。
静かな闘志が兵一人一人から感じられ、肌をひりひりとさせる。
主立った家臣たちは一応、落ち着きを装ってはいるが、それでも瞳の奥がぎらぎらとした輝きを放ち、昂奮で燃えたつ。
順慶は具足姿で、いつでも出立できる用意は調えてある。
斥候は絶えずとばしている。
松永軍はおよそ三千ほど。一方の筒井方は千五百。辰市城に籠もる井戸勢が二百あまりである。諸城からの援軍をふくめても二千二、三百ほどか。
しかし数の差などやる前からわかりきっていることで、その事実を改めて報告という形であげられても眉一つ動かすことはない。
救いは三好勢がくわわっていないことか。
久秀としては辰市などという陣屋(じんや)に毛が生えたも同然の砦などみずからが動くことで一蹴し、久秀の首を締め上げようという気なのだろう。
行軍を確認してからおよそ一刻ほどで辰市城攻めが開始された。
太陽が中天に近い、午(うま)の刻(こく)。
城内にうちそろった家臣たちの目が順慶に集まる。
「即座に出陣できるよう準備を整えさせよ。兵には日陰で無駄に動かず、体力を温存せよと伝えよ」
木陰にいても蒸し暑さのつらさは変わらない。しかし鎧をぬぐことはもちろん許されない。戦況は刻一刻と変わる。辰市城はそう長く耐えられる城ではない。
順慶たちが介入することが前提とはいえ兵力のことを考えて数日も保てば御の字か。
禿頭からぷつぷつと玉の汗がふきだし、頭皮をすべりおちる感触がはっきりとわかるほどいたずらに時は過ぎていく。
頻繁に斥候が情勢を伝えてくる。
「敵は辰市城を押し包んでおります」
「まだ城内に突入していないのだな」
「遠目からはまだ破られているようではござりませぬ」
「分かった。引き続き、頼む」
「殿ッ」
重臣の一人が、一向に腰をあげない順慶に厳しい眼差しを注ぐ。
戦装束のままじっとしていることに憤懣やるかたない思いが透けてみえる。
「井戸殿を……お味方をこのまま見殺しにするのですか」
「まだ動く時ではない。それだけだ」
重臣は理解できないとかぶりを振った。
「左近殿からもなにか言ってくだされ」
「……すべてを決定するのは殿でござる」
「みすみす手をこまねいているつもりでござるか」
他の重臣たちからも口々に声があがった。
「殿、本陣から割けなければ、他の城から」
「数が違いすぎる。散発的に兵を出したところで各個に撃破されるだけだろう。勝手なことは許さぬ」
順慶が強い光の浮いた視線を送ると、重臣は飲まれたように口をつぐんだ。
「とにかく井戸殿は松永を相手に何ヶ月も耐えただけの名将だ。大軍に押し包まれてすぐに根をあげるようなことはない。敵がもっと深くまで食いこむまで待つのだ」
順慶は不満顔の重臣たちを持ち場へ戻させる。本陣には順清と左近が残った。
「順清が真っ先に声をあげると思ったんだがな」
順清は肩をすくめる。
「そうしたい気持ちは山々だったけど、ここにいる誰よりも真っ先に飛び出していきたいはずのお前が動くなと言ってるんだ。俺になにが言える?」
「そうか」
「にしても、なにを待ってるんだよ。時期を誤れば、井戸殿をほんとうに見殺しにしかねないぞ」
「機を誤ればこちらが呑みこまれる」
「わかってるさ。でもな、他の家臣たちのことを考えると、辰市城へ近い場所に陣を置いたっていいだろ」
「そんなことをすれば松永はこちらへの備えをつくる。今、必要なのは辰市城を、押し包ませることだ。数は向こうが圧倒的だ。食らいつくまであともう少し。一度城を囲めば、たとえ我らの動きを掴んだとしても容易に部隊を動かせない。それが大軍ならば尚更だし、なにより城との連携を防ぐために包囲は崩しにくくなるはずだ。そこまで深く辰市城を食わせるまで、あと少し……」
「分かった」
順清は本陣を出て行く。
「みな、苛立っておりますな」
左近が扇をあおぎながら暢気に言う。
