第3回 三好三人衆
四月。藤政は大和へ大挙してやってきた三好(みよし)軍の先導をするため迎えに出た。
筒井家は二千あまり、三好方はおよそ五千。
藤政がこうして直(じか)に三好の三人と対面することになるのははじめてのことである。
河内(かわち)近辺の争いの状況など行商人や放っている草の者たちから情報が入ってくるのを総合して、久秀に一歩も譲ってはいないことからかなりの戦略眼をもっているのだろうが、将軍殺しや新将軍を路傍の石のごとく扱っていることがどうしても引っかかってしまう。
「殿、どのようなことを言われましても顔には決して出さぬように」
家臣の主立ったものを引き連れての会見である。
「……分かっている」
左近は数日前から、そうしつこくくりかえしてきた。
他の重臣たちも同じで、藤政は口を開かれる前に分かっているから黙れと睨みつけたことも一度ではない。
「筒井藤政である。三好殿にお取り次ぎ願いたい」
家臣が三好方の取り次ぎに言う。
さすがに三好方は人数が多いだけに本陣まで行くのも一苦労である。
そしてどの兵も少年のような童顔の藤政の若さに驚いた顔をし、ちらちらと好奇の視線を注ぐ。
「左近、このまま着かぬのではないかと心配になってくる」
藤政は三好の三人と会う前から気疲れを覚えた。
ようやくそれらしい陣幕が見えてくる。
藤政は唇を引き結び、陣羽織(じんばおり)の襟(えり)を引っ張った。
「失礼つかまつる。筒井藤政でござりまする」
呼ばわり、藤政が一人で入る。
そこには三人の男たちが堂々としたたずまいでそろっていた。
「おお、そこもとが筒井の若殿か」
中央にいる、目のぎょろついた男がだみ声を響かせた。
「若い若いと聞いてはいたが、まだ子どもではないか」
左に控えた男が馬鹿にしたように鼻で笑い、八の字に生やした髭の先をいじる。
「戦の経験はあるのか。長逸、本当に大丈夫なのか」
右側の細面で狐のように目尻のつりあがった男は、爪先から頭の天辺までを眺める不躾な視線を向けてきた。
(こいつが長逸か)
藤政はだみ声の男を見る。
これが三人衆の筆頭、三好長逸(みよし ながやす)だ。
「二人とも、よさないか。我らはこれより手に手をとりあい、憎き久秀めを討たねばならぬのだ。のう、藤政殿」
「はっ」
「そう硬くならず。我らは共に一軍を率いる者同士、腹を割らねば」
長逸は鷹揚に言うと、歯を剥きだして笑い、手を鳴らす。
藤政は三好の兵が運んでくる床机(しょうぎ)に腰を下ろす。
さすがにこうして相対(あいたい)すると威圧感はぬぐえなかった。
「儂(わし)は三好長逸、これが盟友の三好政康(みよし まさやす)、石成友通(いわなり ともみち)」
髭(ひげ)を神経質そうにいじっているのが政康、細面が友通。二人はでんと構えている。
「さて。藤政殿は城を逐われたと聞いたが」
「今は義弟(おとうと)の城に身を寄せておりまする」
ふん、と政康が嘲るように鼻を鳴らした。
「うむ。不遇の身でありながら軍勢を整えられるとは未だ大和が筒井殿を見捨てておらぬ証拠。頼もしい限り」
長逸は相好を崩す。
すると、友通はしわぶきを漏らし、「よいか藤政」とまるで窘めるように言う。
「我らには上様よりくだされた松永討伐の御教書(みぎょうしょ)がある。松永めは先の将軍、義輝(よしてる)公を討った稀代(きだい)の大罪人(たいざいにん)。天下のためにも討たねばならぬ。そして我らが目的は畿内に平穏を取り戻すことである。ゆめゆめ自領の回復に固執するあまり機を逃さぬよう気をつけるのだぞ」
「よせ、友通。一国一城の主として城を回復したいと思うのはおかしなことではない。もちろん筒井殿の城の奪還もなす。そうすれば大和にいるであろう松永めに抵抗する与党の士気は高まるであろうからな。しかしこたびの戦の第一は松永を討つことにあること、お忘れめされるな」
「ははっ」
藤政は何度も頭をさげるうち、政康、友通を悪役として長逸が小細工で己の印象を良くしているのではないかという疑念をもった。
