第18話 ノーデータ【藤城慎一】

 まさかと思い何度も確認したけれど、現実は揺るがない。

 机に置いておいたビデオカメラが見当たらなかったときは、特に何も思わなかった。そのあと直ぐに、スタジオでNコン用にまとめた荷物の中から見つかったからだ。

「くそ、なんでだよ」

 撮った映像が、消えている。見つけたビデオカメラを専用のケーブルでパソコンに繋いで、撮影したデータを取り込もうとして気が付いたのだ。

 昨日撮った映像がビデオ内蔵のメモリから綺麗さっぱり消えていた。消えた映像は、役者は登場しないけれどシーンとシーンの繋ぎには絶対に必要な映像だった。問題のシーンを撮影した日はたまたま雨だったため、繋ぎ用の映像も雨じゃなければ不自然になる。大会までに雨が降らなければ無理矢理別の映像で代用するしかないと思っていた。

 そう諦めかけていたところでようやく昨日雨が降ったのだ。それなのになんで…。

 あまりの出来事に呆然としていたところに、道家が放送室に戻ってきた。慌ただしく靴を脱ぎミキサー室に入ってくる。

「あっぶねー、財布忘れちゃったよ。ん、どしたん藤城?」

 端から見ても今の自分はいつもと違うらしい。道家の軽いテンションに合わせて笑う事も出来なかった。

 返事も出来ずにただただ見返していると、道家が怪訝そうに訪ね直してきた。

「何?マジで何かあった?」

「昨日撮ったはずの映像がないんだよ。消えてる」

「え」

 道家も事の重大さに気付いたらしい。だけどそれは僕とは違う意味で、だ。先ほどとは打って変わって、引きつった顔で僕を見つめていたが、やがて視線をそらすようにうつむいてしまった。

 普段の僕ならその表情で少しは察せられただろう。自分はどちらかと言えば察しの良い方だと思う。しかしこの時はショックで何も考えられなかった。

 道家がのろのろと口を開く。

「わるい、それ、多分俺が消した」

「は?」

「ごめん」

 オレガケシタ?道家の言うことを理解するのにやけに時間がかかる。俺が消しただって?何を言ってるんだ。

 まだ知り合って2ヶ月そこそこ。それでも一緒に撮影していくうちに打ち解けられたと思っていたのに。なのになんなんだこれは。

「なんで消したんだよ!」

「だから悪かったって言ってんだろ!もう取り込んだと思ってたんだ!俺らがNコンの準備してたのは知ってるだろ!大会ではたくさん記録撮るから、データを一度空にしとけって先輩に言われて…」

「ひとこと声をかけるくらいしろよ!」

 掴み掛かりこそしなかったが、どうしても声が荒くなる。感情が抑えられない。

「だから、悪かったって...」

 拗ねるように視線をそらして言う道家にも無性に腹が立った。それで謝ってるつもりなのか。

 その一方で、これは事故だ、仕方が無い、落ち着けと叫ぶ自分が頭の片隅にいる。けれども、どうしても腹の虫が収まらない。

 そこへ、スタジオで練習していた日野先輩が騒ぎを聞いてやってきた。

「何?いったいどうしたの?」

 僕は何も説明する気になれず、早口に「…道家から聞いてください。すみません。ちょっと、頭冷やしてきます」と言って放送室を飛び出した。急いでその場を離れないと、誰彼かまわず酷いことを言ってしまいそうだった。

 廊下をずんずん進みながら、放送室の防音扉がいつもより重々しい音を立てて閉まるのを背中越しに聞いた。

 その日、僕は放送室には戻らなかった。

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