他の兵士にみせるための演出か、本当にあっけらかんとしているのか、その顔色からは計り知れない。
今回、左近は七十騎あまりの騎馬隊を組織しての遊撃隊を担当する。
馬は興福寺と懇意にしている馬借(ばしゃく)に融通してもらったりしてなんとかかき集めたものだ。
「暑さに苦しめるのも、苛立てるのも生きてるからだ」
「まったくその通りですな。若い殿からの言葉にしては労政がすぎる気がしますが……」
「兵の半分が死ぬことを覚悟している」
「みな、覚悟しております。まあ、この戦だけに限ったことではござりませぬが。順慶様さえ生き残れば、次がある。私が身代わりになろうとも、順慶様には生き残っていただきます。私が死んだ時には織田とともに久秀を討ってくだされ」
「当然だ。そのために織田と手を結ぶのだ」
順慶は自分の口が軽くなっているのを意識する。どうでもいいことをしゃべりすぎていると思っていてもとまらない。しゃべらなければ、暑さと焦りで今にも出陣の合図をだしてしまいそうになる。
影が長くなる。
左近が出て行き、本陣に順慶は一人きり。
水はとっていない。
いつ、“その時”がくるかわからない。
その時に、尿(いばり)で行動をわずかでも遅れるようなことにはなりたくなかった。
夕暮れに近づいた時、伝令が駆けてきた。
辰市城の堀が埋められ、城壁が倒され、ついに城内に松永方が突入したという。
順慶は目をかっと見開き、決然と立ち上がった。
「出陣!!」
法螺貝が吹かれ、諸城へ伝令がとばされる。
待ちに待った合図に城内のほうぼうから雄叫びに似た声があがった。
闘気以上のなにかが声をあげさせている。
体内で熱が凝縮されている。
今なら全軍、火の玉になって戦場を駆けられる。焼き付くたけりで敵を圧倒できよう。
平野を筒井軍の本隊が前衛、中軍、後衛と三段に陣を分ける格好で、辰市城めがけ駆けにかける。
今度の戦は順慶が後方で戦を俯瞰しているというわけにはいかない。大将もまた敵のただなかに進まなければ勝利をおぼつかない。
順慶の心は急き、つい、馬が前衛に近づきすぎてしまう。
「あまり焦るなよ。お前は大将なんだ。それに、そんな乱暴に馬をあつかうな。馬が潰れちまうぞ」
呆れたように順清が馬を寄せてきた。
「そんなことを言いに来たのか。さっさと指揮に戻れ。俺も、戻る」
「はいはい」
「順清、勝つぞっ」
「当たり前だ」
順清はにやりと笑い、馬の足を早め、前衛へ戻る。順慶は馬の歩を弛める。
黒い塊が見えて来た。塊ではなく、人の群だ。わかっていても圧倒される。
辰市城にはまだ井戸勢の旗が翻っている。火縄銃の黒煙がたちこめている。
松永方もこちらに気づいている。
城内に突入せず、外周で囲んでいた兵が動く。本陣を守るようにたちはだかろうとする。
弓が飛んできた。
前衛が乱れるがすぐに立て直して、応射する。
「かかれッ」
法螺の音が突撃の合図を送る。土煙を巻き起こしながら、筒井軍は小さく固まりながら敵陣へぶつかった。
数で劣るものの、動きの速さで補う。
眼前にたちはだかる敵の壁は厚く感じられるが、主力は辰市城に乱入している。
本陣を守ろうと反転しようとしても容易に戻れぬはずだし、その混乱に良弘が介入すれば、順慶に有利にはたらく。
順慶のいる中衛もたちまち乱戦のただなかにはいる。陣は小さくまとめ、それを崩さないまま敵中に居座る。
ばらければ、急を襲ったといえどもたちまち呑みこまれてしまう。
こうして陣を保っていれば、敵は容易に包みこめないはずだ。
馬上より見る。福住順弘率いる後衛もまた敵に食いこむところだった。
飢えた犬のように松永の兵士が順慶めがけ殺到し、槍をつきだす。
僧形の男。順慶の姿は松永方にとっても仇敵。姿は知られている。
順慶は槍をしごき、一人を突き、別のものを槍を薙いで弾く。
馬廻りたちも、襲いかかる敵兵を穂先で貫いた。
さすがに久秀直属の兵だけあって手強い。
