第5話 先輩と私の運命について【秋葉文乃】
「大丈夫?」
途方に暮れていた私に、その人は優しく声をかけてくれた。
「新入生?やっちゃったねー」
入学式当日、その時のあたしは学校の玄関を出てすぐのところで教科書をぶちまけてしまっていた。
何が起こったのかというと、重たい教科書がぎゅうぎゅうに詰めこまれた紙袋が初めてのホームルームで配られたんだけど、その紙袋が運悪く玄関を出たところで限界を迎えてしまった。
紙袋は見るも無惨に破れてしまい、もう袋としては使える見込みはない。教科書全部は、持って来た鞄に入りそうもない。
カッコ悪く手で抱えて持って帰るしかないとわかっていたけれど、入学初日に、しかもこんな目立つ場所で、こんな情けない事態になるとは思わなかった。そういった気持ちが頭の中をぐるぐると回って私はちょっと泣きそうだった。
そこに救世主、いや王子様が現れた。
「よかったら、これ使う?」
その人は落ちている私の教科書を拾って集めると、自分の持っていたトートバックに入れてをそのままあたしに差し出した。咄嗟のことだったので、私はパニクってうまく返事が出来なかった。
「え、いや、でも」
「無理にとは言わないけどね。でも俺も、去年まさにここで同じことやっちゃってさ。なんか放っとけなくて」
そう苦笑まじりに笑う先輩は、悪い人には見えなかった。というか、イケメンだった。
涼しげで、優しそうな目元は某アイドルに似てなくもない。私は今までとは別の理由で緊張して顔を上げられなくなった。
「あ、ありがとうございます…!お言葉に甘えます…!」
鞄を受け取って後輩らしく頭を下げる私に、先輩はそんなにかしこまらなくて良いよ、と笑っていた。
「あの、これ、いつ返せばいいですか?」
「ん、あぁそうだね。じゃあ明日の放課後、うちの部室においでよ。ちょうど部活説明会やってるからさ。あ、でももう見に行きたい部活決めてたりする?それなら別の日でも全然構わないけど」
「いえ!大丈夫です!あの、何部ですか?」
「放送部だよ。2階にある生徒会室の隣に放送室があるから、そこにおいで」
そうして訪れた放送室には、私と同じ1年生があと男女2人ずつ、計4人が見学に来ていた。それとなく見回してみたけれど、なんかぱっとしないなぁっていう印象だった。
女子を見ると、ひとりは見るからに大人しそうな影の薄い子で、もう1人は気が強そうだけど女子っぽくない。ボーイッシュというより男勝りな感じ。
男子はというと、ひとりは見るからにクラスに1人はいそうなお調子者、もう1人は眼鏡で細身の優等生だ。優等生くんはちょっとイイかも?と思ったけどあくまでこのメンバーの中だからな気もする。それに、この前の先輩の方が断然かっこよかった。
「…以上が放送局の活動内容です。何か質問はありませんか?」
そうだった、今は活動内容の説明中だったっけ。説明してくれた部長さんは、周りの1年生と違い、あか抜けていてかわいかった。先輩にかわいいは違うんじゃないかとも思うけど、見れば見るほど綺麗よりはかわいいだと思う。
ただ、中身の方はかわいいという感じじゃなさそうだ。物腰は柔らかいし言葉使いも丁寧だけど、なんていうか強そうだった。部活のPRタイムの時に聞いた、堂々と凛としていたあの声がきっとこの先輩の本性なのだと、乙女の直感で理解出来た。
そんなことを考えてるうちにも、気の強そうな子が部長さんに色々な質問をぶつけていた。どうやら中学も放送部だったらしくやる気満々で来たらしい。それも一段落すると部長さんが締めの言葉に入る。
「それじゃあ、あと一週間は仮入部期間があるから、色んなところを見て回って、よく考えて部活を決めてください。その上で、うちに来てくれるなら大歓迎よ」
見蕩れてしまうような部長さんの笑顔だったが、見蕩れてる場合じゃない。まだ、あの先輩に会えてない。他の子が帰り支度をする中、私はちょっとタイミングを待って部長さんに話しかける。
「あの、ちょっと聞きたい事があるんですけど...」
「あら、どうしたの?」
「ここに男の先輩って居ないんですか?」
「え?」
言ってから気付いた、これじゃ意味不明だ。しかもちょっと誤解を受けそうな言い回しになってしまった。
「あ!いえ!違うんですそうじゃなくて!私、昨日外で教科書落としちゃって、そのとき助けてくれた人に、これを返したくて!」
そんな風にまくしたててトートバッグを鞄から取り出す。今の説明も伝わった気がしない。というか伝わらないと思う。
そのとき、放送室のドアが開いてあの先輩が入ってきた。ナイスタイミング!運命だ!私は反射的にかけよってトートバッグを差し出す。
「あ!あの!これ返しにきました!本当にありがとうございました!」
卒業証書を貰うときみたいに腕を突き出して頭をさげる。その勢いがおかしかったのか、入ってきた先輩は笑いながらそれを受け取った。
部長さんがからかい口調で先輩に話しかける。
「八代君、進学早々にナンパでもしたのかしら?」
「勘弁してくださいよ、ちょっと去年の俺を助けてみただけですって」
先輩の名前は”ヤシロ”っていうのか。ヤシロ先輩。よし、覚えた。
「説明会はどうだった?興味持ってくれたら嬉しいんだけど」
運命の王子様にもう一度会えて舞い上がってるところで、そんな事を聞かれたものだからつい反射で答えてしまう。
「あ、はい!これからよろしくお願いします!」
言った瞬間、やっちゃったって後悔しかけた。けど、でも、まあ、答えなんて昨日の時点で決まってた気もする。
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