第20話 空耳【三吉千里】

 ついに大会前日。私たちアナウンス部は、明日の大会に向けて発表会形式で練習をしていた。

 スタンドマイクを置いた発表者用の席を作って、1人ずつ皆の前で読んでいくのだ。ほんの数人の部員しか見ていないとはいえ、こう改まった形になると緊張する。目立つのは相変わらず苦手だ。

 昔から本番には弱くて、なかなか練習通りにいかない。こんなんじゃ大会が思いやられる。

 一巡目の発表で既に先輩から、いつも通りで大丈夫だからリラックスして、と注意を受けてしまった。

 私が凹んでいる間にも発表練習は進み、楠見さんが二巡目を読み終わる。読み終わったらそれぞれ講評し合うのだけど、これもまた気が重い。

 だって、私よりも明らかに上手い2人に何を言えばいいというのか。

「どうでしたか?」

「んー、楠見さんは時間を気にし過ぎかも。時計をちらちら見て調整しようとするから、読む速度にばらつきが出ちゃってる」

「わかりました…」

「三吉さん、何か気付いたことはある?」

「え、えーと、特には...」

「じゃ、ちょっと休憩にしましょうか。15分後に集合ね」

 そう言うと先輩は、ミキサー室で編集を続けている藤城君の様子を見に行った。

 昨日彼が放送室に戻ってこなかったときはどうなるかと思ったけど、うまく先輩が説得したらしい。今は日野先輩や榊先輩にアドバイスをもらいながら今ある素材だけでどうにか場面を繋げないか試行錯誤しているようだ。

 よかった、私もあのドラマが完成しないのはやっぱり悲しい。

「ふぅ...ちーちゃん、飲み物買いに行かない?」

「あ、うん行く行く」


 北葉高校にはパンや文房具などを売っている購買がある。校内で唯一食べ物が買える購買は昼休みが始まると生徒でごった返すのだけど、放課後はもう店じまいしているので周囲は閑散としていた。1階で校庭に近いので、外で運動部が練習をする声がかすかに聞こえてきた。

 私と楠見さんはその購買の横にある自動販売機でふたりともミネラルウォーターを買う。100円で500ml入りで、高校生の財布にも優しい。

 練習中に買うのはもっぱらこのミネラルウォーターだ。ジュースは飲むと余計喉が渇くし、炭酸は喉に刺激が強いからあまりアナウンスにはお勧めできないって楠見さんが教えてくれたからだ。

 私たちふたりは、購買近くに設置されてるベンチに腰掛けて休憩することにした。

「明日だねぇ、大会」

「そうだねぇ」

 気のない会話だった。やわらかい春の日差しが窓から校内をぽかぽかと暖めている。

 それは明日への緊張で固くなっていた私の気持ちを少しだけほぐしてくれた。

「藤城君は、大丈夫かなぁ」

「どうだろうね。藤城ならなんとかしそうな気もするけど、昨日のあれ見ちゃうと案外子供っぽいとこもあるみたいだし…。拗ねてなきゃ良いけど」

「道家君の方は思いっきり拗ねてそうだよねー。前日なのに今日放送室来てないし」

「あ、道家今日は休みらしいよ。風邪だって。体育の時間にあいつのクラスの子が言ってた」

「えー、明日本番なのに。それはちょっと可哀相かも」

「まあ道家のことだから単にサボりかもしれないけどね。でもちょっと...けど…」

「え?」

「あ、ううん。なんでもない。そろそろ戻ろっか」

 楠見さんはペットボトルのキャップを閉めて立ち上がると、すたすたと行ってしまう。私は楠見さんを慌ててを追いかける。

 やっぱり楠見さんは最近おかしい。さっきのは聞き間違いだろうか。

 小さな、独り言のようなつぶやきだったけど"羨ましい"と、そう聞こえた。でも楠見さんがそんなこと言うはずがない。きっと私の聞き間違いだろう。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る