第15話 ヒロイン【秋葉文乃】
あくびが出る退屈な日本史の時間、私はこれまでの事を思い返す。こんな漫画みたいな設定、ホントにあるんだなぁ。私がヒロインで、八代先輩が主役だなんて。
もちろんこれは、部活で作る事になったドラマのハナシ。藤城がミーティングでドラマを作りたいと言い出した時はフツーに無理でしょなんて思って、冷めた目で見ちゃったけど今は感謝してる。
だって4月中はなかなか会えなかった八代先輩と、堂々と会える口実を作ってくれたんだから!しかも先輩が片思いする幼なじみ役だなんて気が利いている。ありがとう藤城!私頑張るから!そんな本音も手伝ってか、私はすんなりと役になりきることが出来た。いや、なりきるというか心情的にはヒロインと同じようなものなんだから適役だったと言うべきか。
「秋葉さんが役を引き受けてくれて助かったよ」
藤城のほっとした声を思い出す。ゴールデンウィーク明けのミーティングで、藤城が持ってきた脚本をもとにキャスティングが行われた。私が選ばれた理由はぶっちゃけ消去法だった。
ビジュアル的に言えば、ジャンルが違うにせよ、悔しいけど日野先輩には及ばない、かもしれない。しかし先輩や楠見さん、ちーちゃんはアナウンス部としてNコンの練習が忙しいのであまりドラマ制作には関われない。ラジオドラマは場所の移動がないのでかろうじて参加出来るけど、色々なロケーションで撮る必要があるテレビドラマは時間がかかり、参加はなかなか難しいらしい。
そこで、アナウンス部ではなく技術部の(これも微妙な位置づけだけど…)私が選ばれたのだ。最初に選ばれた時はあまり乗り気じゃなかったけど、そのあと主役に八代先輩が選ばれてからはウッキウキだった。だって先輩に、
「大丈夫か!?」とか
「何かあったらちゃんと俺に相談してくれ」とか
「俺は、ずっとお前のことが…」とか
そんなことを真面目な顔で言ってもらえるだなんて夢みたい!
役の影響で、先輩がホントに私のこと好きになったりしないかなぁ。先輩演技上手いけど、実は演技じゃなかったりして…なーんてやだ、照れちゃうよもー!おっと、あまり妄想し過ぎると顔がにやけちゃう。自主規制自主規制。
それにしても、あの藤城がこんなお話を書けるだなんてちょっと意外だよねぇ。まるで少女漫画じゃん。
あーぁ、撮影の続きしたいなー、早く放課後になんないかなー。
と、思ってたんだけど今日の撮影に八代先輩はいないらしい。
今日は私、藤城、道家に助っ人の三吉さんの4人で撮影するみたいだった。正直テンションはだだ下がりだ。
撮影場所は学校の近所の住宅地。悪役である委員長こと道家がヒロインの私を尾行するシーンを撮る。道家は事前に指示された通り、私服や帽子を用意していた。全身黒づくめにサングラスと場違いに白いマスク…。その姿は、端から見たら明らかに不審者で明らかにやり過ぎだった。それを見た藤城は何か言いたそうな顔をしていたけれど、時間が無いことを考えてか何も言わずに撮影の段取りを説明し始める。
「じゃあ、道家はそこの電柱の影で、秋葉さんはこっちから向こうへ歩いていってくださーい」
指示を出しながら藤城は三脚をつけたカメラを持ち、撮影にちょうど良いポジションを探している。ちょっとカメラを覗いては、三脚を移動しての繰り返しだ。
その間、私と道家は手持ち無沙汰だ。暇だし、スマホを取り出そうとポケットに手を入れた所で道家が話しかけてくる。
「お前さぁ、八代先輩いる時といない時でテンション違い過ぎだろ。声変わってね?」
「は?いいじゃん別に。ダメ?」
「ダメじゃねーけどさー。八代先輩って確か彼女が…」
「え!?いるの!?」
「…いないって話しでしたー。ははっ、すげー食いつきだなっ」
私は一瞬で沸騰して道家の足を思いっきり踏みつけた。道家がぎゃっと悲鳴をあげたけど知るか。ブーツ履いてくれば良かった。上靴じゃ大して痛くないじゃん。
「っちょ、おま、容赦ねえな!」
「乙女心をもてあそぶやつに容赦なんかいらない」
最大級に冷たい声を浴びせてやると、道家もちょっとは反省したようで真面目に謝ってきた。その様子に少しは溜飲が下がる。
でも、よくよく考えるとこれは思わぬ朗報なんじゃないの?
「ねぇ、彼女いないってホントなの?」
「あー、それはマジだよ。先輩本人から聞き出したからな。結構大変だったんだぜー」
「ふーん」
私はまだ道家を許したわけじゃないから顔には出さなかったけど、内心は舞い上がっていた。よかった、彼女いないんだ。好きになっても大丈夫なんだ。
今まで不安だった分、ほっとする気持ちが大きくて油断するとにやけてしまいそうだ。
「よし、うん。じゃあみんなー、撮影始めるけど準備良い?」
ようやく藤城がカメラの位置を決めたようだ。にやけてる場合じゃない。気を引き締めなきゃ。変な顔してたらカメラに撮られちゃう。
「いつでもオッケー」
「おう」
私と道家はお互い、先ほど決めた配置につく。
「じゃ、いきまーす。...アクション!」
藤城の声とともにカチン!といわゆるカチンコの音が鳴り響く。
このカチンコは某人気テーマパークで売っているおもちゃだけど、うちの部活で代々使われてきたものらしく結構重宝されている。
監督のアシスタントとして、今日カチンコを持っているのは三吉さんだ。彼女は自分の練習の空き時間に、私たちの撮影も何かと手伝ってくれている。いつもは、私、道家、八代先輩の中でそのシーンに出番のない役の人がアシスタントとして細かい雑用をこなしているのだけど、今日は私と道家のみで八代先輩がいないため三吉さんが手伝いを買って出てくれたのだ。
さて、演技に集中集中。ひと呼吸して、自分の役に入る。ふと背後に気配を感じて、後ろを振り返る、という演技。振り返った先には道家が扮した悪役がいる予定だ。びっくりした顔をした方が良いのかな。
少し歩いて、止まる、よし、ここだ。
「っふ」
振り返ると、道家が演技をしながら変顔をしていた。さっきの復讐かっ。自分はカメラを背にして顔が映らないからってあんにゃろう!
「あははははっ」
「はいカットー。秋葉さーん」
「だって道家がー!」
「道家も余計なことしないでよー、時間ないんだからさ」
「わるいわるい」
あの顔は、全然反省してない。藤城と三吉さんのいる位置からも道家の顔は見えない。藤城が仕切り直しとばかりにもう一度カメラを回す。
テイク2。私は、また振り返る。
「...くっくふ。もう!道家ー!」
ダメだ、しばらく何があっても笑ってしまいそうだ。
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