葬送

第57話「これですべて終わりだ」

 ちょうどその時、外で車の気配がしたかと思うと玄関から慌てた様子の足音がして、健司が姿を現した。健司は一縷の望みを託して救急車を呼ぼうと立ち上がった良広と、仏間の入り口で真正面からぶつかった。カンナとどことなく似た雰囲気を持つ健司を前にした良広は、年甲斐もなく泣きそうな顔で健司を見、唇をかみ締めた良広は健司の足元に崩れて俯きつつ首を振った。健司は荷物を手にしたまま、終始呆然と立ち尽くした。健司は、良広の様子から咲が死んだのだと思ったが、理解するまでに時間がかかった。カンナは咲を救う手だてを既に持っていて、その決心も揺るぎないものだった。それなのに、何故咲が死んだのか分からなかったからである。しかし仏間に目をやれば、咲が布団の上で「老婆」のような姿で横たわっていた。カンナは光介に支えられながら、咲の死体を見つめていた。


 良広は妹の死体をこれ以上晒しては置けないと、布団に包み込んだ。カンナは蝶を赤い花の痣の上に止まらせたまま、咲の布団の隣に敷いてあったもう一つの布団の上に立った。


「やられたよ。このクソ虫、思った以上に知能つけてやがった」


カンナは自分の首元にとまる黒い蝶を握りつぶす仕草をしたが、蝶に触れることはかなわなかった。立体的な影のように、カンナの手は蝶をすり抜けて強く握られただけである。それでもカンナは声を立てて笑った。


「でも、これで全て終わりだ」


 カンナは自分が立っていた布団の中に入り込み、寝たままで光介に「水を」と頼んだ。言われたとおりに光介が持ってきた水を、カンナは布団から起きることはせず、光介に支えられて飲ませてもらった。すると不思議なことに、久々に自分の血華の血を得ていたカンナの蝶が、忽然と空気に溶けるようにして姿を消したのである。それを見届けた光介が頷いて無言の合図をカンナに送ると、カンナは静かに瞳を閉ざした。良広は一体何をしているのかと言いかけたが、妙に厳粛な雰囲気に言葉を発することはおろか、身動き一つできずに息を呑んだ。まるで、カンナが死んだように見えたからである。光介はカンナの体を起こして着物を裏返しに着せ替えた。健司は荷物の中から一手藁に紙を巻いたものを取り出し、カンナの枕とそれを取り替えた。その間に光介は屏風を運び込み、これも逆さにして置いた。健司が次に取り出したのは喪服と弁当箱であった。健司は喪服を良広に渡して、これに今すぐ着替えろと言い、光介には弁当箱の中の団子を膳に持って来いと指示を出した。健司自身はロングコートの中に既に喪服を着込んでいた。光介もまた、団子を膳に持ってくるときにはもう既に喪服に着替えてきていた。あたかも光介や健司、そしてカンナは初めからこの奇妙な葬式をするつもりであったようだ。光介は膳を仏壇の前に置いたが、健司はそれをカンナの枕元に置き換える。これだけ周りが騒々しいというのに、カンナは眉一つ動かさなかった。眠っているにしては呼吸もやけに静かで、本当に息をしているのか怪しいほどである。良広は、ふと思い出した。「死水」といって死期が近づいた人間は水を欲しがるということを。そして地獄蝶は契約相手の血華が死ぬ直前には一足先にあの世に行くと言われていることを。


 かくして、カンナの「葬式」は始ったのである。

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