第13話 位置ついて【藤城慎一】

 僕ら技術部には、アナウンス部のように個人で出場するような枠はない。主にラジオ番組やテレビ番組を制作して出品するというのがメインになる。

 ラジオ、テレビ共にドラマ部門とドキュメンタリー部門の2つの他に独自の研究発表部門というものがあり、強豪校になるとこれら5部門全てに出品しているところも多い。しかし、残念ながら北葉高校放送局は強豪校ではない。日野先輩が個人で良い成績を残してはいるが、番組制作での入賞経験は少ない。

 最近では何年か前にテレビドラマ部門で全国大会へ出場するという快挙があったらいしが、たった一度の栄光で後には続かなかったそうだ。

 今回うちの部では榊先輩が録音編集など技術周りを担当し、八代先輩が脚本やキャスティング等を担当してラジオドラマを作っている。僕ら一年生はその手伝いだ。今日1年生は、榊先輩に録音用の機材セッティングを教えてもらっていた。同じ技術部の道家と秋葉さんも一緒だ。

「榊先輩、このマイクってここに繋ぐんですか?」

「いや、それはこっちに繋ぐ」

「榊せんぱーい、このマイクスタンド固くて高さ変えられないんですけどぉー」

 秋葉さんが固いと苦戦していたマイクスタンドを受け取ると、先輩はそれを何の抵抗も感じさせずにひょいと回して高さを調節する。

 榊先輩は有り体に言えばガタイが良い。身長は180cmくらいだろうか。がっしりとした肩幅と短髪のため運動部と言っても十分に通じる。というか運動部にしか見えない。ただ、榊先輩はとても口数が少ない。

 社交性抜群の八代先輩とは対照的に、用がなければほぼ喋らない。部室ではいつも黙々と作業用のパソコンで何か作業をしているか、1人で宿題などをしているかだった。寡黙な職人。先輩を見ているとそんな言葉が連想される。放送室に居ると、八代先輩も日野先輩も榊先輩を頼りにしているのがわかった。

「よっしゃ、これで完成っすかね!」

「そうだな」

 道家の言葉に頷きつつも、気になるところがあるのか榊先輩は機材やコードの位置を微妙に調整する。やがて、よし、と小さなつぶやきが聞こえて、先輩が僕たちに向き直る。

「セッティングはこれでOKだから、次は実際に録音をする。藤城、スイッチ入れて」

 僕はミキサーやレコーダー、マイクのスイッチを順に入れていく。電源が入った印である緑や赤のランプがぼんやりと光った。

「あー、あーー」

 榊先輩がマイクに向かって出した声は電気信号に変換されて、黒いケーブルを通りミキサーへ送られる。その中では音量等が調整・統合されて、最終的にレコーダーのメモリに記録されていく仕組みだ。ミキサーにはマイクを繋ぐためのジャックが10個以上並んでいて、その下にジャックから入力される音を調整するためのつまみがいくつもある。この縦割りされたジャックとつまみのセットをラインというらしい。ラインには音量を示すランプも設置されていて、それぞれのラインに入力された音の音量がどれくらいか一目でわかるようにメーターになっている。

 先輩が声の音量を上げていくとメーターが緑色のゾーンを突き抜けて赤色のゾーンまで達した。赤色は、いわゆる"音割れ"の状態だ。

「秋葉さん、ちょっと喋ってみて」

「え、あ、はぁーい。…あ、あーーー。なんかこれカラオケみたーい」

 秋葉さんに喋らせてる間に榊先輩は手早く音量を調節する。そういうことをあと数回繰り返してようやく録音の準備が完了した。そこからは、1年生3人でマイクの前で喋る役を交代しながら、それぞれ調整の仕方や録音の仕方を教わった。

 黙々とした説明に飽きたのか、道家が調子に乗って歌いだしてからは、秋葉さんもそれに乗っかってミニカラオケのような状態になってしまった。幸いなことに榊先輩がそれで怒り出すことはなかったけれど、僕と榊先輩は歌に乗るのこともしなかった。

 録音担当者は大きめのヘッドフォンを被り、マイクから入る音に神経を集中させる。機材の操作は基本的に録音開始と停止のボタンを押すだけなので何も難しいことはないのだけれど、聞き取りづらい声や、息をはく音が耳障りでないかなど、ちゃんと聞いておかなければならない。この役目は主に制作のリーダーである監督がやるのだという。今回のラジオドラマで言えば脚本を書いてくる八代先輩が監督だ。

「これで機材の使い方はだいたい終わりだ。あとは実際に録音するとき徐々に慣れていけばいい」

「録音はいつするんですか?」

「八代が脚本あげてからだな。今週中には持ってくると思う」

「えー、じゃあ先輩はそれまで来ないんですかぁ?」

「あいつはいつも、脚本を書いてる時は部活に来ない」

 だから最近見かけなかったのか。えーそうだったんだー、とわかりやすくため息をついている秋葉さんを気にする事もなく榊先輩は場を締めに入る。

「次回は八代が原稿上げてきたら日程を決める。今日は以上だ」

「あ、先輩」

「どうした藤城」

「いや、僕たち技術部って大会に向けてアナウンスみたいに普段から練習するような事はないんですか?」

「脚本が出来上がれば、録音、編集、効果音録りとかやる事はたくさんあるんだけどな。今は特に」

 横で道家が軽くガッツポーズしているのが見えた。暇なのが嬉しいのは構わないけれど、表情を隠そうとしないあたりが危なっかしい。それで世の中渡っていけるのだろうか。他人事ながら少し心配になる。

「何かやりたいって言うんなら、昔の大会記録を見たりすれば良い。雰囲気もわかって勉強になる。数年前の先輩がテレビドラマで全国大会へ行った時のテープなんかもあるしな」

「はいはーい、今年はテレビドラマは作らないんですかー?」

 秋葉さんの質問に榊先輩は苦笑する。

「お前らが入るまで3人しかいなかったんだ。そんな余裕はなかった。ただ、機材はあるから興味があれば挑戦してみるのも良いんじゃないか」



 そうして、特に予定もないのでなんとなく放送室に残り大会記録を見ていた僕は、あの作品を見つけた。

 その作品を見るまでに、いくつか他の高校の作品も見ていたから正直油断していた。実際の話、高校生が作るドラマなんてたかが知れている。撮る側も演じる側も素人同然の高校生だ。飽きずに見られるものを作るだけでも相当に難しいのだということが、見ているうちに理解できた。

 そんな冷めた考えを持ち始めたころにあの作品を見てしまったものだから、あれほど心を揺さぶられたのかもしれない。

 見終えたあと、なぜだか久しぶりに限界まで走りたくなった。自分の内側に産まれたざわざわと落ち着かない塊を吐き出したかったのかもしれない。だけどそんなことは所詮無理だ。この塊を吐き出す方法は、きっと一つしかない。

 スタジオから戻ってきた寝起きの三吉さんに、この気持ちを話してみようかとも思ったけどぎりぎりでやめておいた。人に話すのはもう少し落ち着いて、考えをまとめてからだ。

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