第11回 東大寺

 翌朝、順慶は共の者をつれ、東大寺へ向かった。

 

 久しぶりに晴れ間がのぞく。

 戦場でなかったら空を見つつ大の字になって寝転がりたいような陽気だ。

 東大寺から特にこれという報告が入ってきたわけではなかったが、先の寺院の焼き打ちがいつまでも心にひっかかり、自分の目で確かめないわけにはいかなかったのだ。

 

 寺の門前で長逸の許しがなければ入れないと止められ、半刻ほど待たされてようやく境内に入ることができた。


「なんだ」

 兵が二人着いてくるので振り返った。


「ご案内をと申しつかっておりまする」

「はじめて来たわけではない。そなたたちよりもよく知っている」

「いえ。松永と対しているのでござりますれば、筒井様にもしものことがあれば一大事と我らの主人にとくと申しつかっておりますので」

 ものはいいよう。要は監視だ。

 順慶の供回りは皆、横柄な三好の兵に対して悪感情しか芽生えないらしい。

「まるで我が物がおではないか。殿がいなければ入れなかったものを」

 共の一人が背後にいる兵に聞こえぬよう囁くような声で言った。

「やめろ」

「ですが、殿は三好の部下ではないのですぞ」

「やめろと言っている。今は久秀討伐のために合力しているのだ。いざこざは避けろ。どうせ連中になにを言っても無駄だ。苛立つだけ無駄だ」

 しかし寺内を見れば見るほど腹立たしさは増すばかり。

 何百年という歳月が立った建物に平然と背中を預け、あぐらをかいて座り、火縄を立てかけている姿などはさすがに目にあまる。

 そこに古刹に対する尊崇の念は少しもない。

 兵は将を写す鏡――。

 ここにいる兵はまさに将の心そのもの。

 やはりけだものだ。

 順慶たちは大仏殿まで足を伸ばす。

 周囲には兵が身体を休める小屋がいくつも建っていた。


「なんという……っ」

 共の一人が呆れ果てたという風に呟いた。

 

 盧舎那仏がおられるのだ。

 だというのにその存在を無視して寝そべり、いびきをかいているものまでいた。

「…………」

 順慶は殴り、蹴り飛ばしてやりたい衝動に襲われたが、必死にこらえた。

 自分が激情にかられてはなにかもおしまいなのだ。

 

 順慶たちは大仏殿へと足を運ぶ。

 戦の待っただ中であることを考え、中に立ち入る真似はせず、外で手を合わせるにとどめる。

 大仏殿の周囲にいた兵が法体で鎧をまとっているのが珍しいのか、順慶一行へ好奇の眼差しを向けてきた。

 と、大仏殿の回廊にいくつも箱が置かれているのに目を留める。

「あれは?」

 ついてきた二人の兵卒に尋ねた。

「火薬ですが」

「ここは大仏殿だぞ!?」

「承知しております」

 だからどうしたと言わんばかりだ。

「場所を変えてもらいたいのだが」

「我々にはそのような権限はありませぬ」

 慇懃無礼とはこのことだ。

 順慶はたまらず声を荒げる。

「誰がお前たちに頼んだッ!

 三好殿に連絡でもなんでもとって場所をかえてもらいたい!!」

 さすがに兵たちはむっとしたようだ。目に露骨に侮蔑の色が浮かぶ。

「筒井様、ここにおくことに関しては東大寺より許可を得てしているのでございますぞ」

「何!? 許したのか」

「でなければ置きませぬ」

 優越感を感じさせる笑みを兵たちは浮かべる。

「……許可がおりたなら言うことはない」

 順慶は背中を向け、黙って立ち去るざるをえなかった。

「……順慶様、今のはほんとうなのでしょうか」

「本当であろう。なだめすかし、東大寺の弱みにつけこんだのだろう……東大寺も、松永をそれだけ恐れているということ、だが」

 

 守られているのか、蝕まれているのか。

 東大寺のひどいありさまを順慶は憂い、三好という餓狼を恃まなくては国一つ守れぬ己の不甲斐なさに臍をかんだ。

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