第14話 走り出したあいつ【道家雄二郎】

「いや!来ないで!」

「どうしてわかってくれないんだ!僕以上に君の事を見ている奴なんていないのに…!」

「そこまでだ委員長!」

「はい。オッケーでーす!ありがとうございます!」

 藤城の声とともに俺らは演技をやめる。秋葉も、八代先輩もほっとため息をつく。

 ここは放課後の校舎の中でも特に人通りの少ない、地学教室や理科室など実習教室が並ぶ3階の廊下だ。ただ、あくまでも少ないだけでたまに生徒や先生は通る。いつ同級生が通るかもわからない校内で演技をするのは、やっぱり気恥ずかしいものがあるんだよな。それにこうしてると、放送部っていうより俺たちは完全に映研部員のようだ。

 そう、俺らは5月末のNコンに向けてテレビドラマを作っている真っ最中なのだ。俺と秋葉と八代先輩が役者をやっている。監督脚本は、なんと同じ新入生の藤城だ。

「道家、だいぶ悪役が板についてきたね」

 藤城は三脚にセットしたビデオカメラを次のアングルの位置まで移動させている。この撮影が始まってから、カメラ機材の操作もだいぶ様になってきた。

「へーへー、監督様。けど俺次はかっちょいー主役がやりたいんですけど」

「あはは、主役は八代先輩がいる限り無理じゃないかなぁ?ねー先輩!」

 秋葉の言葉に八城先輩は困ったように苦笑する。以前八代先輩に秋葉とのことを聞いて以来、秋葉のあからさまな態度が目に付くようになった。ったく、よくやるよなぁ。まあ、確かに八代先輩と比べたら俺なんて引き立て役もいいとこだろうけど、ビミョーに傷つく。オトコゴコロも繊細なんすよ?手伝いに来てくれてる三吉さんまで笑ってるし。

 彼女は朗読でNコンに出るのだけれど、結構俺たちの撮影も手伝ってくれている。最近ようやく朗読で読む本を決めて、本格的に練習を始めたらしいのに。優しいなぁ。俺は楠見みたいな勝ち気なタイプや秋葉みたいにイマドキっぽいタイプより、こういうタイプの方が好みかもしれない。っと今はそんなこと考えてる時じゃないか。

「それより藤城ー、これホントに間に合うのかよ」

「ま、なんとかするしかないっしょー」

 飄々として落ち着いた切り返しは、頼りがいがあるんだか無いんだか。

 藤城がテレビドラマ部門に出場したいと言い出したのは、ゴールデンウィーク前、4月終わりのことだった。Nコンに向けての各自の進捗を確認するためのミーティングで、最後にあいつが手を挙げたのだ。



「あの、僕、テレビドラマに挑戦してみたいです」

 さすがの藤城も少し緊張しているのか自信なさげにうつむいての提案だった。ミーティングではだいたいアナウンス部は日野先輩が、技術部は榊先輩がそれぞれの進捗を報告するだけで、一年生が提案するということ自体が珍しい。

 皆の注目が藤城に集まる。日野先輩が藤城を真っすぐに見て尋ねた。

「藤城君、Nコンまでもう一ヶ月くらいしかないのはわかっているのよね?」

「それは...はい」

「ドラマの脚本はどうするの?」

「自分で書いてみようかと…一応、考えてる話はあって...」

 少しの間。日野先輩の次の言葉をみんな待っていた。

 俺は藤城の空気が読めない発言に日野先輩が怒っているのかと思って内心冷や汗もんだった。だって無謀過ぎんだろ、そんなん無理に決まってる。が、次の瞬間日野先輩はにっこりと笑って言った。

「うん、そこまで考えてあるなら挑戦したら良いんじゃないかな。ラジオドラマは八代君と榊君がほとんどやっちゃうだろうし、一年生も何かやりたいよね」

「ありがとうございます!」

「ただし、ゴールデンウィーク中に脚本を完成させること。それが条件です」



 そして藤城はその条件を見事にクリアして脚本を仕上げてきた。途中、行き詰まって日野先輩に相談もしたみたいだけど、最後にはちゃんと自分で書き上げた。素直に、すげえと思った。入ったばっかの部活で、皆の前でした約束をしっかり守って行動する。俺みたいな奴からすると、なんでそこまで頑張れんのか意味がわからない。なんでそんな頑張れるのか教えてほしいくらいだ。まあ絶対聞いたりはできないけど。

 ただひとつわかってるのは、あいつばっかに良いかっこはさせられないってことだ。ドラマの撮影はまさに青春ぽくて結構楽しいし、多少のめんどくささには目をつむって、しばらくは付き合ってやっても良いかな、なんて思っている。

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