仲間の屍を踏みつけ順慶の首を獲ろうとしてくる。
数で押される。順慶に迫る包囲の輪が狭まった。
その時、たちはだかっていた敵軍が揺れる。
左近率いる遊撃隊が側面よりぶつかったのだ。
順慶は馬腹を蹴る。馬廻りたちが中衛の兵士たちが敵の群れを突き抜ける。
反転する。敵の壁は厚い。想定したよりもかなり横へ反らされる格好だ。
本陣へ突入しようという算段が大きく狂わされる。それだけ敵も久秀を討たせまいと必死なのだ。
空は茜に染まり、平野はまるで地より闇が噴き出すしているように黒々とした陰りにつつまれはじめる。
井戸城で焚かれた篝、ほうぼうよりあがる火の手が眩しいほどだ。
兵を引けない。ここで一度中断すれば筒井方は勢いをなくし、数に圧倒されてしまう。
「突っ込め、久秀の首を獲れェッ」
喊声を上げ、一軍すべてが大きな鏃のようになったように松永軍を穿つが、押し返されてしまう。
(さすがは久秀か)
遊撃隊である左近が率いる騎馬は隙をつこうとしているのだろうが、松永方もまた小さくまとまり、容易に近づけないようにしているらしかった。
「ここを先途と心得よ。押せッ」
順慶の叱咤に兵が喊声で答える。
「殿を守れ」
馬廻りが兵卒が侍大将が押し包もうとする敵兵を押し返すが、一人に対して二人、三人と襲いかかられ、次々と倒れていった。それでも陣形そのものは崩さない。
「くそッ」
狭まる包囲に槍を扱くことが難しくなる。
順慶は槍を捨て、刀を抜いたその時、馬が嘶き竿立ちになってしまう。
手綱をしっかりと握ってはいたが、片腕では支えきれず落ちた。
馬の腹に槍がつきたてられていた。馬が横倒しになる。
順慶はなんとか下敷きにならないよう転がったが、
「順慶、覚悟ォッ」
雑兵が襲いかかってくる。
順慶は近づいてくる敵兵と鍔迫り、哮り、蹴り倒した。逆に馬乗りになってその首筋に刃を突き立てた。血が噴き出す。髭に覆われた口から血の泡がふきこぼれる。
柄をしっかりと握ったまま男の手が痙攣を訴えた。
「死ねェッ」
背後から声。振り向く前に、その声の語尾が濁る。
目の端で見ると、馬廻りが全身の体重をかけ刀をその兵に突き立てていた。
「殿ッ」
腕をとられ、引き起こされる。生き残っていた兵士たちが順慶のもとに集まる。
睨み合いなどない。弾けるように敵兵たちがとびかかってくる。
(これまでか)
順慶は恐怖で目蓋が下りようとするのに必死に抗った。
そのとき、雄叫びと共に敵兵の波が切り開かれる。
「順慶!」
「順清ッ」
順清は素早く馬からおりると、順慶に渡す。
順清に率いられた兵士たちが周りの敵兵と乱戦をはじめる。
「一度、離脱しろ」
「お前は」
「ここで踏みとどまるッ」
順清は槍を頭上で振り回し、笑った。
言いたいことはたくさんある。
しかしここでは口を開いている暇などない。順慶と順清はうなずきあう。
手傷を負い、長くは走れぬ兵たちが順清を囲んで守る。
その逞しい背中に胸が熱くなった。
その気持ちを全身へ行き渡らせ、馬腹を蹴った。立ちはだかろうとする敵兵を斬り下げる。振り返る。
敵味方の乱戦する場が遠ざかっていく。
すでに順清の姿は敵兵のなかに埋もれて見えない。
疾駆は五町ほど離れた小さな丘にかけあがるまで弛めなかった。そこから大まかながら敵味方の情勢を見ることができる。
馬廻りたちが一人、また一人と追いついてくる。
半数以上が欠けていた。
それでも順清が切り開いた間隙を縫うようにして、ちりぢりになっていた兵たちも旗を目印に集結を始める。
今さらながら肌が粟立つ。
順清がきてくれなければ、あそこで首を獲られていた。
順慶を討つために松永方は東に兵数が偏り、陣の中央部分が薄くなっていた。
「殿、ご無事で」
左近が駆けつける。騎馬たちが順慶と左近を守るように二重三重に包む。
「順清が……」
言いかけた時、帯のような土煙が視界に入った。
敵陣の中央めがけ一団が突っこむ。