相手はそういう芸事をする油断のならない相手だということを改めて、己に言い聞かせる。
「長逸殿。一つ、よろしいでしょうか」
「うむ、なんなりと」
長逸は上機嫌にうなずいた。
「書状には先導を、とありましたが」
「主に戦うのは我らの軍であるが、兵粮などの手配はもちろん、大和はなにかと複雑な土地であろうから、筒井殿には是非、我らの行軍(こうぐん)が滞らぬよう配慮してもらいたいのだ」
要は使いぱしりをしろということだ。
「畏まりました」
「ひとまずの目標としては多聞城を裸にするため、周囲の掃除をする。筒井殿、それでよろしいな」
「ははっ」
否定などされるはずもないと長逸はにんまりと笑う。
それではじめての会見は終わった。
「まずは無事に終えられようで重畳(ちょうじょう)ですな」
帰路、左近は胸をなで下ろしたようだった。
「それで、三好の大将はいかがでござりましたか」
「我らを小僧のつかいとでも思っているし、将軍の御教書(みぎょうしょ)のことも申していたな。ふん、担ぎ上げたお飾りに出させたもののくせに図々しい。あんな者どもが畿内を制しては松永がなくなろうと天下も騒いだままであろう」
「なるほど。それで筒井の城のことは」
「落とすとは言っていた。が、まずは松永を討つのが先決だともな」
「間違いではござりませぬな。松永が討たれれば寝返ったものどもは立ち枯れるしかござりませぬから」
「ともかく、少しでも早く大和を平穏無事にする。他のことはすべて後回しだ」
藤政は決然と言い、馬上の人となった。
三好軍はさすがに松永との戦に明け暮れていただけあって精強であった。
いろいろと鼻持ちならぬところはあったが、長逸らは暗愚ではない。奈良へ入るなり、多聞城(たもんじょう)周辺を堂々と行軍、付近を焼いて、南を抑える美濃庄城(みのしょうじょう)へと圧力をかけた。
久秀が多聞城より打って出てくる気配はなかった。
久秀から見捨てられたとでも思ったのか、美濃庄城から降伏する旨が伝えられた。
「――久秀め、城に籠もって震えていたか!」
上座を締める長逸は美濃庄の広間で開いた宴の席で口の端をもちあげれば、その場にいるものたちはやんやの喝采をあげる。
長逸の左右を固める政康、友通も上機嫌で杯(さかずき)を重ねる。
しかしそこは戦陣にあることを忘れぬようで酔った様子はない。
下座の一画を占める藤政も酒はなめる程度。
酒が弱いわけではない。
杯を傾ける手が重いのはまだ戦が序に入ったばかりであることもあるし、なにより久秀の動向に首を傾げているからだ。
「なぜ松永は城より打ってでなかったのでしょうか」
藤政は考えつづけていたことを口にする。
「簡単なことだ。松永は我らの大兵に臆したのだ」
友通がつりあがった目尻を弛める。
「あれも戦がうまいとは言われておったが、それもすべては我らが殿、長慶(ながよし)様の後ろ盾があればこそよ。今や、あやつが頼むところは己一人。早晩、死に装束でも着て命ばかりは、と助けを請うてくるであろうよ」
髭をしきりに撫でなで政康は笑った。
「筒井殿は相当、松永めに痛い思いをさせられているご様子。必要以上に相手を大きく見てしまうのではないかな」
長逸が年長者の余裕をみせるかのようにぐっと杯を呷る。
悔しいが長逸の言葉は間違ってはいない。藤政の脳裏には絶えず、居城を逐われた記憶が生々しいことは否定できない。
「敵を侮ること、そして敵を必要以上に評価すること、それはどちらも危うきことであると心得よ」
「ではこのまま多聞城を攻めるのでござりますか」
長逸はかぶりを振った。
「慌てることはない。多聞城はおいそれと攻められるものでない。急いてし損じては面白くない。ここでじっくり周りの松永与党を攻め、裸にしていく。筒井殿のお力がますます必要になりますぞ」
藤政は長い酒宴を過ごした・・・。
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