第9話 放送室での会話術【道家雄二郎】

「おーい、道家ー。俺らこれ食ったら、体育館でバスケやるんだけどお前もどうよー?」

「あ、わり。俺きょう放送の当番。けど超行きたいから、また誘ってちょー」

 ありゃりゃ残念。頑張ってなー、とあっさりと返事をしてクラスメイトたちはいそいそと弁当をかき込む。

 そして俺は購買で買ったパンを持って放送室へ向かう。あーぁ、楽な部活だと思ったのにとんだ罠だ。昼休みに仕事がある部活ってなんだよ。最初のうちは放送の物珍しさが面白かったけれど、慣れてくるうちに面倒になってきた。

 クラスメイトの誘いを断らなければならない事も多く、このままじゃクラスで浮くのではと俺は内心びくびくしている。



「ちわーっす」

 放送室には既に同じく今日の当番である2人、八代先輩と三吉さんが揃っていて、弁当を広げていた。

「おはよう道家君」

「やあ」

 八代先輩の隣に座って、自分もパンのビニールを破く。今日の昼飯は朝購買で買ったメロンパンと焼きそばパン。それに自販機で買った紙パックの牛乳だ。

 小学生のころ、背を伸ばそうとしていっつも牛乳を飲んでいた癖で、ついつい今でも買ってしまう。成果は今のとこ出てないけど、まだまだ俺は成長期。きっと、そのうち、絶対伸びる…はずだ。

「今日はまだ呼び出しも来てないみたいっすねー」

「うん、まあたまにはこういう日もあるよ」

 うちの学校では、お昼の放送として音楽を流すといった事はしていない。昔はしてたらしいが部員数が減っていつのころからか無くなったそうだ。だからあくまでこの当番は呼び出し放送に対応するためにあって、それが無ければただ放送室でお昼を食べてたむろするだけの時間だ。

 当然、俺的にはその方が良いに決まっている。いや、せめて昼飯を食べてる間は電話をかけてくるなってのは放送部全員で一致する意見かもな。

「このまま今日は電話良いのになー。ねー?三吉さん」

「え、あ、うん」

「...」

 同じ新入部員の三吉さんは、どうもまだ俺に対してのリアクションが固い。男っぽい楠見と開けっぴろげな秋葉は、俺に対して既に遠慮も情けもないのに。これじゃあ会話が持たない。なんとかして会話を繋げないと、気まずい昼休みになっちまう。

 どんな話題が良いか脳内検索をかけた結果、俺は離れ業を使うことにした。

「あ、あー、ところで八代先輩。先輩って彼女とか居るんすか?」

「なんだよ、突然だね」

 突然の自覚はあったけど、ふと浮かんだ話題がそれだったのだ。無遠慮な質問だったかと思ったけど先輩が苦笑で済ませてくれて良かった。

「やー、うちのクラスの女子たちが多分先輩の噂してるの小耳に挟んだもんで。なんか入学式の日に玄関で新入生の子を助けた、イケメンの先輩が居たとか居ないとか…」

 これは本当だ。女子ってホント噂が好きだよな。それを真に受けて真相が気になった俺も人のことは言えないが。

「…それは、確かに俺だけど。でも別に大した事したわけじゃないんだけどなー、秋葉さんにも言ったけど自分と同じ失敗してる子を見てられなかっただけでさ」

「え、つか、助けられたのって秋葉だったんすか!?」

 八代先輩の発言に俺はパンが喉に詰まりそうになった。三吉さんは知っていたという顔をして成り行きを見守っている。

「まあ、自分から言うことでもないじゃない」

 と、そこで放送室に備え付きの内線電話が鳴った。八代先輩が素早く電話を取って、内容のメモを取り始める。

 はぁ、気になるタイミングで会話が切れちまったなぁ。結局彼女が居るかどうかも聞けなかったし。つーか、八代先輩が助けたのが秋葉だとしたら、それはもう完全にそーゆーことですよね。

 噂では”ありゃ助けられた子は惚れるね、惚れちゃうよ”とのことだったし、そのあと同じ部に入ってるなんて偶然にしては出来過ぎだろ。

 そっかー、そうなんかー。ちょっと可愛いとか思ってたんだけどなー。せっかく男女仲が良くて、こんな密室まであるんだから俺でもチャンスが…とか思ってたけどさっそく可能性がひとつ消えたわけか。

「ほら、道家君、ミキサー卓準備して。かなり慣れてきたとはいえ、まだ場数踏んでもらうよ」

 へーい。ちょっと悲しい現実を見つめていたら、その原因である先輩からお呼びがかかる。

 三吉さんは原稿を持ってスタジオのマイクの前に座り、俺はミキサー室でミキサー卓の電源を入れる。

 三吉さんも最初は全然喋れなかったけど、今ではそこそこ慣れてきたようだった。そういえば楠見が世話を焼いてよく練習に付き合ってるっけ。うーん、一生懸命な子も良いなぁ。

 とかそんな事を考えながら、俺は放送のベルを鳴らす。

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