「お味方の援軍でござるッ」
左近がまるで子どものように声をあげた。
順慶を包む兵士たちが歓声をあげる。
援軍は敵本陣へ突っこむ。
楔を穿たれ、陣形は中央から完全に断ち割られていた。
「突撃だ。敵に立て直す隙を与えるなッ」
順慶は叫んでいた。
離そうと思っても離れない、柄を握ったまま硬直してしまった手を高くかかげる。
「無法者どもを生きて返すなァッ」
左近の声は順慶以上に通りよく、響いた。
鋒矢の形になり、かけ出す。
順慶たちもそれにつづく。
今しがた脱してきた一軍めがけ、左近の騎馬隊を先頭にしてぶつかる。
乱された敵軍は騎馬の一撃でたちまちかち割られ、馬によって割られたところに順慶たちは食いこんだ。
それがとどめになり、松永方は潰走する。
まるで古い土壁のようにあっけなく、こうなれば数の差は関係ない。むしろ恐慌の広がる早さ故に崩れる時はあっけない。
順慶たちは追撃し、討ちに討った。
「やった、のか」独りごちる。
左近が馬を寄せてきた。左近の頬は紅潮し、目が昂奮にきらめく。
戦場において感情を表にだすのを順慶は知らない。
「御免」
左近は順慶の手をとるや、力をいれ、柄を握る指を一本一本ほどいていく。
まるで他人事のようにそれを見ていた。やがて刀が落ちる音ではっと我に返った。
「すまぬ」
辰市城の周囲はみわたすかぎり敵味方の屍が山をなしている。
「山田殿の軍は追撃か」
「はっ」
「戻ったら、順清を連れて来てほしい。礼を言わねばならぬ」
順慶は左近と別れ、井戸城へ向かう。
城外はもちろん、城内もまた惨状が広がっていた。
堀は八割方が埋め立てられ、塀はことごとく引き倒される。
小屋のほとんどが焼かれ、崩され、死傷者が一緒の場所にいる。
動ける者は知り合いの名を呼び、負傷者が見つかると、呼び合ってまず抱き起こすことからはじめる。
「順慶殿」
良弘がかけてきた。その顔は煤と血で黒々としていた。そして勝者には似合わぬ暗い顔だった。
「井戸殿、よくぞご無事で」
「……多くの犠牲が出ました。覚悟していたとはいえ私の力不足のためです」
「無茶を押しつけたのは私だ」
「少しでも今日の戦が大和のためになれば、と思うのですが。それにしても久秀の首を獲れなかったことが悔やまれる」
「いや、これだけの勝利を得られた。あとは織田と手を結んでからでも遅くはありません」
下唇を噛みしめる良弘は小さくうなずいた。
「すぐに食糧を運ばせます。よく休んでくだされ」
「感謝いたしますが休んではいられますまい。健常な兵はすでに集めてござる。百名にも届きますまいが、筒井城を攻める際には連れて行ってくだされ」
「かたじけない」
順慶は馬に跨がると、ほとんど砦としての形をなしていない辰市城を出た。
本陣に戻る。
戦は終わってはいない。
忙しなく動き回る兵たちの姿を見る限り、そう思っている者は誰もいない。
実際、終わってはいないのだ。
順慶は本陣で、戦死者、負傷者の報告を受ける。
それを右筆(ゆうひつ)が紙に留め、編成のやり直しを至急させる。
追撃にあたった部隊から松永父子(おやこ)の首を獲ったという報告はあがってこなかった。
念のため、戦場に転がる死体をあらわせてもいる。もしかしたらそのなかに、久秀の首があるやもしれない。
何本めかの薪がくべられ、篝火が爆ぜた。火の粉が暗い夜空へ吸いこまれていく。
順慶はめまぐるしく頭を動かしつづけた。
すみやかに兵を整えなければならない。
松永に息をつかせるわけにはいかない。
槍をしごき、刀を揮っていた時のほうがよっぽど頭の中はすっきりしていたようにすら思えた。
わずかな隙間にさえ苛立ちがこみあげ、情報が遅いと伝令をとばした。
たびたび、久秀の首の動向を聞いた。
それに対する返答は耳に入らず、そればかりを繰り返した。
空白は余計なことを考えさせる。
戦の最中、できていたことがそのやり方を忘れてしまったように余計なことばかりが頭を過ぎった。
