第42話「良かったら、家に来てください」
「光介。お前、北海道に帰るんだろ? 僕を連れて行け。お前は千房に借りが出来 た」
カンナは、何処にそんな気力を秘めているのかと思うほど強い光をその瞳に宿して、光介を睨んだ。とても貧血で起き上がることさえままならないような、人間の目付きではなかった。
「光介、僕は借りを返すことを要求しているんだ。恩を返される立場の人間が、返すことを要求した時点でそれは恩じゃなくて借りになる」
光介がわずかに身構えてしまったカンナの瞳に宿る鬼気迫る強い光は、カンナがそれほどに追い詰められている証拠であった。しかし、健司がようやくそれに割って入った。
「カンナ、光介君が困っているじゃないか。後で父さんと行けばいい」
「すぐでないと、捕まる。日に日に強くなってるんだ。あいつの気配」
それに北海道がいいと思ってるんだ、とカンナは言う。地獄蝶はナガサキアゲハに似ている。もしかしたら、地獄蝶が零落してナガサキアゲハという虫になったのかもしれない。そして、血華が自分の手の届くところに戻ってくると、ナガサキアゲハは地獄蝶に戻れるのではないだろうか。だとしたら、ナガサキアゲハの北限より北に行けばいい。カンナはそう考えていた。カンナが地獄蝶を見分けられない状況では、それが最良の方法である。
「北限……、今は関東か。わざわざ北海道に行くことはないんじゃないか?」
「でも、石橋は叩いて渡らないとね。北海道は元々他民族の土地だ。それが地獄蝶への障害になることを願うんだけどね、僕としては」
おそらく、それを加味して光介の先祖は北海道に移住したのだと、カンナは確信していた。
さらに、北海道といえば、多くの隠れキリシタンが、長崎から流刑となった土地ではないか。北海道はかつて蝦夷地と呼ばれ、松前藩が広大な蝦夷地の一角を占めていた。多くのキリシタンが禁教初期に長崎から、弾圧がない津軽へ流刑になった。やがて津軽でも弾圧が始まると、隠れキリシタンは金堀人夫として松前、つまり、かつての蝦夷地に送られている。上手くすれば、守りながら攻めることも出来るかもしれないと、カンナは一石二鳥を目論んでいた。
健司が溜め息混じりに何か言おうとしかけた時、何か考え込むように黙っていた光介が先に口を開いた。
「良かったら、家に来てください」
光介の家には今ちょうど部屋が余っていた。何故なら昨年母親が亡くなり、父親が入院中だからである。今回短期ではあるが旅行に出てこられたのは親戚に父親の看病を任せられる人がいたからで、どうしても一度長崎に行きたいという光介の希望をその人が後押ししてくれたからだ。
「本当によろしいんですか?」
戸惑う健司に、光介はにっこりと微笑んだ。
「もちろんです。同族意識というわけではないんですが、初めて会ったカンナ君とは何故か親しみのようなものを感じるんです。是非」
「私はすぐには行けませんが、カンナだけでもお願いできますか。何かと不躾な奴ですが」
「光介、変な気起こすなよ。僕にはそっちの気はないからね」
早速の不躾ぶりを健司がたしなめるが、カンナはどこか嬉しそうに光介には見えたので、光介のほうも胸を撫で下ろした。
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