第28話 耳をすませ【藤城慎一】
楠見さんが、壇上に登る。ぱっと見には熱があるなんてわからないくらいしっかりとした足取りだ。
僕と道家、日野先輩はホール最前列で待機している。もし何かあった場合は、すぐにフォロー出来るようにするためだ。
すごいな、楠見さん。さっきは自分は弱いなんて嘆いていたけれど、そんな事はない。どうか、彼女の強がりが報われますように。
ここまで来たら、僕たちには見守ることしか出来ない。
楠見さんの話を聞いたあと、日野先輩の行動は迅速だった。運営の先生にかけあって楠見さんが医務室のベッドに寝られるよう手配したり、少しはものを食べないと持たないということで、食べられそうなものを買って来るように僕らに指示を出した。
いつの間にか顧問の古谷先生にも上手いこと話をつけたようだった。
指示された食べ物を買ってくると、楠見さんは医務室のベッドで眠っていた。出番まではまだ少し時間がある。よかった、ちゃんと休めているらしい。
僕は付き添っていた日野先輩と一緒に、一度医務室の外に出た。
「医務室のベッドなんて使って大丈夫なんですか?熱があるってばれたら出場停止になるんじゃ...」
「多分大丈夫だと思う。楠見さんは先生の前ではまた強がって見せてたし、実際緊張で具合が悪くなる子はたまにいるの。…それに、少し無茶してでもちゃんと休まないと、本番まで持たなさそうだったしね」
「…先輩、ありがとうございました。僕がお礼言うのも変な話しなんですけど」
先輩はゆっくりと首を振る。
「いいえ。こんなことしちゃって、部長失格だわ。部や学校のためには何を言われても止めなきゃいけなかったのに…。私もだめね」
淡々とした口調から、本気で自分を責めているのだと伝わってくる。先輩は何も悪くないのに。僕は言わずにはいられなかった。
「そんなことありません…!少なくとも僕は、先輩が部長で良かったと思ってます」
「…ありがとう」
そして出番が近づき、日野先輩が楠見さんをホールまで連れてきた。楠見さんは先ほどより顔が赤くなっていたけれど、少し休めていくらか元気になったようだ。
これから原稿とストップウォッチを持って、発表のために壇上へ向かう。
「先輩、みんな、私のわがままを聞いてくれて本当にありがとうございました」
僕ら1年生はその言葉が照れくさくて表情が緩んでしまったけれど、日野先輩だけは厳しい表情のまま楠見さんを真っすぐに見つめてこう言った。
「お礼はまだ早いわ。発表の場に立つからには、最後までしっかりやりなさい。部のみんなのために、と言いたいところだけど、なによりもあなた自身のために」
楠見さんも真剣な顔で頷く。それを見届けると日野先輩も、いつもの優しい笑顔を見せて。
「それでも万が一、何かあった場合は部長として私が責任を取るから。心配しないでいってらっしゃい」
「はい…!」
頑張れ、楠見さん。きっと今、北葉高校放送局の気持ちはひとつだ。みんな、祈るような気持ちで彼女の発表に耳をすます。
「132番、北海道立北葉高等学校、楠見夏樹」
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