左近が姿を見せる。
「なにをしていた。お前がいないと、仕事がはかどらん。尻をたたけ」
「殿」
「……なんだ」
目蓋を閉じてもはっきりと思い浮かぶ。
「首級につきましては織田へ手土産代わりとして運ぶのがよろしいかと。なにせ、裏切り者へ痛打を与えたわけでござりますから」
「そのように頼む。織田とのつながりが大和の命運を握っている」
「はっ」
左近はしかし、その場にとどまったままだ。
「なにをしている」
自分の声が低くなるのを順慶は自覚した。
左近は淡々としている。まなこは先程とはうってかわってまるで冷え切っていた。
順慶にもまた激戦を駆け抜けた達成感は吹き飛んでいた。
戦が放つ気は、返り血以上に粘りつくように身体にまとわりついている。
敵の中に埋もれいく順清の背。
「山田殿の陣へ」
「……そうか」
左近は背を向けて歩き出す。
順慶は膝の震えを押さえるようにたちあがり、追いかける。
順慶の放つ、ただならぬものに兵士たちは道を譲る。
ほうぼうから勝利を祝う兵の声が風にのって聞きつつ山田家の陣に入る。
「順慶様」
はっとして道安がたちあがった。
篝火を反射した黒いまなこが潤んでいる。
順慶は立とうとする道安を座らせ、視線を外した。
視線の先に横たえられた順清がいる。
兵たちは顔をうつむけ、控えている。
彼らの肩は小刻みに震え、洟(はな)をすする音がきこえた。
どれほど順清が慕われていたのかがはっきりと分かるほど、悲しみに包まれている。
順慶は片膝をおり、順清の顔をのぞきこんだ。
土と血に汚れてはいるが、今にも目をあけて飛び起きそうなほど血色は良かった。
心配する順慶を見ようと、演技をしているようだった。
しかしどれほどその顔を見ても、快活な笑顔は浮かばない。
「順清、我らの勝利だ」
握り返してこないと知りながら、その手をきつく握った。
事切れてもなお、槍を握ったまま放さなかったという指先は中途半端に丸まったまま。
敵に埋もれる順清の背が目蓋の裏にはしっかりと残っている。
「……愚息は戦い抜き、武人として逝きました。大和のために逝けました」
目は潤んでこそいるが、その口調はしっかりとしていた。
順慶は陣を出た。
「負傷者を城へ戻し、武具の確認。すみやかに出立する。――目指すは筒井城だッ!」
浮き足立っている敗軍ではたとえ兵数で勝っていようとも籠城もままならないだろう。
しかし斥候(せっこう)が運んできた情報は、筒井城に松永方の姿はないということだった。
それでも不用意には動かず、念には念を入れ、各方面に斥候をとばしたが、どこにも敵兵の姿はなく、城からの抵抗もなかった。
松永は城を捨て、順慶はそれをたやすく拾った。
松永にとっては筒井城では支えきれないと判断したのか、多聞・信貴山におちていったらしい。
あっさりと筒井城を取り戻したことには拍子抜けしたが、助かったという気持ちはやはりぬぐえない。
少しでも兵を休ませたかった。
筒井城に落ち着いてからも伝令はたびたび届けられた。
追捕のために街道をおさえた筒井方からだった。
久秀や息子の久通(ひさみち)を討ったという知らせはやはりなかった。
だが松永方の再起はかなり難しいだろうというのが左近以下重臣たちの読みである。
辰市城でのぶつかりあいによって松永方の一族や名のある者を討ち取り、松永方の直属の兵にも多くの死傷者をださせている。
兵は頭数をそろえればいいというものではない。
それを指揮する者、あうんの呼吸で動ける兵が大切なのだ。
筒井方も順清をはじめとして犠牲者が多いものの、それでも一時は松永方に寝返った一族のものも戻りはじめている。
(順清、お前の分までは俺は生きよう。大和の平安を築いてみせよう……)
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